Title 海馬歯状回におけるニューロン新生を指標としたかび毒 …...Title...

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Title 海馬歯状回におけるニューロン新生を指標としたかび毒の 脳発達リスク評価に関する研究( 本文(Fulltext) ) Author(s) 田中, 猛 Report No.(Doctoral Degree) 博士(獣医学) 甲第469号 Issue Date 2016-09-26 Type 博士論文 Version ETD URL http://hdl.handle.net/20.500.12099/55532 ※この資料の著作権は、各資料の著者・学協会・出版社等に帰属します。

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  • Title 海馬歯状回におけるニューロン新生を指標としたかび毒の脳発達リスク評価に関する研究( 本文(Fulltext) )

    Author(s) 田中, 猛

    Report No.(DoctoralDegree) 博士(獣医学) 甲第469号

    Issue Date 2016-09-26

    Type 博士論文

    Version ETD

    URL http://hdl.handle.net/20.500.12099/55532

    ※この資料の著作権は、各資料の著者・学協会・出版社等に帰属します。

  • 1

    海馬歯状回における

    ニューロン新生を指標とした

    かび毒の脳発達リスク評価に関する研究

    2016年

    岐阜大学大学院連合獣医学研究科

    (東京農工大学)

    田中 猛

  • 2

    目次

    序論 4

    第 1章 T-2トキシンのマウス発達期曝露によるニューロン新生に着目した発達神経毒

    性の検討

    緒言 7

    材料および方法 9

    結果 15

    考察 18

    小括 23

    第 2章 アフラトキシン B1のラット発達期曝露によるニューロン新生に着目した発達

    神経毒性の検討

    緒言 25

    材料および方法 27

    結果 33

    考察 37

    小括 42

    第 3章 オクラトキシン Aのラット発達期曝露によるニューロン新生に着目した発達

    神経毒性の検討

    緒言 44

    材料および方法 45

    結果 50

    考察 53

    小括 58

  • 3

    総合考察 59

    結論 63

    謝辞 65

    引用文献 66

    要旨 82

    Abstract 86

    図表 90

  • 4

    序論

    かび毒は農作物を汚染し,食物や飼料を介して人や産業動物に健康被害を引き起こす

    ことが知られている。その毒性は急性毒性,慢性毒性,発がん性,発達毒性等多岐に渡

    り,様々な器官が標的となる [123] 。かび毒の健康被害を防ぐためには,一日許容摂

    取量や規格基準を策定することが最も効果的であり,その根拠となる曝露や生態影響の

    評価が重要となる [114] 。本研究では,かび毒による生体への毒性のうち,未だ知見に

    乏しい発達神経毒性について,胎児や乳幼児の脳発達リスク評価を目的として,げっ歯

    類を用いた発達期曝露実験により,実験病理学的に発達神経毒性影響を検討した。評価

    部位として記憶や学習の中枢である海馬において,生後もニューロンを産生し続ける海

    馬歯状回に着目した [56,70] 。海馬歯状回の顆粒細胞層下帯では,幹細胞の自己複製

    及び分化に始まり,前駆細胞の増殖,移動,分化成熟の過程を経て成熟ニューロンが新

    生する過程を観察することができる [43,56,77] 。また,海馬歯状回の門部には,介

    在ニューロン集団が存在し,顆粒細胞の機能調節や,移動及び分化を制御しており,ニ

    ューロン新生への影響に応じて分布変化を示すことが明らかとなっている [66,69] 。

    所属研究室の研究では,様々な化学物質が海馬におけるニューロン新生を障害し,不可

    逆的な影響を与える例も報告されている [1,101,102,118] 。本研究では,食物を汚

    染することが知られているかび毒のうち,乳幼児に曝露される可能性が高いかび毒及び

    神経毒性に関する報告がなされているかび毒を選択し,海馬ニューロン新生に与える影

    響を検討した。

    第 1 章では, 様々な穀物を汚染することが報告されている T-2 トキシンを評価対象と

    して,OECDガイドラインに従った試験デザインにより,妊娠マウスに妊娠中期から離

    乳時まで母動物に混餌投与する発達期曝露実験を行った。第 2章では,遺伝毒性,発が

    ん性を有し,代謝物が乳中に移行することが知られているアフラトキシン B1 を評価対

  • 5

    象として,妊娠ラットを用いて,妊娠中期から離乳時まで母動物に混餌投与する発達期

    曝露実験を行った。第 3章では,穀物を含む様々な食品での汚染が検出され,脳におけ

    る神経伝達への影響が報告されているオクラトキシン A を評価対象として,妊娠ラッ

    トを用いて同様の発達期曝露実験を行った。いずれの試験においても用量相関,及び無

    毒性量を明らかにするために,3段階の用量を設定し,児動物の一部を離乳時の曝露終

    了後も飼育することで,発達期曝露による影響の回復性の評価を試みた。それぞれの実

    験の離乳時及び成熟時に得られた児動物の脳標本を用いて,顆粒細胞系譜における各分

    化段階における細胞,歯状回門における介在ニューロンの分布を免疫組織学的に検討す

    るとともに,歯状回門における遺伝子発現変動を解析することで,ニューロン新生に与

    える影響を評価した。

  • 6

    第 1章

    T-2トキシンのマウス発達期曝露による

    ニューロン新生に着目した発達神経毒性の検討

  • 7

    緒言

    T-2トキシンはタイプ Aトリコテセン類に属するかび毒であり,Fusarium属に属す

    るかびによって産生される [47] 。これらのかびはトウモロコシ,オーツ麦,オオムギ,

    コムギ,米や豆類等で発生するため,これらの穀物における T-2トキシンによる汚染は

    世界中で広く報告されている [123] 。T-2トキシンでは,肝臓や免疫系への毒性に加え

    て,脳における神経伝達物質レベルの変動といった神経毒性も報告されている [116] 。

    ラットでは T-2 トキシンが胎盤を通過して胎児に移行し [60] ,発達期曝露によって,

    胎児脳におけるアポトーシスが増加することが知られている [99] 。マウスでは主に肝

    臓において T-2 トキシンが酸化的ストレスを上昇させ,ミトコンドリア経路によるアポ

    トーシスを誘導することが報告されている [13] 。T-2トキシンの発達期曝露による胎

    児への毒性が懸念されることから,発達神経毒性に関する更なる知見が必要とされてい

    る。

    脳における海馬の形成において,歯状回における顆粒細胞層下帯 (subgranular zone;

    SGZ) は新しいニューロンを生涯産生し続ける特徴を有している [56,70] 。SGZにお

    けるニューロン新生では,type-1幹細胞の増殖及び分化によって,type-2a,type-2b,type-3

    それぞれの前駆細胞が順番に産生される。Type-3 前駆細胞は分裂活性を失った未熟ニュ

    ーロンに分化し,最終的に成熟ニューロンとなって顆粒細胞層 (granule cell layer; GCL)

