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季刊[やく] September 2018 No. 36 産業発展と競争戦略 September 2018 No. 36

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Page 1: No. 36 産業発展と競争戦略 · 04 やく September 2018 やく September 2018 03 日本産業の持続的発展と競争戦略について考えた一段と動きに拍車がかかるなか、2018年6月には政府の骨太方針・未来投資戦略も公表され今後の持続的な成長戦略と構造改革の加速化に向け、日本の産業競争力の低迷が指摘されて久しい。

季刊[やく]September 2018 | No. 36

産業発展と競争戦略

季刊[やく] Septem

ber 2018

| No. 36

Page 2: No. 36 産業発展と競争戦略 · 04 やく September 2018 やく September 2018 03 日本産業の持続的発展と競争戦略について考えた一段と動きに拍車がかかるなか、2018年6月には政府の骨太方針・未来投資戦略も公表され今後の持続的な成長戦略と構造改革の加速化に向け、日本の産業競争力の低迷が指摘されて久しい。

02

社会起業家を増やしたい中村多伽  taliki代表

Taka Nakamuraなかむら たか1995年東京生まれ。小学生でwebサービスを展開、中高時代は舞台女優をめざすも挫折、京都大学入学。カンボジア教育支援プロジェクトPumpitの代表として2校の小学校建設などを行う。その後、休学してニューヨークのビジネススクールに通いながら、アシスタントプロデューサーとして現地報道局に勤務。多様な経験を通して「ワクワクしながら社会課題を解決するのが当たり前の社会」の必要性を感じ、帰国した大学4回生時に株式会社talikiを設立。現在は京都で若者のインキュベーション事業やメディア運営を行う。https://www.taliki.co.jp

こんな社会だけど「生まれてきて良かった」、1人でも多くの人にそう思ってほしい──私が、社会課題解決人材を応援する会社

「taliki」を立ち上げた理由だ。 きっかけは、大学在学中に体験したカンボジアでの小学校建設。現地のお母さんたちにとても感謝されたが、この子供たちが10年後、20年後もずっと笑顔であり続けられるには、NGOとして学校を建設するボトムアップの活動だけでは足りない。 そう思い、1年間休学し、大統領選さなかのニューヨークへ。現地報道局に勤務し、社会の声を取材した。そこでわかったのは、大統領でも社会からこぼれ落ちた人には十分アクセスできず、トップダウンだけでも世の中は変えられないということだ。 トップとボトムの中間にいる、圧倒的な数の無関心層を社会課題解決のプレイヤーへと変えることができれば、救われる人が増える──そう思い至って、社会課題解決をめざす人を増やそうと「taliki」を立ち上げ、社会課題を見つけるWebメディア運営から始め、コワーキングスペース運営、関西におけるU25の社会起業家の支援・育成プログラム運営(タリキチプロジェクト)へと、活動を広げてきた。 プレイヤーとして活躍できるのは、強くて優しい人。現実的に社会課題を解決していけるメンタルタフネスや実行力などの「強さ」と、他者に寄り添える「優しさ」。両方を併せ持つ人を育てることに力を入れている。 社会課題の解決をめざすとき、人々の義務感や危機感を煽ることが多いが、それでは続かない。人は義務感よりも、自分が「やりたい」という気持ちで動くとき圧倒的に力を発揮するし、自走できる。自分がとても楽しいことをしていたら、誰かのためになっていた──そんな、ワクワクしながら社会課題を解決する人を増やしたい。 学生密度が日本一高いと言われる京都で、若手起業家を輩出する連携・協業のしくみ「エコシステム」をつくりたいが、京都そして関西は東京に比べ若者に投資する風土がなく、起業をめざす若者が関西に留まるインセンティブはない。関西企業はもっと若者に手を貸してほしい。優秀な若者への投資こそが、きっと将来の関西に大きなリターンを生むはずだから。

多くの若者が集まる京都・今出川にあるコワーキングスペース

季刊[やく] September 2018 | No. 36

C O N T E N T S02 Person 人・ 明日をつくる

社会起業家を増やしたい 中村多伽

03 [鼎談] 基軸を探る

産業発展と競争戦略を考える 町田徹/川口盛之助/秋山咲恵

18 オピニオン

産業競争力への視点    日本の産業

「負のスパイラルから好循環へ、逆転の時」安田洋祐    競争戦略

「読めない時代の乗り切り方」栗木契    関西経済

「持続的成長へ、内発的発展のしくみづくりを」上村敏之

25 旬発 NIPPON

中之島に未来医療国際拠点 ──再生医療の臨床研究から産業化まで一貫推進29 かんでんFOCUS

総合営業で本格攻勢をかける 藤野研一

34 現場力⤴最前線

付加価値サービスでお客さま満足度を上げる

[やく] September 2018

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0304 [やく] September 2018[やく] September 2018