    に移動する [43] 。顆粒細胞層に接する歯状回門では,γ-アミノ酪酸 (GABA) 作動性の

    介在ニューロンが歯状回における顆粒細胞系譜の各細胞に投射しており,ニューロン新

    生における分化や移動を制御している [66,69] 。また,GABA作動性の入力に加えて,

    さまざまなシナプス接続が SGZ外部から形成されており,アセチルコリン作動性,グ

    ルタミン酸作動性入力が歯状回に投射していることが知られている [30] 。これらの入

    力は SGZにおける顆粒細胞系譜の適切な増殖活性の維持に必要であることが明らかと

  • 8

    なっている [12,32] 。

    近年多くの化学物質が SGZにおける神経前駆細胞の増殖や分化に影響を与えること

    が報告されている [1,49,50,102,118] 。また,歯状回門では,細胞外マトリックス

    の糖タンパク質である reelin や,calbindin,calretinin,parvalbumin といったカルシウム

    結合タンパク質を産生する介在ニューロン数が変動していた [49,102,118] 。ニュー

    ロン新生は幹細胞の自己複製と,前駆細胞の産生,増殖,分化並びに樹状突起や軸策形

    成といった複数の現象を含んでいる。このため,神経幹細胞や前駆細胞と介在ニューロ

    ンの分布を解析することにより,ニューロン新生への影響を評価することで,神経毒性

    における標的性を明らかにすることが可能である。

    本章では,T-2トキシンによる発達神経毒性を評価するため,母動物及び児動物に対

    する全身毒性影響に加えて,マウス児動物における海馬ニューロン新生に着目した解析

    を行った。リスク評価を目的として,ニューロン新生への影響について用量相関及び回

    復性を検討するため,顆粒細胞系譜及び介在ニューロンの分布,SGZにおける細胞増殖

    活性,アポトーシスを離乳後,成熟時に解析した。

  • 9

    材料および方法

    化学物質及び供試動物

    T-2トキシンは Sigma-Aldrich Corporation (St. Louis, MO, USA) より購入した。52匹の

    妊娠 ICRマウスを妊娠 1日目で日本エスエルシー (浜松) より購入した。妊娠マウスは

    分娩後 22日まで,温度 23±2°C, 湿度 55±15%, 照明サイクル 12時間明/12時間暗条件

    で個別に飼育した。T-2トキシン投与開始までは,粉末 CRF-1 (オリエンタル酵母工業,

    東京) および飲料水の自由に摂取させた。出生後 21 日(出生日を 0 日とする)以降,

    児動物は 3~4匹/ケージで,固型 CRF-1 (オリエンタル酵母工業,東京) および飲料水

    の自由摂取下で飼育した。

    実験デザイン

    妊娠マウスは各群 13 匹の 4 群に分け,0,1,3,9 ppm の T-2 トキシンを含む粉末

    CRF-1 飼料を妊娠 6 日目から分娩後 21 日目まで摂取させた。高用量の T-2 トキシン用

    量は OECD ガイドラインに従い,母動物に軽微な毒性が認められる用量を選択した。

    予備実験として,0,6,12 ppmの T-2トキシンを各群 3匹の妊娠マウスに妊娠 6日目か

    ら分娩後 21 日目まで投与し,児動物は各母動物あたり 7~8 匹の雄と 2~3 匹の雌とな

    るよう出生後 4 日に間引きした。その結果,12 ppm では児動物に体重増加抑制及び離

    乳時の脳重量低値がみられたため,9 ppm を本研究の高用量に選択した。T-2 トキシン

    の乳汁移行に関して,生後 14日目に予備試験の 12 ppm投与群の児動物 (N = 3) の胃か

    ら乳汁を採取し,T-2 トキシンの濃度を高速液体クロマトグラフィー (HPLC) 法により

    測定した (日本食品分析センター,東京) 。本実験では出生後 4 日目に間引きを行い,

    各母動物 (N = 10) に 7~8匹の雄と 2~3匹の雌を確保するよう児動物数を調整した。

    投与期間中,一般状態は 1日 1回観察し,体重及び摂餌量を 2回/週,摂水量を 1回/

  • 10

    週の頻度で測定した。混餌飼料の調製は 2 週間を超えない頻度で行った。出生後 21 日

    に,各群 10 匹の雄児動物 (1 匹/母動物) を免疫組織学的検討のため,CO2/O2麻酔下で

    氷冷した 4% (w/v) paraformaldehyde (PFA)/0.1M リン酸バッファー (pH 7.4) により灌

    流固定を行った (流速 10 mL/分) 。各群雄 31~35 例,雌 13~20 例の児動物は CO2/O2

    麻酔下で放血し,脳,肝臓,胸腺,脾臓重量を測定後,脳はメタカーンもしくはブアン

    固定液,その他の臓器は 10%中性緩衝ホルマリン液にて固定した。母動物は分娩後 22

    日に CO2/O2 麻酔下で放血し,脳,肝臓,胸腺,脾臓重量を測定後,脳はメタカーンも

    しくはブアン固定液,その他の臓器及び胃は 10%中性緩衝ホルマリン液にて固定した。

    残り半数の児動物は出生後 77日目まで T-2 トキシンを含まない通常飼料により飼育

    し,一般状態を 1 日 1 回観察し,体重を 1 回/週の頻度で測定した。出生後 77 日に,

    各群10匹の雄児動物を免疫組織学的検討のため,CO2/O2麻酔下で氷冷した4% (w/v) PFA

    /0.1M リン酸バッファー (pH 7.4) により灌流固定を行った (流速 10 mL/分) 。各群

    16~17 匹の雄動物及び 9~10 匹の雌動物は CO2/O2麻酔下で放血した。雌児動物の脳標

    本は,性周期及びエストロジェンが海馬ニューロン新生に影響することから,解析から

    除外した [80] 。

    動物実験計画は,国立大学法人東京農工大学の動物実験倫理委員会に提出して承認

    を受け,動物飼育,管理にあっては,国立大学法人 東京農工大学の実験取扱い倫理規

    定に従った。

    病理組織学的解析

    出生後 21日及び 77日の剖検動物のうち灌流を行わない雌雄各群 10例の児動物と全て

    の母動物について,病理組織学的評価を行った。母動物及び児動物の脳,肝臓,胸腺並

    びに脾臓,母動物の胃を採取し,脳を除く器官は 10%中性緩衝ホルマリン液,脳はブア

    ン固定液にて 4°Cで一昼夜固定した。パラフィン包埋した組織を 3 μmの厚さに薄切し

    た後,ヘマトキシリン・エオジン染色を行い観察した。

  • 11

    胸腺におけるアポトーシス検出

    出生後 21 日の児動物の胸腺におけるアポトーシスを定量的に評価するため,terminal

    deoxynucleotidyl transferase dUTP nick-end labeling (TUNEL) 染色を各群 10例の児動物で

    行った。ApopTag® Peroxidase In Situ Apoptosis Detection Kit (EMD Millipore Corporation,

    Billerica, MA, USA) を 用い て製 造元のプ ロト コー ルに従っ て染 色し ,

    3,3’-diaminobenzidine (DAB) によって発色した後,ヘマトキシリンにより対比染色した。

    脳における免疫組織学的染色及びアポトーシス検出

    4% PFA灌流固定を行った出生後 21 日及び 77日の雌雄児動物から脳を採取し,同じ

    固定液を用いて一昼夜固定した。大脳の bregma の後方約-2.2 mmの 1カ所で冠状割面を

    作製して,さらに 4% PFA バッファーで一昼夜固定した。前後の対称面 (2 切面) が薄

    切面となるようにパラフィン包埋し,3 μm厚の連続切片を作製した。切片は Table1-1,

    1-2 に示した条件で以下の各分子に対する抗体を用いて免疫染色を行った。顆粒細胞層

    におけるニューロン新生の分化ステージ指標である glial fibrillary acidic protein (GFAP)

    [56] ,brain lipid binding protein (BLBP) [108] ,paired box 6 (PAX6) [43] ,T box brain 2

    (TBR2) [43] ,doublecortin (DCX) [56] ,介在ニューロンの指標である [32,36] ,reelin,

    parvalbumin (PVALB) ,calbindin-D-28K (CALB1) ,calbindin-D-29K (Calretinin,CALB2) ,

    成熟ニューロンの指標である NeuN,細胞増殖活性の指標である proliferating cell nuclear

    antigen (PCNA) ,幹細胞因子である stem cell factor (SCF) [53] について実施した。加え

    て,出生後 21日の標本は酸化ストレスの指標として過酸化脂質 malondialdehyde (MDA)

    及び 4-hydroxynonenal (4-HNE) についても実施した [111,126] 。シグナル検出は

    VECTASTAINⓇ Elite ABC Kit (Vector Laboratories Inc., Burlingame, CA, USA) を用いて製

    造元のプロトコールに従って実施し,免疫反応は DAB/H2O2を用いて可視化した後,ヘ

    マトキシリンにより対比染色した。脱パラフィンは 0.3 v/v %過酸化水素水を含むメタノ

  • 12

    ール溶液 (室温,30 分) を用いた。海馬 SGZ におけるアポトーシス検出のため,脳切

    片を用いて胸腺と同様に TUNEL染色を行った。SCF,MDA,4-HNEは 0及び 9 ppm群

    のみ,その他の分子については全群で染色を行った。

    免疫組織化学染色および TUNEL染色陽性細胞の定量解析

    胸腺髄質の TUNEL陽性細胞数カウントのため,400倍の倍率で, 1個体当たりランダ

    ムに 6 視野選択し,BX53 システム生物顕微鏡及び DP72 デジタルカメラシステム (オ

    リンパス株式会社,東京) を用いて写真を撮影した。陽性細胞数は視覚的にカウントし,

    総細胞数は画像解析ソフト WinROOF (バージョン 6.4.2,三谷商事,東京) を用いて定

    量化し,陽性細胞率を算出した。

    海馬歯状回 SGZ における GFAP,BLBP,PAX6,TBR2,DCX,PCNA,TUNEL,

    MDA,4-HNE及び SCF 陽性細胞数について,両側でカウントし,単位長さ当りの陽性

    細胞数を算出した (Fig. 1-1) 。歯状回門に分布する reelin,PVALB,CALB1,CALB2,

    NeuN 陽性細胞については,両側でカウントし,歯状回門の単位面積当りの陽性細胞数

    の検索を行った。NeuN 陽性細胞に関しては GCL における計数も行い,SGZ の単位長

    さ当りの陽性細胞数を算出した。これらの解析は盲検法で実施した。歯状回門における

    アンモン角 (cornu ammonis) CA3領域の顆粒細胞はカウントから除外した。定量的解析

    のための写真撮影は 100倍の倍率で行い,胸腺と同様に解析した。

    遺伝子発現発現解析

    出生後 21 日の児動物海馬歯状回における mRNA 発現量をリアルタイム逆転写ポリ

    メラーゼ連鎖反応 (RT-PCR) を用いて解析した。PFA灌流固定を行わない雄児動物を対

    象として,脳標本をメタカーン固定液により固定した [3] 。0,1,3並びに 9 ppm群の

    メタカーン固定脳標本を用いて,大脳の bregma の後方約-2.2 mmの 2 mm厚切片より生

    検トレパン(KAIインダストリーズ株式会社,岐阜)を用いて海馬歯状回部分を採取し,

  • 13

    QIAzol (Qiagen,Germany) 及び RNeasy Mini kit (Qiagen) を用いて total RNA を抽出した

    (N = 6/群) 。2 μgの total RNAから SuperScript® III Reverse Transcriptase (Life Technologies,

    CA,USA) を用いてcDNAを合成した。PCR反応はSYBR®Green PCR Master Mix (Applied

    Biosystems Inc.,Carlsbad,,CA,USA) を用い, Step One Plus™ Real-time PCR System

    (Applied Biosystems Inc.) にて, 製造元のプロトコールに従って実施した。プライマーは

    Primer Express software (Version 3.0; Applied Biosystems, Inc.) を用いて設計し,Table 1-3,

    1-4 に示した。各遺伝子の mRNA 発現量は,内因性コントロールとして hypoxanthine

    phosphoribosyl transferase (Hprt) または glyceraldehyde 3-phosphate dehydrogenase (Gapdh)