日本の産業競争力の低迷が指摘されて久しい。

今後の持続的な成長戦略と構造改革の加速化に向け、

2018年6月には政府の骨太方針・未来投資戦略も公表され

一段と動きに拍車がかかるなか、

日本産業の持続的発展と競争戦略について考えた

鼎談

基軸を

探る

町田

経済ジャーナリスト

秋山咲恵

サキコーポレーション社長

川口盛之助

未来研究者

産業発展と

競争戦略を考える

Page 4: No. 36 産業発展と競争戦略 · 04 やく September 2018 やく September 2018 03 日本産業の持続的発展と競争戦略について考えた一段と動きに拍車がかかるなか、2018年6月には政府の骨太方針・未来投資戦略も公表され今後の持続的な成長戦略と構造改革の加速化に向け、日本の産業競争力の低迷が指摘されて久しい。

0506 [やく] September 2018[やく] September 2018

日本の産業競争力の現状をどう見ているか?

メガトレンド、技術は人間に近づき

産業はサービス化する

町田 

本日のテーマは「産業発展と競争戦略」です。最初

に日本の競争力の現状と着眼について、ご自身の仕事にも

触れながらお話しください。川口さんからお願いします。

川口 

私は、未来予測、未来研究を行っています。

 

現状から未来を見通すにあたり、技術の未来と、産業の

未来は、似ていて少し違います。

 

技術的には、バイオテクノロジーと脳科学、人間の身体

と心に関する技術の進展が著しい。バイオとしては再生医

療の実現に重要な役割を果たすiPS細胞*

かつてのト

ランジスタに匹敵するほどの「産業のコメ」的な要素技術

が遂に登場した。脳については、AI(人工知能)のよう

にコンピュータが脳に近づく形と、BMI*

など脳と機械が

直接結びつく形。そういう革新が、産業以前の科学なり技

術分野で起きています。

 

産業は、いわゆるデジタル化です。IoT(モノのイン

ターネット)やAIなどの進展で、あらゆるものがネット

につながり、デジタルログ*

を通じて可視化されていきます。

ビルや都市など空間の電装化と人体そのものを電装化する

動きが加速。現実空間や人体がデジタルで覆われると、新

たなデジタル商圏が現れます。リアルがなくなることはあ

りませんが、バーチャルなものが増えざるを得ないんです

ね。

 

技術は人間に近づき、産業は、製造業のサービス化など

重心がどんどんサービス側に向かう形が、大きな図柄かと

思っています。

IT分野のGAFAのような急成長企業を

日本の製造業はこの20年余り生んでいない

町田 

秋山さんはどう見ていますか。

秋山 

川口さんが俯瞰的・鳥の眼的なお話をされましたが、

私は90年代半ばに起業して、デジタル化の波が世界を席巻

していくなかで、多様なデバイスの登場をずっと現場で見

てきたという、虫の眼的な視点からお話をします。

 

まず海外勢と比べた日本の産業競争力の現状ですが、昨

今はGAFA*

と呼ばれるような、デジタル技術を使って第

三者がビジネスや情報配信などを行う基盤・プラットフォ

ームを提供する形の新しいビジネスモデルを展開する企業

が世界を席巻しています。そのなかで日本からは、GAF

Aに代表されるような非常に速いスピードで成長するトッ

プランナー企業が、残念ながら出てきていない。

 

私の持ち場である製造業でいえば、90年代には世界を席

巻する日本発の製品・ソニーのウォークマンがあった。そ

の製造現場で世界最先端の挑戦を行うに際し、我々のよう

なスタートアップ企業がソリューションを提供できたこと

で、私たちのビジネスも軌道に乗るきっかけを得ました。

 

ところがこの20年間、我々の新製品・新技術開発のきっ

かけになったのは、最初はソニーですが、その後は韓国企

業や台湾企業、欧州企業で、なかなか日本企業から革新的

なソリューションを求められる状況はなかった。

 

一方で、GAFAと同様に急成長を遂げた企業として鴻ホン

海ハイ

精密工業があります。鴻海とおつき合いを始めたのは2

000年頃で、当時はインテルのCPUのソケットをつく

る会社でした。それが今や世界中の大手メーカーから製品

製造を一手に引き受けるEMS*

大手になっている。電子機

器の製造分野ではEMSという新業態が席巻していて、代

表格が鴻海。鴻海はとうとうシャープを買収、技術も手に

入れて次世代の製造分野で自らプラットフォーム企業にな

ろうとしている。

 

企業がビジネスモデルを変えながら自己変革し、急速に

成長した例は、IT分野だけでなく製造業でも存在する。

残念ながらこの20年間日本からは急成長するトップランナ

ーを出せなかった点が、日本の産業競争力の現状です。

世界競争力ランキングで低迷を続ける日本、

要因は企業の挑戦意欲喪失と労働規制緩和にアリ

町田 

私からは産業競争力の関連データを二つ紹介します。

人口減少等の問題が出てくる前に、既に日本は長期的な衰

退傾向にあり、その状況から抜け出せていない。それがデ

ータで明確に現れています。

 

一つは、今年5月に公表されたIMD*

の2018年版世

界競争力ランキング。89年の第1回から4年間、首位だっ

た日本は、その後転落、18年は63カ国中25位。アジア勢で

も8位と、見る影もない状況です。

21世紀科学技術のメガトレンド・脳科学。脳波スキャニングヘッドセットを装着し、脳波を読み取る ©gorodenkoff/Getty Images

iPS細胞

(induced pluripotent stem cell

人工多能性幹細胞のことで

あり、幹細胞とは組織や臓

器へと成長する、高い増殖

能力と分化能力を持つ細胞

のこと。

BMI

(Brain-machine Interface

脳の活動状態を読み取った

り脳へ刺激を加えたりする

ことで、脳と機械システム

との情報伝達や制御を仲介

する装置。

ログ

インターネットでのアクセ

ス履歴。

GAFA

巨大プラットフォーマーで

ある「グーグル、アップル、

フェイスブック、アマゾン」

の4社。

EMS

(electronics manufacturing servic

電子機器の受託生産サービ

ス。

IMD

スイスのローザンヌにある

ビジネススクール、国際経

営開発研究所。89年から世

界競争力ランキングを公表

しており、18年版では1位

アメリカ、2位香港、3位

シンガポール。中国は13位

とここ数年躍進著しい。

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0708 [やく] September 2018[やく] September 2018

 

もう一つは、ダボス会議の主宰で有名なWEF*

のランキ

ング。対象が137カ国で、昨秋、最新の17―18年版を公

表していて、日本は9位。注目したいのはストレートに企

業の力が現れるイノベーションの分野。ここ8年間4位5

位を維持していたが、最近2年間は8位です。内訳を見る

と、かつてトップだった企業の研究開発費が5位に、5年

連続2位だった研究者・技術者の確保が8位と、強かった

項目が落ちてきて、強みが見つからなくなっている。

 

なぜ競争力が落ちたのか。バブル経済崩壊以降、92年不

動産価格の暴落、94年不良債権問題の発生、97年金融機関

の破綻、08年リーマンショック、11年東日本大震災と、日

本企業に逆風が吹き続けた。逆風によって経営者が挑戦姿

勢を喪失。結果、多くの企業経営者が、新しい市場や商品

の開発を諦めて、既存市場だけで生きる道を探した。売上

高を伸ばすのでなく、合理化や経費削減で利益を出す方向

に舵を切った。これは短期の帳尻合わせにはやってもいい

が、長期化するとジリ貧しかありません。

 

それに拍車をかけたのは、日本の雇用慣行をめぐる労働

規制の変革です。04年に断行された人材派遣業に関する規

制緩和*

で、日本企業の間に、新卒を採って育てて戦力化し

て終身雇用で将来を一緒に考えるムードが一気に失われま

した。人件費は単なるコストとされ、正社員は増やさず、

賃金の安い非正規労働者を増やせばいいという企業が急増

した。デフレ経済もありましたから、投資よりはリストラ

だと。

 

それでいいのかと問題提起をした人もいるが、きれいご

とを言うなと潰してしまった。本当は、人口減少という別

の大問題があり、外国人労働者の受け入れ等も含めた議論

が必要だったが、それも封印してしまう状況に陥ったのが、

競争力低迷のもう一つの原因だと私は思っています。

筐きょうたい体から部品へ

中に組み込まれていく日本の技術

川口 

日本の競争力、我々が目にする家電機器など消費財

で日本企業のプレゼンスが落ちたので、競争力が大きく下

がった印象を持ちますが、そうではない。日本は、今はむ

しろパーツで強みを発揮しています。iPhoneの製造

を鴻海に持っていかれても、部品の大半が日本製。製品に

不可欠な部品として奥に組み込まれている。筐きょうたい体は確かに

中国製や韓国製ですが、中に日本の技術が詰まっている。

加えて、あまり人々が目にしないBtoBの基幹系の奥に入

った部品については、他の国がやらなくなった分、日本の

プレゼンスが上がっている。目立たないところにかなり入

っているので、そんなに日本を卑下しなくてもいい。むし

ろ日本でしかつくれない部品が逆に増えているのが世界の

実態ですから、そこは認識しておきたい。

 

生産技術メーカーや部品メーカーを鍛えてくれる企業が

GAFAに集約され、コンピュータパワーの最新技術はみ

んなGAFAに持っていかれた面はあります。その意味で

はGAFAと仕事をするかどうかで技術の差がどんどん開

いてしまうのは、仕方がない。ただ、GAFAは世界に4

社しかなくて、全て米国企業。GAFAに匹敵する企業を

生んだ国は一つもない。GAFAがあまりにもすごくて追

いつける気もしないが、それ以外の産業はたくさんある。

 

特に日本は、産業というと、ものづくりの話が中心にな

りますが、ものづくりなんて今や全産業の2〜3割。先進

国共通の状況として今は、ほとんどサービス業。産業を考

えるとき、ものづくりを前面に出すのは少し違います。

持続的な産業発展へ、望ましい社会像と競争戦略は?