    の CTを同時に算出し,0 ppm群との ΔΔCT値を算出して比較した [64] 。0及び 9 ppm

    群間の比較において有意な変動がみられた遺伝子については 1及び3 ppm群を加えて比

    較を行った。

    統計解析

    母動物及び離乳後の児動物の体重ならびに臓器重量,摂餌量,摂水量,免疫組織化

    学染色,TUNEL染色における陽性細胞のカウント数,遺伝子発現解析結果は群平均及

    び標準偏差を算出した。離乳までの児動物の体重及び臓器重量,免疫組織化学染色,

    TUNEL染色における陽性細胞のカウント数については母動物ごとに平均値を算出し,

    さらに群平均及び標準偏差を算出した。統計学的解析は,体重,摂餌量,摂水量,臓器

    重量,陽性細胞数,遺伝子発現解析結果について,各群の分散を Bartlettの方法で検定

    し,等分散の場合は Dunnett,不等分散の場合は Steel の方法により 0 ppm群と各群との

    検定を行った。2群間の比較においては各群の分散を F検定により比較し,等分散の場

    合は Student の t 検定,不等分散の場合は Aspin-Welchの t検定により 0 ppm群と各投与

    群との検定を行った。病理組織学的所見(カテゴリカルデータ)については,

    Mann-Whitney’s U-test により 0 ppm群と各群で比較した。病理組織学的変化の発生頻度

    は Fisherの直接確率法により 0 ppm群と各群で比較した。すべての統計学的解析はエク

  • 14

    セル統計 2010ソフトウェア (社会情報サービス株式会社,東京) を用いて行った。

  • 15

    結果

    胃内乳汁の T-2トキシン濃度

    予備実験において,12 ppm群の胃内乳汁における T-2トキシン濃度は 0.08 ppmであ

    った。

    母動物への影響

    0及び 9 ppm群で各 1例の未妊娠動物がみられたため,実験から除外した。0 ppm群

    の母動物 1例が間引き後に死亡したため,0 ppm群は 9例で評価を行った。着床数,産

    仔数に T-2トキシンによる影響は認められなかった (Table 1-5) 。9 ppmで体重低値が分

    娩後 7~14 日にかけて,摂餌量の低値が分娩後 5,18,21 日目に,摂水量の低値が 14

    及び 21 日目に認められた (Fig. 1-2) 。一般状態や行動に異常はみられなかった。分娩

    後 22 日の解剖において,1 ppm から胸腺絶対重量の低値が認められ,相対重量の低値

    も 1及び 9 ppmで認められた。9 ppmでは肝臓の絶対重量及び相対重量の高値が認めら

    れた。摂餌量より計算される T-2トキシン摂取量は 1,3,9 ppm各群において妊娠期間

    で 0.14,0.40,1.18 mg/kg 体重/日,授乳期間で 0.49,1.39,3.79 mg/kg体重/日であった。

    児動物への影響

    児動物において,一般状態や行動に異常はみられなかった。体重に関して,雌雄と

    も 9 ppmで投与期間を通じて体重低値を示し,離乳後も出生後 77日目まで体重低値が

    継続した (Fig. 1-3) 。

    出生後21日及び77日において,雌雄の9 ppmで体重の低値がみられた (Table 1-6) 。

    器官重量について,出生後 21 日では,雌雄共に 3 ppm から脳及び胸腺絶対重量の低値

    がみられ,9 ppm では肝臓,脾臓の絶対重量,肝臓,胸腺,脾臓の相対重量の低値と,

  • 16

    脳絶対重量の高値がみられた。出生後 77 日では,雄では T-2 トキシンによる影響は認

    められず,雌では 9 ppmで肝臓,胸腺の絶対重量低値がみられた。

    病理組織学的解析

    母動物では 3 ppmより前胃の扁平上皮過形成,9 ppmでびらんの頻度ないし程度の増

    加がみられた (Table 1-7) 。また,9 ppm では脾臓の髄外造血,胸腺の萎縮の程度及び

    頻度が増加した。脳及び肝臓では所見はみられなかった。

    児動物では,出生後 21 日の雄 3 ppm より胸腺のリンパ球アポトーシスの増加が

    TUNEL陽性細胞数の増加とともに認められた。その他の器官及び出生後 77日目の児動

    物では所見はみられなかった (Table 1-8) 。

    雄児動物の SGZ及び GCLにおける顆粒細胞系譜の分布

    出生後 21日の雄児動物では,SGZにおいて,GFAP陽性細胞 (type-1 幹細胞) 数及び

    BLBP陽性細胞 (type-1幹細胞~type-2b前駆細胞) 数が 9 ppmで,PAX6陽性細胞 (type-1

    幹細胞~type-2a前駆細胞) 数及びTBR2陽性細胞 (type-2b前駆細胞) 数が 3 ppmで減少

    がみられた (Fig. 1-4) 。SGZにおける DCX 陽性細胞 (type-2b 前駆細胞~未熟顆粒細胞)

    数及び GCLにおける NeuN陽性細胞 (成熟顆粒細胞) 数には変化がみられなかった。出

    生後 77日では,いずれの陽性細胞数にも変化はみられなかった。

    雄児動物の歯状回門における成熟ニューロン及び介在ニューロンの分布

    出生後 21日では RELN陽性細胞数の増加がみられたが,PVALB陽性細胞数,CALB1

    陽性細胞数,CALB2陽性細胞数,NeuN陽性細胞数には変化はみられなかった (Fig. 1-5) 。

    出生後 77日ではいずれの陽性細胞数にも変化はみられなかった。

  • 17

    雄児動物の SGZにおける細胞増殖活性及びアポトーシス

    出生後 21日では TUNEL陽性細胞数の増加が 9 ppmでみられた。一方で PCNA陽性

    細胞数に変化はみられなかった (Fig. 1-6) 。出生後 77 日では,いずれの陽性細胞数に

    も変化はみられなかった。

    雄児動物の SGZにおける過酸化脂質の蓄積

    出生後 21日において,MDA陽性細胞数の増加が 9 ppmでみられた。一方で,4-HNE

    陽性細胞数に変化はみられなかった (Fig.1-7) 。

    雄児動物の SGZにおける幹細胞因子の発現

    出生後 21日おいて,SCF陽性細胞数の減少が 9 ppmでみられた (Fig. 1-8) 。

    雄児動物の海馬歯状回における遺伝子発現解析

    顆粒細胞の分化マーカーをコードする Pax6,Eomes,Dcx の発現が 9 ppmで増加した

    (Table1-9) 。介在ニューロン関連では,reelin をコードする Reln の発現が 9 ppmで増加

    した。内因性アポトーシスに関連する遺伝子群では,Bax の発現が 3 ppm から増加し

    た。幹細胞因子関連では,SCF をコードする Kitl の発現量が 9 ppm で減少した。神経

    伝達物質の一つであるグルタミン酸トランスポーターでは,Slc17a6 の発現量が 3 ppm

    から,α-アミノ-3-ヒドロキシ-5-メソオキサゾール-4-プロピオン酸 (AMPA) 型レセプ

    ターGria2 の発現量が 9 ppmで減少した一方で,N-メチル-D-アスパラギン酸 (NMDA)

    型レセプターである Grin2a の発現量が 9 ppmで増加した。また,アセチルコリンのレ

    セプターである Chrna4の発現量が 9 ppmで,Chrnb2の発現量が 3 ppmから減少した。

    その他の介在ニューロン,抗酸化酵素,グルタミン酸もしくはアセチルコリンレセプ

    ターやトランスポーターに関連する遺伝子群に変化はみられなかった (Table 1-10) 。

  • 18

    考察

    本章では,T-2トキシンを発達期曝露したマウスにおいて,母動物及び児動物への毒

    性学的影響を,発達期神経毒性を中心に検索した。特に脳海馬ニューロン新生に着目し,

    出生後 21日と 77日における影響を免疫組織学的解析及び遺伝子発現解析を用いて検討

    した。その結果,組織学的解析において,母動物では成熟動物における反復投与で報告

    されている前胃上皮細胞過形成が 3 ppmよりみとめられた [125] 。9 ppmでみられた脾

    臓における髄外造血は,T-2 トキシンを曝露したマウスで報告されている造血抑制を反

    映した変化である可能性が考えられた [44] 。T-2 トキシンの反復投与では胸腺の萎縮

    が報告されており [105] ,本研究においても 1 ppm より胸腺の萎縮を伴う重量低下が

    認められた。胸腺は母動物でみられた変化の中のうち,最も感受性の高い標的器官と考

    えられた。最小毒性発現用量 (lowest observed adverse effect level; LOAEL) は 1 ppmであ

    り,0.14~0.49 mg/kg体重/日に相当した。胸腺に対する毒性は,児動物においてもアポ

    トーシスの増加を伴う重量低下として 3 ppmから認められた。

    児動物では T-2 トキシン曝露後も継続する体重低値が 9 ppm で認められた。同用量

    では,脳,肝臓,胸腺及び脾臓の絶対重量減少が出生後 21日にみられ,77日に回復す

    る傾向がみられた。同様の体重増加抑制及び一時的な脳重量の低下は,発達期に低栄養

    状態を維持したラットでもみられており [75] ,本研究では母動物の摂餌量低値を観察

    されたことから,母動物に対する T-2トキシンによる全身毒性が児動物の発達遅延に影

    響したと推察される。しかしながら,低栄養性の脳発達遅延はニューロン新生に影響を

    与えないことが確認されている [75] 。T-2 トキシンが経胎盤,経乳的に児動物に移行

    すること [29,60] ,脳血液関門を通過することから [122] ,児動物のニューロン新生

    への影響は T-2 トキシンによるものと考えられた。

    児動物の海馬歯状回におけるニューロン新生について,出生後 21日は GFAP陽性細

  • 19

    胞数及び BLBP陽性細胞数が 9 ppmで,PAX6陽性細胞数及び TBR2陽性細胞数が 3 ppm

    から減少した。GFAP 陽性細胞は type-1 神経幹細胞であり,BLBP 陽性細胞は type-1 幹

    細胞と type-2前駆細胞の一部とされている [108] 。加えて,PAX6 陽性細胞は type-1幹

    細胞と type-2a前駆細胞であり,TBR2陽性細胞は type-2b前駆細胞とされている [43] 。

    GFAP陽性細胞数及び BLBP陽性細胞数は 3 ppmでは変化しなかったことから,9 ppm

    では type-1幹細胞と type-2 前駆細胞が減少していると考えられ,3 ppmでは type-2前駆

    細胞のみが減少したと考えられた。これらの結果から,T-2トキシンによる type-1幹細

    胞と type-2前駆細胞への影響には異なる閾値があり,複数の機序が関与していることが

    示唆された。一方で,これらの分化マーカーをコードする Pax6,Eomes (別名 Tbr2) 並

    びに Dcxの転写量は増加していた。T-2トキシンは peptidyl transferase 活性とタンパク質

    合成を阻害することから [71] ,何らかのフィードバック機構が転写活性を活性化し,

    ニューロン新生を維持しようとしたと考えられた。本研究では,実際に T-2トキシンの

    曝露を出生後 21日に終了した児動物では,出生後 77日にニューロン新生が回復してい

    ることが見出されたため,転写活性が上昇した遺伝子群により,分子発現が増加した結

    果,ニューロン新生が回復したと考えられた。

    SGZ における顆粒細胞数の変動と同時に,TUNEL 陽性細胞数の増加傾向が出生後

    21 日では 3 ppmからみられた。アポトーシス関連遺伝子群のうち,Bcl-2 familyに属す

    る内因性経路活性化因子である [37] Bax の転写量が 3 ppm より増加した。その他の外

    因性因子や小胞体ストレス関連,death-ligand関連遺伝子群には変動はみられなかった。

    ヒト癌細胞においては,T-2トキシンが活性酸素種 (reactive oxygen species; ROS) を増

    加し,DNA を損傷することにより Bax を介したアポトーシスを誘導することが知られ

    ている [15] 。本研究においても,T-2トキシンが SGZにおいて過酸化脂質の蓄積を意

    味するMDA陽性細胞を 9 ppmで増加させており,他でも報告されている脳における脂

    質過酸化上昇が起きていると考えられた [16] 。 T-2トキシンを曝露したラット脳にお

    けるアポトーシス誘導は酸化ストレス関連遺伝子の誘導を伴うことが報告されている

  • 20

    [100] 。従って,T-2 トキシンは SGZ における ROS 産生を増加させ, type-1 幹細胞及

    び type-2前駆細胞のアポトーシスを内因性経路によって誘導したと推察された。一方で,

    アポトーシスの増加は出生後 77 日では認められず,ニューロン新生障害の回復と一致

    していた。

    マウスの SGZにおいて,幹細胞因子である SCFは type-1幹細胞以外の顆粒細胞に発

    現しており,type-1 幹細胞や type-2 前駆細胞に発現する c-Kit レセプターに結合するこ

    とで,細胞増殖活性を上昇させ,細胞を自己複製から分化の方向へ誘導することが知ら

    れている [53,110] 。本研究においても,T-2トキシン曝露が 9 ppmでは SGZにおける

    SCF陽性細胞数を減少させ,SCFをコードする Kitl の発現量を減少させることが見出さ

    れた。これらの結果から,T-2トキシン曝露により SCFによる細胞増殖及び分化制御が

    抑制され,type-1幹細胞もしくは type-2前駆細胞が減少した可能性が考えられた。さら

    に,マウスの神経堤細胞では,SCF と c-Kit の結合を阻害することでアポトーシスが誘

    導されることが報告されており [51],本研究で観察された T-2トキシンによるアポトー

    シス増加には ROS 産生増加に加えて,SCF シグナルの減少が関与していると推察され

    た。

    本研究において,T-2トキシンは 9 ppmで,歯状回門における RELN陽性介在ニュー

    ロンを増加させるとともに,Reln 発現量を増加させた。Reelin は細胞外マトリックスに

    存在する糖タンパク質であり,SGZから GCL に移動する分裂活性を失った未熟顆粒細

    胞を適切な位置へ誘導する役割を持つとされている [36] 。このことから RELN陽性介

    在ニューロンの増加は,T-2 トキシンによってニューロン新生の早期が障害されたこと

    により,後期の前駆細胞や未熟顆粒細胞の移動異常が起きたことを反映したと考えられ

    た。注目すべき点として,T-2 トキシンは顆粒細胞系譜の後期分化段階には影響を与え

    なかった。RELN の発現上昇は type-3 前駆細胞である DCX 陽性細胞数を増加させるこ

    とが報告されており [84] ,後期分化段階の顆粒細胞数の減少を防ぐ働きがあると推察

    された。ニューロン新生障害が回復した出生後 77 日では,RELN 陽性介在ニューロン

  • 21

    数に変動はみられなかった。

    SGZへの海馬歯状回外部からの神経伝達入力に関して,3 ppmより Slc17a6と Chrnb2

    の発現量が減少し,9 ppm では Gria2 及び Chrna4 の発現量減少と,Grin2a の発現量増

    加がみられた。ほとんどの type-1幹細胞は Gria2にコードされる AMPA型グルタミン酸

    レセプターサブユニットである GluA2 を発現しており,顆粒細胞系譜の多くの細胞は

    Slc17a6にコードされるグルタミン酸トランスポーターVglut2を発現している [55,91] 。

    従って,Gria2 と Slc17a6の発現量減少は,9 ppmでみられた type-1幹細胞数の減少と,

    3 ppmよりみられた type-2前駆細胞の減少をそれぞれ反映した変化と考えられた。グル

    タミン酸作動性入力はニューロン新生の速度制御に関わっていることから [12] ,伝達

    経路に関わる遺伝子の発現量減少によりニューロン新生が抑制された可能性が示唆さ

    れた。その一方で,NMDA型レセプターサブユニットをコードする Grin2a は,ニュー

    ロンの発達過程において reelin の働きにより徐々に発現量が増加する [85] 。ラット脳

    において,NMDA レセプターを介したグルタミン酸作動性入力により,ニューロン新

    生が増加することが知られている [6] 。従って,本研究の 9 ppm でみられた RELN 陽

    性介在ニューロン数の増加が Grin2a の発現量増加に関わっており,分化後期段階の顆

    粒細胞の減少を抑えたと考えられた。

    Chrna4 と Chrnb2 は GABA 作動性介在ニューロンに発現するニコチン酸型アセチル

    コリンレセプターのサブユニットをコードしている [106] 。CHRNB2は SGZにおける

    細胞増殖制御に深く関わっており,Chrnb2ノックアウトマウスでは SGZの細胞増殖活

    性が低下することが知られている [38] 。歯状回門における GABA作動性介在ニューロ

    ンの一部は SGZ の type-2 前駆細胞に入力しており,分化制御に関わっていることから

    [113] ,本研究で 3 ppm からみられた Chrnb2 の発現量減少と type-2 前駆細胞数の減少

    は,アセチルコリン作動性シグナルの減少による歯状回門から SGZへの GABA作動性

    入力減少を示していると考えられた。CHRNA4 の発現低下とニューロン新生に関する

    報告はなされていないが,CHRNB2 の減少とともに,GABA 作動性介在ニューロンに

  • 22

    おけるニコチン型アセチルコリンを介した入力の減少に関わっていると考えられた。

    本研究における児動物の無毒性量 (no observed adverse effect level; NOAEL) は,ニュ

    ーロン新生障害と胸腺におけるアポトーシス増加に基づいて,1 ppm と判断された。

    1 ppm における母動物の T-2 トキシン曝露量は 0.14~0.49 mg/kg 体重/日に相当し,

    FAO/WHO 合同食品添加物専門家会議 (JECFA) による暫定最大 1 日耐容摂取量

    (provisional maximum tolerable daily intake; PMTDI) の設定根拠となったブタにおける造

    血毒性発現用量 (0.03 mg/kg/日) [88]の5から15倍高い値であった [52] 。しかしながら,

    新生児及び乳幼児は体重当りの食物摂取量が多く [28] ,かび毒による影響を受けやす

    いと考えられることから,小児集団が主に摂取する穀物における T-2トキシンの汚染は

    慎重にモニタリングされることが必要と思われる。

    結論として,マウスにおける T-2トキシン発達期曝露により,児動物ではニューロン

    新生障害が可逆的に認められ,標的となった type-1幹細胞及び type-2前駆細胞への障害

    機序には異なる閾値が存在することが明らかとなった。すなわち,アセチルコリン作動

    性,グルタミン作動性入力の減少が type-2 前駆細胞を 3 ppm より減少させ,SCF/c-Kit

    シグナルの減少,酸化ストレスの増加が 9 ppmにおいて,type-1幹細胞及び type-2前駆

    細胞を減少させた。児動物のニューロン新生障害は,他の器官で最も感受性の高い胸腺

    への毒性と同じく 3 ppmからみとめられ,NOAELは 1 ppmと判断された。

  • 23

    小括

    第 1章では,T-2トキシンの発達期曝露によるマウス児動物における海馬ニューロン

    新生への影響を評価するため,0,1,3,9 ppmの投与量で妊娠 6日目から出生後 21日

    の離乳まで投与する曝露実験を行った。その結果,全身への影響として,児動物では

    T-2トキシン曝露終了後も継続する体重低値が 9 ppmでみられ,母動物では 1 ppmから,

    児動物では 3 ppm から胸腺に対する毒性が認められた。出生後 21 日の雄児動物海馬歯

    状回 SGZでは,GFAP または BLBPを発現する type-1幹細胞が 9 ppmで,PAX6または

    TBR2 を発現する type-2 前駆細胞が 3 ppmよりそれぞれ減少し,3 ppmからはアポトー

    シスの増加がみられた。歯状回門では 9 ppmで reelin を発現する GABA作動性介在ニュ

    ーロン数が増加し,顆粒細胞の移動異常を反映したと考えられた。T-2 トキシンはアセ

    チルコリン及びグルタミン作動性入力の減少により type-2前駆細胞を3 ppmから減少さ

    せ,加えて,幹細胞因子 SCF 発現減少と酸化ストレスの上昇により type-1 幹細胞及び

    type-2前駆細胞を 9 ppmで減少させたと考えられ,それぞれの標的細胞に異なる機序で

    影響を与えたと考察された。児動物のニューロン新生障害に基づいた NOAELは 1 ppm

    と判断された。

  • 24

    第 2章

    アフラトキシン B1のラット発達期曝露による

    ニューロン新生に着目した発達神経毒性の検討

  • 25

    緒言

    アフラトキシンは Aspergillus 属のかびによって産生される非常に強い毒性を示すか

    び毒であり,トウモロコシ,ナッツ,穀物といった食物から検出される [124] 。もっ

    とも強い毒性を示すアフラトキシン B1 (AFB1) は Aspergillus flavasまたは Aspergillus

    parasiticus によって産生され,最も強い発がん性を示し,遺伝毒性を有する [48] 。ヒ

    トまたは動物に摂取された AFB1は肝臓で代謝されることでアフラトキシン Q1,アフラ

    トキシン P1,アフラトキシン M1 (AFM1) となり,このうち AFM1は乳中に移行するこ

    とが知られている [67] 。AFM1は AFB1と比較してより弱いものの,同様の機序により

    発がん性及び遺伝毒性を有する [20,45] 。母体に摂取された AFB1は胎盤を通過する

    こと [22,46] ,乳汁へは大部分が AFM1として移行することから [114] ,アフラトキ

    シンの発達期曝露において,この 2種類が主なリスク要因と考えられる。AFM1による

    乳製品の汚染が様々な国と地域で報告されていることから [124] ,小児集団に対する

    健康被害が危惧される。

    AFB1及び AFM1に関する毒性試験では,慢性曝露による発がん性,遺伝毒性,肝臓

    への毒性に関する情報が多く得られている [48,124] 。しかしながら,特に発達期の

    曝露による中枢神経系への毒性影響について得られているデータは限られている。ラッ

    トにおいて AFB1を妊娠後期に腹腔内投与した実験では,児動物の中枢及び抹消神経系

    に腫瘍を誘発することが報告されている [35] 。また,妊娠期の AFB1曝露では,児動

    物脳における神経変性を伴う一時的な自発運動の減少がみられている [17] 。また,ラ

    ット皮下投与による妊娠期曝露では神経行動学的な能力低下が報告されている [57] 。

    AFB1及び AFM1が遺伝毒性を有することからも,発達期曝露による神経への影響を評

    価することが重要と考えられる。

    第 1章において,T-2 トキシン発達期曝露による神経毒性学的影響を,離乳時及び成

  • 26

    熟時における児動物海馬歯状回のニューロン新生に着目して評価することで,標的性,

    回復性とともに明らかにすることができた。また,その機序として海馬歯状回へ外部か

    ら入力するアセチルコリン作動性,グルタミン酸作動性入力の低下が明らかとなった。

    AFB1の慢性曝露はラット脳において上述した神経伝達を減少させることが報告されて

    いる [18,25] 。また,AFB1及び AFM1は遺伝毒性を有するため,幹細胞の増殖分化を

    重要な過程として有するニューロン新生において,DNA障害による影響を与える可能

    性が考えられる。

    本章では AFB1による発達神経毒性を評価するため,ラット児動物における海馬ニュ

    ーロン新生に着目した解析を行った。児動物への影響は経胎盤的な AFB1曝露と経乳的

    な AFM1曝露を反映するものと予想された。リスク評価を目的として,ニューロン新生

    への影響について用量相関及び回復性を検討するため,SGZにおける顆粒細胞系譜及び

    歯状回門の介在ニューロンの分布,SGZにおける細胞増殖活性,アポトーシスを離乳後,

    成熟時に解析した。また,第 1章で影響が認められた,神経伝達物質を介した海馬歯状

    回へ入力への影響を遺伝子発現解析,免疫組織学的染色により検討した。

  • 27

    材料および方法

    化学物質及び供試動物

    AFB1は M1培地で培養した Aspergillus flavusより抽出し,HPLCにより精製したもの

    [21] を麻布大学 小西 良子 教授のご厚意により供与いただいた。AOAC法により重量

    及びメタノール溶液中の紫外線吸収から算出された純度は約 90%であった [5] 。48 匹

    の妊娠 SDラットを妊娠 1日目で日本チャールズリバー株式会社 (横浜) より購入した。

    妊娠ラットは分娩後 22 日まで,温度 23±3°C, 湿度 55±15%, 照明サイクル 12 時間明

    /12 時間暗条件で個別に飼育した。AFB1投与開始までは飼育期間を通じて,粉末 CRF-1

    (オリエンタル酵母工業, 東京,AFB1濃度は定量下限である 5ppb未満) および飲料水の

    自由に摂取させた。出生後 21日(出生日を 0日とする)以降,児動物は 3~4匹/ケー

    ジで,固型 CRF-1 (オリエンタル酵母工業, 東京,AFB1濃度は定量下限である 5ppb 未

    満) および飲料水の自由摂取下で飼育した。

    実験デザイン

    妊娠ラットは各群 12匹の 4群に分け,0,0.1,0.3,1.0 ppmの AFB1を含む粉末 CRF-1

    を妊娠 6 日目から分娩後 21 日目まで摂取させた。高用量の AFB1用量は OECD ガイド

    ライン [74] に従い,母動物に軽微な毒性が認められる用量を選択した。予備実験とし

    て,0,0.1,0.5 ppmの AFB1を妊娠ラットに妊娠 6日目から分娩後 21日目まで投与し

    た (N = 3,0,0.1 ppm群;N = 4,0.5 ppm群) 。その結果,0.5 ppmでは児動物の一時

    的な体重低値のみが観察されたため,軽度な母動物及び児動物への毒性が期待される用

    量として,1.0 ppmを本研究の高用量に選択した。AFM1の乳汁移行に関して,生後 14

    日目に予備試験の 0及び 0.5 ppm投与群の児動物 (N = 3) の胃から乳汁を採取し,AFM1

    の濃度を HPLC法により測定した (日本食品分析センター,東京) 。本実験では出生後

  • 28

    4 日目に間引きを行い,各母動物 (N = 10,0 ppm群;N = 11,AFB1投与群) に 6匹の雄

    と 2匹の雌を確保するよう児動物数を調整した。投与期間中,一般状態は 1日 1回観察

    し,体重及び摂餌量を 2回/週,摂水量を 1回/週の頻度で測定した。混餌飼料の調製

    は 1週間を超えない頻度で行った。出生後 21 日に,各群 10匹の雄児動物 (1匹/母動物)

    を免疫組織学的検討のため,CO2/O2麻酔下で氷冷した 4% (w/v) PFA/0.1M リン酸バッ

    ファー (pH 7.4) により灌流固定を行った (流速 10 mL/分) 。遺伝子発現解析のため,

    各群雄 20~26匹の雄児動物 (2~3匹/母動物) は CO2/O2麻酔下で放血し,脳及び肝臓の

    重量を測定した。母動物及び各群 10~12匹の雌児動物 (1~2匹/母動物) はそれぞれ出

    生後 22日及び 21日に CO2/O2麻酔下で放血し,脳及び肝臓の重量を測定した。

    他の児動物 (各群雄 30匹及び雌 10匹) は出生後 77日目までAFB1を含まない通常飼

    料により飼育し,一般状態を 1日 1回観察し,体重を 1回/週の頻度で測定した。出生

    後 77 日に,免疫組織学的検討のため,各群 10 匹の雄児動物 (1 匹/母動物) を CO2/O2

    麻酔下で氷冷した 4% (w/v) PFA/0.1M リン酸バッファー (pH 7.4) により灌流固定を

    行った (流速 35 mL/分) 。各群 20匹の雄動物及び 10匹の雌動物は CO2/O2麻酔下で放

    血し,脳及び肝臓の重量を測定した。雌児動物の脳標本は,性周期及びエストロジェン

    が海馬ニューロン新生に影響することから,解析から除外した [80] 。

    動物実験計画は,国立大学法人東京農工大学の動物実験倫理委員会に提出して承認

    を受け,動物飼育,管理にあっては,国立大学法人 東京農工大学の実験取扱い倫理規

    定に従った。

    病理組織学的解析

    出生後 21日及び 77 日の児動物のうち,灌流した雄各群 10匹,灌流を行わない雌各

    群 10 匹と,全ての母動物の脳について,病理組織学的評価を行った。母動物及び雌児

    動物の脳はブアン固定液にて4°Cで一昼夜固定した。灌流を行わない雌雄各群10匹と,

    全ての母動物の肝臓について,病理組織学的評価を行った。肝臓は 10%中性緩衝ホルマ

  • 29

    リン液にて 4°Cで一昼夜固定した。パラフィン包埋した組織を 3 μmの厚さに薄切した

    後,ヘマトキシリン・エオジン染色を行い観察した。

    脳における免疫組織学的染色及びアポトーシス検出

    4% PFA灌流固定を行った出生後 21 日及び 77日の雌雄児動物から脳を採取し,同じ

    固定液を用いて一昼夜固定した。大脳の bregma の後方約-2.2 mm (出生後 21日) または

    -3.5 mm (出生後 77日) の 1カ所で冠状割面を作製して,さらに 4% PFAバッファーで一

    昼夜固定した。前後の対称面 (2 切面) が薄切面となるようにパラフィン包埋し,3 μm

    厚の連続切片を作製した。切片は Table1-1,1-2 に示した条件で,以下の各分子に対す

    る抗体を用いて免疫染色を行った。顆粒細胞層におけるニューロン新生の分化ステージ

    指標である GFAP [56] ,PAX6 [43] ,TBR2 [43] ,DCX [56] ,tubulin; beta 3 class III

    (TUBB3) [9] ,介在ニューロンの指標である [32,36] ,RELN,PVALB,CALB1,CALB2,

    ソマトスタチン (SST),成熟ニューロンの指標である NeuN,ニコチン型アセチルコリ

    ンレセプターである nicotinic acetylcholine receptor; alpha 7 (CHRNA7) [86] ,脳由来神経

    栄養因子 (brain-derived neurotrophic factor; BDNF) [24] の活性化型レセプターである

    phosphorylated neurotrophic tyrosine kinase receptor, type 2 (p-TRKB) ,細胞増殖活性の指

    標である PCNA について実施した。加えて,出生後 21 日の児動物は CDK

    (Cyclin-dependent kinase) 阻害分子の一つであり,G1 期で細胞周期を制御することが知

    られている cyclin-dependent kinase inhibitor 1A (p21cip1) [80] ,DNA障害のマーカーであ

    る及び gamma-H2A histone family, member X (γ-H2AX) [79] についても実施した。シグナ

    ル検出は VECTASTAINⓇ Elite ABC Kit (Vector Laboratories Inc., Burlingame, CA, USA) の

    プロトコールに従い,免疫反応は DAB/H2O2を用いて可視化した後,ヘマトキシリンに

    より対比染色した。脱パラフィンは 0.3 w/w %過酸化水素水を含むメタノール溶液 (室

    温,30 分) を用いた。海馬 SGZにおけるアポトーシス検出のため,TUNEL染色を行っ

    た。

  • 30

    免疫組織化学染色および TUNEL染色陽性細胞の定量解析

    海馬歯状回 SGZにおける GFAP,PAX6,TBR2,DCX,TUBB3,p21cip1,γ-H2AX, PCNA,

    TUNEL 陽性細胞数について,両側でカウントし,単位長さ当りの陽性細胞数を算出し

    た (Fig. 1-1) 。歯状回門に分布する RELN,PVALB,CALB1,CALB2,SST,NeuN陽

    性細胞については,両側でカウントし,歯状回門の単位面積当りの陽性細胞数の検索を

    行った (Fig. 1-1) 。NeuN 陽性細胞に関しては GCLにおける計数も行い,SGZの単位長

    さ当りの陽性細胞数を算出した。これらの解析は盲検法で実施した。歯状回門における

    アンモン角 CA3 領域の顆粒細胞はカウントから除外した。定量的解析のための写真は

    100 倍の倍率で BX53 システム生物顕微鏡及び DP72 デジタルカメラシステム (オリン

    パス株式会社,東京) を用いて撮影し,WinROOF (バージョン 6.4.2,三谷商事,東京) を

    用いて解析した。

    遺伝子発現発現解析

    出生後 21日の児動物海馬歯状回におけるmRNA発現量をRT-PCRを用いて解析した。

    PFA灌流固定を行わない雄児動物を対象として,脳標本をメタカーン固定液により固定

    した [3] 。メタカーン固定脳標本を用いて,大脳の bregma の後方約-2.2 mmの 2 mm厚

    切片より生検トレパン (KAIインダストリーズ株式会社,岐阜) を用いて海馬歯状回部

    分を採取した。0及び 1.0 ppm群について,QIAzol (Qiagen,Germany) 及び RNeasy Mini

    kit (Qiagen) を用いて total RNAを抽出した (N = 6/群) 。肝臓に関して,母動物及び灌

    流を行わなかった雄児動物の外側左様の一部を液体窒素により凍結保存した。すべての

    群について,RNeasy Mini kit (Qiagen) を用いて total RNAを抽出した (N = 6/群) 。脳,

    肝臓ともに 2 μgの total RNAから SuperScript® III Reverse Transcriptase (Life Technologies,

    CA,USA) を用いてcDNAを合成した。PCR反応はSYBR®Green PCR Master Mix (Applied

    Biosystems Inc.,Carlsbad,,CA,USA) を用い, Step One Plus™ Real-time PCR System

    (Applied Biosystems Inc.) にて, 製造元のプロトコールに従って実施した。プライマーは

  • 31

    Primer Express software (Version 3.0; Applied Biosystems, Inc.) を用いて設計し,Table 2-1

    及び 2-2に示した。各遺伝子のmRNA発現量は,内因性コントロールとして hypoxanthine

    phosphoribosyl transferase (Hprt) または glyceraldehyde 3-phosphate dehydrogenase (Gapdh)

    の CTを同時に算出し,0 ppm群との ΔΔCT値を算出して比較した [64] 。

    パイロシークエンシング法による DNAメチル化解析

    出生後 21日の児動物海馬歯状回から抽出した DNA を用いて,Bdnf 遺伝子のプロモ

    ーター領域におけるシトシンのメチル化比率をパイロシークエンシング法により解析

    した。脳海馬歯状回を遺伝子発現解析と同様にメタカーン固定脳標本から採取した。0

    及び 1.0 ppm群について,DNeasy Blood and Tissue kit (Qiagen) を用いて,ゲノム DNA

    を抽出した(N = 4/群) 。500 ngのゲノム DNAを EpiTect® Plus DNA Bisulfite kit (Qiagen)

    を用いてバイサルファイト処理した。Bdnf のプロモーター領域を増幅するため,10 ng

    のバイサルファイト処理 DNA を鋳型として,PyroMark PCR Kit (Qiagen) 及び

    Pyrosequencing Assay Design Software Ver. 2.0 (Qiagen) で設計した以下のプライマーを用

    いて PCR 反応を行った。標的配列はストレス負荷を行ったラット児動物においてメチ

    ル化比率の変動が報告された文献を参考とした [8] 。によるメチル化フォワードプラ

    イマー;5′-AATGGTTTAT GGTTTTTTAA ATGAGAGT-3′,リバースプライマー (5’末端

    はビオチン化);5′-CCACCTTCT AAAACTTATA ACATAATTCTC-3′。ビオチン化された

    PCR産物を PyroMark Gold Q24 Vacuum Workstation,PyroMark Gold Q24 Reagents (Qiagen)

    及び以下の配列のシークエンシングプライマーを用いて解析した。シークエンシングプ

    ライマー;5′-ATAGGTTAGG AGGGG-3′。それぞれの CpGサイトにおけるシトシンのメ

    チル化比率は PyroMark Q24 software (Qiagen) を用いて算出した。

    統計解析

    母動物及び離乳後の児動物の体重ならびに臓器重量,摂餌量,摂水量,免疫組織化学

  • 32

    染色,TUNEL 染色における陽性細胞のカウント数,遺伝子発現解析結果は群平均及び

    標準偏差を算出した。離乳までの児動物の体重及び臓器重量,免疫組織化学染色,

    TUNEL 染色における陽性細胞のカウント数については母動物ごとに平均値を算出し,

    さらに群平均及び標準偏差を算出した。統計学的解析は,体重,摂餌量,摂水量,臓器

    重量,陽性細胞数,遺伝子発現解析結果について,各群の分散を Bartlett の方法で検定

    し,等分散の場合は Dunnett,不等分散の場合は Steel の方法により 0 ppm群と各群との

    検定を行った。2群間の比較においては各群の分散を F検定により比較し,等分散の場

    合は Student の t 検定,不等分散の場合は Aspin-Welchの t検定により 0 ppm群と各投与

    群との検定を行った。病理組織学的所見(カテゴリカルデータ)については,

    Mann-Whitney’s U-test により 0 ppm群と各群で比較した。病理組織学的変化の発生頻度

    は Fisherの直接確率法により 0 ppm群と各群で比較した。すべての統計学的解析はエク

    セル統計 2010ソフトウェア (社会情報サービス株式会社,東京) を用いて行った。

  • 33

    結果

    胃内乳汁の AFM1濃度

    予備実験において,0 ppm 群の胃内乳汁に AFM1は検出されず (定量下限 0.5 ppb) ,

    0.5 ppm群の胃内乳汁における AFM1濃度は 26 ppb であった。

    母動物への影響

    全動物で妊娠が確認された。着床数,産仔数に AFB1による影響は認められなかった

    (Table 2-3) 。体重,摂餌量,摂水量についても AFB1による影響は認められなかった (Fig.

    2-1) 。また,一般状態や行動に異常はみられなかった。分娩後 22 日の解剖において,

    1.0 ppm で肝臓絶対及び相対重量の高値が認められたが脳重量に変化はみられなかった

    (Table 2-3) 。摂餌量より計算される AFB1摂取量は,0.1,0.3,1.0 ppm 各群において,

    妊娠期間で 7.1,20.7,66.7 µg/kg 体重/日,授乳期間で 13.6,41.7,132.7 µg/kg 体重/日

    であった。

    児動物への影響

    一般状態に異常はみられなかった。体重に関して,雄の 1.0 ppm で出生後 14 日に一

    時的な体重低値がみられた (Table 2-4,2-5) 。

    器官重量について,出生後 21 日及び出生後 77 日のいずれにおいても脳及び肝臓重

    量に AFB1による影響はみられなかった (Table 2-6) 。

    病理組織学的解析

    母動物では脳及び肝臓に組織学的な変化はみられなかった (Table 2-7) 。児動物につ

    いても出生後 21日及び 77日のいずれにおいても,脳及び肝臓に組織学的な変化はみら

  • 34

    れなかった。

    雄児動物の SGZ及び GCLにおける顆粒細胞系譜の分布

    出生後 21 日の雄児動物では,SGZ において,DCX 陽性細胞 (type-2b 前駆細胞~未

    熟顆粒細胞) 数が 0.3 ppmから減少した (Fig. 2-2) 。一方で,SGZにおける GFAP陽性

    細胞 (type-1 幹細胞) 数,PAX6 陽性細胞 (type-1 幹細胞~type-2a 前駆細胞) 数,TBR2

    陽性細胞 (type-2b 前駆細胞) 数,TUBB 陽性細胞 (未熟顆粒細胞) 数,GCL における

    NeuN陽性細胞 (成熟顆粒細胞) に変動はみられなかった。出生後 77日では,いずれの

    陽性細胞数にも変化はみられなかった。

    雄児動物の歯状回門における成熟ニューロン及び介在ニューロンの分布

    出生後 21 日,77 日のいずれにおいても,RELN 陽性細胞数,PVALB 陽性細胞数,

    CALB1 陽性細胞数,CALB2 陽性細胞数,SST 陽性細胞数,NeuN 陽性細胞数には変化

    はみられなかった (Fig. 2-3) 。

    雄児動物の SGZにおける細胞増殖活性及びアポトーシス

    出生後 21 日では PCNA 陽性細胞数の減少が 1.0 ppm でみられた。一方で TUNEL 陽

    性細胞数に変化はみられなかった。出生後 77 日では,いずれの陽性細胞数にも変化は

    みられなかった (Fig. 2-4) 。

    雄児動物の歯状回門における CHRNA7を発現する介在ニューロンの分布

    出生後 21日において,CHRNA7陽性細胞数の減少が 0.3 ppmからみられた。一方で,

    出生後 77日では変化はみられなかった (Fig 2-5) 。

  • 35

    雄児動物の歯状回門における p-TRKBを発現する介在ニューロンの分布

    出生後 21日において,p-TRKB陽性細胞数の減少が 0.3 ppmからみられた。一方で,

    出生後 77日では変化はみられなかった (Fig 2-6) 。

    雄児動物の SGZにおける γ-H2AXまたは p21Cip1発現細胞の分布

    出生後 21 日において,γ-H2AX 陽性細胞数,p21Cip1陽性細胞数のいずれにおいても

    変化はみられなかった (Fig. 2-7) 。

    雄児動物の海馬歯状回における遺伝子発現解析

    各遺伝子群の発現量を 0及び 1.0 ppm群で比較した (Table 2-8) 。神経栄養因子に関

    連する遺伝子群では Bdnf の発現が減少した。アセチルコリンの産生酵素及びレセプタ

    ーに関連する遺伝子群では,レセプターサブユニットをコードする Chrna7 の発現が減

    少し,アセチルコリン産生酵素をコードする Chat の発現が増加した。ドーパミンの産

    生酵素及びレセプターに関連する遺伝子群では,D2 レセプターをコードする Drd2 の発

    現が減少した。細胞周期制御因子に関連する遺伝子群では,サイクリン依存性キナーゼ

    阻害因子 p21cip1をコードする Cdkn1a の発現量が減少した。その他の顆粒細胞の分化マ

    ーカー,細胞増殖,モノアミントランスポーター,セロトニンの産生酵素及びレセプタ

    ー,ノルアドレナリンの産生酵素及びレセプター,DNA 修復に関連する遺伝子群には

    変化はみられなかった (Table 2-9,2-10) 。

    雄児動物の海馬歯状回における Bdnf プロモーター領域の DNAメチル化解析

    Bdnf 遺伝子のプロモーター領域に位置する 6個の CpGサイトについて,0 ppmと

    1.0 ppm群との間でシトシンのメチル化比率に変化は認められなかった (Fig 2-8) 。

  • 36

    母動物及び雄児動物の肝臓における遺伝子発現解析

    各遺伝子群の発現量を母動物及び出生後 21 日の雄児動物の全群で比較した (Table

    2-11) 。母動物では AFB1の代謝に関与する Cyp1a2 及び DNAの修復に関わる Ercc2の

    発現量が増加した。雄児動物では代謝酵素及び DNA修復に関わる遺伝子群に変化はみ

    られなかった。

  • 37

    考察

    本章では,AFB1の発達期神経毒性について,第 1章と同様に児動物の海馬における

    ニューロン新生に着目した検討を行った。AFB1の発達期曝露は高用量では重篤な毒性

    と胎児の奇形を引き起こすことが知られている (0.5 mg/kg 強制経口投与) [119] 。本研

    究では軽微な母動物への毒性が期待される用量を高用量に設定して評価を行った。その

    結果,母動物では 1.0 ppmで肝臓の重量増加が認められたが,病理組織学的な変化はみ

    られなかった。一方で,Cyp1a2 と Ercc2 の mRNA発現量増加が認められ,AFB1の代謝

    酵素が誘導され,アフラトキシンの活性代謝物による DNA付加体形成に対して DNA

    のヌクレオチド除去修復系が活性化していることが示唆された [26] 。児動物への影響

    については,1.0 ppmで雄に一時的な体重低値がみられたものの,脳及び肝臓重量に変

    化はみられず,肝臓において肝臓代謝酵素や DNA修復に関連する遺伝子の発現変動も

    みられなかった。乳中への AFM1の移行については,ウシで報告されている比率と同様

    に,飼料中 AFB1濃度の約 5%に相当する AFM1濃度が検出された。本研究において,

    1.0 ppmの AFB1の発達期曝露による児動物に対する全身毒性は非常に軽微であると考

    えられた。

    児動物のニューロン新生に対する影響について,出生後 21日では 0.3 ppmから SGZ

    における DCX 陽性細胞数の減少がみられたが,SGZにおける GFAP,PAX6,TBR2,

    TUBB3 陽性細胞数,GCLにおける NeuN陽性細胞数への影響はみられなかった。DCX

    は type-2b 前駆細胞の一部と type-3前駆細胞及び未熟顆粒細胞に発現している [56] 。

    type-2b前駆細胞に相当する TBR2 陽性細胞数と,未熟顆粒細胞の大部分に発現する

    TUBB3 陽性細胞数が変化していないことから [9,43] ,AFB1の発達期曝露は type-3

    前駆細胞を標的とすると考えられた。しかしながら,出生後 77 日では DCX 陽性細胞数

    は変動せず,統計学的有意ではないものの,GCLにおける NeuN陽性細胞数が減少する

  • 38

    傾向がみられた。NeuN陽性細胞は type-3前駆細胞の分化によって産生される分裂活性

    を失った成熟顆粒細胞であることから [56] ,AFB1の発達期曝露によってニューロン新

    生の後期段階が抑制された結果,成熟後の成熟ニューロン数の減少傾向につながったと

    考えられた。

    出生後 21日の SGZでは,細胞増殖活性の指標である PCNA陽性細胞数が 0.3 ppmか

    ら減少傾向を示し,1.0 ppmでは有意に減少した。ラットやヒト肝細胞において,AFB1

    は細胞周期異常をもたらす [42,92] 。しかしながら本研究では,p21をコードする

    Cdkn1a の発現量減少がみられたものの,サイクリン依存性キナーゼ阻害因子を含む他

    の細胞周期制御因子の遺伝子発現変動は検出されなかった。また,SGZにおける p21cip1

    の陽性細胞数には変動がみられなかった。SGZにおいて p21cip1は DCX 陽性細胞が主に

    発現しており,Cdkn1aの海馬ニューロンにおけるコンディショナルな発現欠損は,SGZ

    における細胞増殖活性を増加させることが報告されている [80] 。本研究においては

    SGZにおける細胞増殖活性は低下したことから,Cdkn1a の発現減少は type-3前駆細胞

    の減少を反映したものであり,AFB1の発達期曝露は SGZにおける細胞周期制御には影

    響しなかったと考えられた。

    ヒトにおいては,母体の血中 AFB1濃度と貧血及び胎児の低酸素症に相関があるとさ

    れている [103] 。慢性的な低酸素状態は,ラットにおいて脳発達及び海馬ニューロン

    新生を阻害し,顆粒細胞系譜における細胞増殖活性の低下をもたらす [89] 。上述した

    ように,本研究では SGZにおいて細胞増殖活性の低下が認められた。しかしながら組

    織学的に低酸素状態を示す神経細胞の乏血性変化や脱落は認められず,脳重量にも影響

    はみられなかった。したがって AFB1発達期曝露による胎児の低酸素症がニューロン新

    生に影響した可能性は低いと考えられた。

    本研究では,歯状回門において RELNや SST,カルシウム結合タンパク質を発現す

    る介在ニューロンの分布に変動がみられなかった。第 1章でも触れたように,海馬歯状

    回は脳の他部位から様々な神経伝達入力を受け取っている [12,54] 。関連する遺伝子

  • 39

    群の発現量解析により,1.0 ppmでは Chrna7の発現量低下と Chat の発現量増加がみら

    れた。歯状回におけるニューロンはアセチルコリン作動性入力を受けており,ニコチン

    型レセプターサブユニットであるCHRNA7とCHRNB2を含むレセプターを発現してい

    る [54] 。顆粒細胞における発現に加えて,CHRNA7は GABA作動性介在ニューロン

    の一部でも発現しており,神経保護作用に関与しているとされる [62] 。また,CHRNA7

    ノックアウトマウスは海馬における細胞増殖活性や樹状突起形成の低下を示す [67] 。

    本研究において,AFB1発達期曝露により 0.3 ppmから歯状回門における CHRNA7陽性

    細胞数が減少した。SGZにおいて CHRNA7を介してアセチルコリン作動性入力を受け

    取るニューロンは分裂活性を有する前駆細胞であり [72] ,アセチルコリン作動性入力

    の低下によって抑制される樹状突起の成長は type-3前駆細胞でみられる [13] 。このこ

    とから,AFB1発達期曝露により CHRNA7レセプターを介するアセチルコリン作動性入

    力が減少したことで,type-3前駆細胞が選択的に減少した可能性が考えられた。

    本研究では D2 ドーパミンレセプターをコードする Drd2の発現量も減少した。D2

    レセプターを介するドーパミン作動性入力は,毛様体神経栄養因子 (CNTF) を介して

    ニューロン新生を活性化する [127] 。しかしながら本研究では Cntf の発現量に変動を

    見出せなかった。さらに,D2 レセプターのアゴニストは顆粒細胞系譜の増殖や生存に

    影響を及ぼさないことが報告されている [111] 。本研究において,Cntf の発現量変動が

    みられないことから,Drd2の発現量減少は type-3 前駆細胞の減少には関与していない

    と考えられた。一方で歯状回門の GABA作動性介在ニューロンはコリンアセチルトラ

    ンスフェラーゼを発現しており [68] ,D2 レセプターアゴニストである haloperidolは

    ラット脳においてアセチルコリントランスフェラーゼの発現量を増加させる [61] 。従

    って,Drd2発現量の減少は Chat 発現量の増加に関与した可能性が考えられた。

    BDNFは神経栄養因子に属するタンパクであり,ニューロン新生を亢進することが

    示されている [97] 。また,アセチルコリン作動性,ドーパミン作動性入力によって発

    現が制御されている [39,82] 。さらに BDNFはアセチルコリン作動性ニューロンの生

  • 40

    存及び分化を補助するとされている [73] 。BDNFは海馬では顆粒細胞において産生さ

    れ,歯状回門における介在ニューロンやアンモン角 CA3の錐体細胞の神経成長に重要

    な役割を果たしている [121] 。本研究では,AFB1の発達期曝露により,Bdnf の発現量

    が 1.0 ppmで低下し,歯状回門における BDNFが結合した活性型 TRKBレセプターを発

    現する介在ニューロン数が 0.3 ppmから減少した [72] 。この結果から,AFB1発達期曝

    露は,直接の標的は不明であるものの,BDNFとアセチルコリン両方のシグナル経路を

    抑制したと考えられた。Sakata らは活性化した BDNFを持たないマウスは,海馬におい

    て Drd2の発現量低下を示すが,他のドーパミン作動性,ノルアドレナリン作動性レセ

    プターには変動がないことを報告している [93] 。本研究でも同様の変化が観察されて

    おり,BDNF-TRKBシグナルの抑制がドーパミン作動性シグナルを抑制した可能性が考

    えられた。BDNFの海馬における発現にはエピジェネティックな制御機構が関与してい

    る例が多く報告されている [8,65,109] 。しかしながら,本研究において遺伝子発現

    抑制につながるプロモーター領域における CpGアイランドの過メチル化を,Bdnf遺伝

    子について見出すことはできなかった。この結果は,DNAの過メチル化によるエピジ

    ェネティックな機構が,AFB1による Bdnfの発現量減少に関与していないことを示した。

    本研究において児動物のニューロン新生への影響に基づくNOAELは 0.1 ppmと判断

    された。同時に,DNA修復に関与する遺伝子群の発現変動や,DNA障害のマーカーで

    ある γ-H2AX 陽性細胞数の変動がみられなかったことから,AFB1によるニューロン新

    生障害には DNA障害は関与していないと考えられた。障害がみられた用量における乳

    中 AFM1濃度は 26 µg/kg であり,コーデックス委員会によって定められている牛乳にお

    ける規制値の約 50倍に相当した [41] 。しかしながら乳幼児は体重あたりの牛乳摂取

    量が大きいことから [104] ,乳牛飼料中の AFM1は慎重に規制する必要があると考えら

    れる。

    結論として,ラットにおける AFB1の発達期曝露は,児動物におけるニューロン新生

    を可逆的に障害し,その標的は type-3前駆細胞であることが明らかとなった。その機序

  • 41

    として,0.3 ppmからみられたアセチルコリン作動性入力の抑制と,BDNF-TRKBシグ

    ナルの減少が考えられた。AFB1による児動物ニューロン新生障害によって算出される

    NOAELは 0.1 ppmであり,母動物の摂取量として,7.1~13.6µg/kg体重/日に相当した。

  • 42

    小括

    第 2章では,AFB1の発達期曝露によるラット児動物における海馬ニューロン新生へ

    の影響を評価するため,0,0.1,0.3,1.0 ppmの投与量で妊娠 6日目から出生後 21日の

    離乳まで投与する曝露実験を行った。その結果,児動物は明らかな全身毒性を示さなか

    ったが,母動物は 1.0 ppm で肝臓重量の増加と肝臓における DNA 修復系の亢進を示し

    た。出生後 21日の雄児動物海馬歯状回 SGZでは,細胞増殖活性の低下とともに,DCX

    陽性細胞数が 0.3 ppmから減少した。一方で TBR2,TUBB3,γ-H2AX,p21cip1陽性細胞

    数には変化がみられなかった。遺伝子発現解析では,アセチルコリンレセプターサブユ

    ニット Chrna7,ドーパミンレセプターDrd2 の発現量減少がみられた。AFB1発達期曝露

    は歯状回門における CHRNA7,BDNF が結合したレセプターであるリン酸化 TRKB を

    発現する介在ニューロン数を 0.3 ppm から減少させた。出生後 77 日にこれらの変化は

    消失した。以上より,AFB1発達期曝露により type-3 前駆細胞を標的とするニューロン

    新生障害が可逆的に 0.3 ppmからみとめられ,介在ニューロンへのアセチルコリン作動

    性入力の減少,顆粒細胞からの BDNF-TRKBシグナルの減少が関与すると考えられた。

    ニューロン新生障害に基づく NOEALは 0.1 ppmと判断された。

  • 43

    第 3章

    オクラトキシン Aのラット発達期曝露による

    ニューロン新生に着目した発達神経毒性の検討

  • 44

    緒言

    第 1章および第 2 章より,T-2トキシン,AFB1はいずれもニューロン新生障害を標

    的とする発達期神経毒性を示し,その機序及び顆粒細胞系譜において影響を受ける細胞

    集団が異なっていることが明らかとなった。

    第 3章では評価対象としてオクラトキシン A (OTA) を選択した。OTAは Aspergillus

    または Penicillium属のかびが産生し,ブドウやコーヒー,穀物といった様々な食品から

    検出される [59] 。OTAは腎毒性をはじめとする様々な毒性に加えて [31] ,血液脳関

    門を通過することから発達神経毒性を示すことが報告されている [7,95,96] 。ラッ

    トでは OTAの発達期曝露により児動物の脳におけるタンパク質合成が阻害され小脳症

    を誘発する [7,120] 。また OTAを発達期曝露したマウスの脳ではニューロンの増殖及

    び移動異常がみられている [33] 。また,海馬から培養した神経幹細胞及び前駆細胞に

    おいて,OTAは生存率,増殖活性を低下させることから [96] ,OTAは海馬ニューロン

    新生に影響を与える可能性が高いと考えられた。また,OTAはヒトにおいて妊娠母体

    の血中及び乳中から検出されており [40] ,発達期曝露による中枢神経系への影響が懸

    念される。

    本章では OTAによる発達神経毒性を評価するため,ラット児動物における海馬ニュ

    ーロン新生に着目した解析を行った。リスク評価を目的として,ニューロン新生への影

    響について用量相関及び回復性を検討するため,SGZにおける顆粒細胞系譜及び歯状回

    門の介在ニューロンの分布,SGZにおける細胞増殖活性,アポトーシスを離乳後,成熟

    時に解析した。また,第 1 章,第 2章でいずれも影響が認められた神経伝達物質,栄養

    因子を介したシグナリングへの影響を遺伝子発現解析,免疫組織学的染色により検討し

    た。

  • 45

    材料および方法

    化学物質及び供試動物

    OTA (CAS No. 303-47-9) は和光純薬工業 (東京) より購入した。48匹の妊娠 SDラッ

    トを妊娠 1日目で日本チャールズリバー株式会社 (横浜) より購入した。妊娠ラットは

    分娩後 22日まで,温度 23±3°C, 湿度 55±15%, 照明サイクル 12時間明/12時間暗条件

    で個別に飼育した。OTA投与開始までは,粉末 CRF-1 (オリエンタル酵母工業, 東京,

    OTA 濃度は定量下限である 5ppb 未満) および飲料水の自由に摂取させた。出生後 21

    日(出生日を 0日とする)以降,児動物は 3~4匹/ケージで,固型 CRF-1 (オリエンタ

    ル酵母工業, 東京,OTA 濃度は定量下限である 5ppb 未満) および飲料水の自由摂取下

    で飼育した。

    実験デザイン

    妊娠ラットは各群 12匹の 4群に分け,0,0.12,0.6,3.0 ppmの OTAを含む粉末 CRF-1

    を妊娠 6 日目から分娩後 21 日目まで摂取させた。高用量の OTA 用量は OECD ガイド

    ライン [74] に従い,児動物に重篤な毒性が認められない用量を選択した。予備実験と

    して,0,1.0,3.0 ppmの AFB1を妊娠ラットに妊娠 6日目から分娩後 21 日目まで投与

    した (N = 3,0,0.1 ppm群;N = 4,3.0 ppm群) 。その結果,3.0 ppmでは児動物の脳

    絶対重量の低値が出生後21日に観察されたため,3.0 ppmを本実験の高用量に選択した。

    OTA の乳汁移行に関して,出生後 14 日目に予備試験の 0 及び 3.0 ppm 投与群の児動物

    (N = 3) の胃から乳汁を採取し,OTAの濃度を HPLC法により測定した (日本食品分析

    センター,東京) 。本実験では出生後 4 日目に間引きを行い,各母動物 (N = 11) に 6

    匹の雄と 2匹の雌を確保するよう児動物数を調整した。投与期間中,一般状態は 1日 1

    回観察し,体重及び摂餌量を 2回/週,摂水量を 1回/週の頻度で測定した。混餌飼料

  • 46

    の調製は 1週間を超えない頻度で行った。出生後 21日に,各群 10匹の雄児動物 (1匹/

    母動物) を免疫組織学的検討のため,CO2/O2麻酔下で氷冷した 4% (w/v) PFA/0.1M リ

    ン酸バッファー (pH 7.4) により灌流固定を行った (流速 10 mL/分) 。遺伝子発現解析

    及び腎臓の病理組織学的解析のため,各群雄 29 匹の雄児動物 (2~3 匹/母動物) は

    CO2/O2麻酔下で放血し,脳及び腎臓の重量を測定した。母動物及び各群 12 匹の雌児動

    物 (1~2 匹/母動物) はそれぞれ出生後 22 日及び 21 日に CO2/O2麻酔下で放血し,脳及

    び腎臓の重量を測定した。

    他の児動物 (各群雄 27匹及び雌 10匹) は出生後 77日目まで OTAを含まない通常飼

    料により飼育し,一般状態を 1日 1回観察し,体重を 1回/週の頻度で測定した。出生

    後 77 日に,免疫組織学的検討のため,各群 10 匹の雄児動物 (1 匹/母動物) を CO2/O2

    麻酔下で氷冷した 4% (w/v) PFA/0.1M リン酸バッファー (pH 7.4) により灌流固定を

    行った (流速 35 mL/分) 。各群 20匹の雄動物及び 10匹の雌動物は CO2/O2麻酔下で放

    血し,脳及び腎臓の重量を測定した。雌児動物の脳標本は,性周期及びエストロジェン

    が海馬ニューロン新生に影響することから,解析から除外した [80] 。

    動物実験計画は,国立大学法人東京農工大学の動物実験倫理委員会に提出して承認

    を受け,動物飼育,管理にあっては,国立大学法人 東京農工大学の実験取扱い倫理規

    定に従った。

    病理組織学的解析

    出生後 21日及び 77 日の児動物のうち,灌流した雄各群 10匹と,全ての母動物の脳

    について,病理組織学的評価を行った。母動物の脳はブアン固定液にて 4°Cで一昼夜固

    定した。全ての母動物の腎臓について,病理組織学的評価を行った。腎臓は 10%中性緩

    衝ホルマリン液にて 4°Cで一昼夜固定した。パラフィン包埋した組織を 3 μmの厚さに

    薄切した後,ヘマトキシリン・エオジン染色を行い観察した。

  • 47

    脳における免疫組織学的染色及びアポトーシス検出

    4% PFA灌流固定を行った出生後 21 日及び 77日の雌雄児動物から脳を採取し,同じ

    固定液を用いて一昼夜固定した。大脳の bregma の後方約-2.2 mm (出生後 21日) または

    -3.5 mm (出生後 77日) の 1カ所で冠状割面を作製して,さらに 4% PFAバッファーで一

    昼夜固定した。前後の対称面 (2 切面) が薄切面となるようにパラフィン包埋し,3 μm

    厚の連続切片を作製した。切片は Table1-1,1-2 に示した条件で,以下の各分子に対す

    る抗体を用いて免疫染色を行った (N = 10/群) 。顆粒細胞層におけるニューロン新生の

    分化ステージ指標である GFAP [56] , PAX6 [43] ,TBR2 [43] ,DCX [56] ,TUBB3 [9] ,

    介在ニューロンの指標である [32,36] ,RELN,PVALB,CALB1,CALB2,SST,成

    熟ニューロンの指標である NeuN,ニコチン型アセチルコリンレセプターである

    cholinergic receptor, nicotinic, beta 2 (neuronal) (CHRNB2) [106] ,BDNFの活性化型レセプ

    ターである p-TRKB,細胞増殖活性の指標である PCNAについて実施した。加えて,出

    生後 21日の児