1人あたり生産性向上へ

少子化日本はロボットによる自動化を進める

町田 

では、持続的な産業発展に向けて、社会や企業はど

うあればいいですか。

秋山 

先ほどのIMDやWEFのランキング、何をもって

産業競争力かという部分はあるにしろ、大事なことは、過

去や現在がどうあれ、これからどうするかという話につな

げていくことです。そう考えると、今、日本人なり日本企

業として意識しないといけない課題は、1人あたりの生産

性。日本は少子高齢化が進んでいますから、生産性を上げ

ないとやっていけない。

 

この20年間、鴻海など海外企業がものづくり分野でも成

長するなかで、日本企業は、先行き不透明だからと設備投

資を控えていた。でも、諸外国の企業は勝つために積極的

に投資。日本はマインドセットが後ろ向きだった。

 

ただ、今後を考えると、日本の少子高齢化にはアドバン

テージがあります。通常、ロボットやAIによる自動化・

省人化は雇用問題と関わるので、欧米などは非常にセンシ

ティブ。ところが日本は人手不足で困っているので、省人

化に対する社会的コンセンサスを得やすい。このアドバン

テージを生かして生産性向上を図ることが、日本の産業競

争力の望ましい姿であり、持続可能な産業発展という面で

は非常に重要です。

町田 徹  まちだ てつ経済ジャーナリスト;ノンフィクション作家1960年大阪府生まれ。神戸商科大学(現兵庫県立大学)商経学部卒。日本経済新聞社入社、米ペンシルバニア大学ウォートンスクールに社費留学。18年間の新聞記者時代、ワシントン特派員なども歴任し、多くのスクープ記事をものにした。雑誌編集者を経て、2004年独立。07年「日興コーディアル証券『封印されたスキャンダル』」で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」大賞受賞。著書『電力と震災 東北「復興」電力物語』『行人坂の魔物』 『JAL再建の真実』『東電国有化の罠』『日本郵政-解き放たれた

「巨人」』『巨大独占 NTTの宿罪』など。ラジオNIKKEI「町田徹のふかぼり!」

「町田徹のふかぼり!フロントページ」の番組アンカーの傍ら、講談社「現代ビジネス」の連載コラム「町田徹『ニュースの深層』」を執筆。2014年よりゆうちょ銀行社外取締役も務める。http://www.tetsu-machida.com

WEF

世界経済フォーラム。競争

力ランキングは、生産性

を左右する12の中項目と

100以上の小項目を評価

して算出。最新版では1位

が8年連続スイス、2位ア

メリカ、3位シンガポール。

04年の人材派遣業に関する

規制緩和

派遣対象業務を原則自由化

するという改正を柱に、従

来の規制のあり方を大幅に

変更。製造業への派遣を解

禁したのに加え、派遣可能

期間を大幅に緩和。3年を

上限としていた業務は無期

限に、1年としていた業務

は3年以内のあらかじめ決

められた期間へと緩和した。

Page 6: No. 36 産業発展と競争戦略 · 04 やく September 2018 やく September 2018 03 日本産業の持続的発展と競争戦略について考えた一段と動きに拍車がかかるなか、2018年6月には政府の骨太方針・未来投資戦略も公表され今後の持続的な成長戦略と構造改革の加速化に向け、日本の産業競争力の低迷が指摘されて久しい。

0910 [やく] September 2018[やく] September 2018

ついてきます。だから、テクノロジーで社会課題を解決す

るという日本のソリューションは、日本だけでなく必ず世

界の役に立つ。世界のニーズに応える時代が控えているな

かで、特区など制度改革を進め、技術的にできることをい

かに社会実装していくか。これが非常に重要だと考えてい

ます。

川口 

特区について言えば、これからは国単位の戦いとい

うより、数多くの都市対抗戦になっていく。ヒト・モノ・

カネを都市で奪い合うため、生き残りをかけて都市が戦う

構造がますます顕在化しています。そんななかで特区を明

確に打ち出している日本はかなり珍しい。都市単位で成長

を考え、都市対抗で競争を促す特区という考え方はとても

いい。政府ができる数少ない救いの手です。

町田 

例えば今、配車アプリが普及しない先進国は日本と

ドイツ。どちらも自動車メーカーが強く、特区など限定地

域内に押さえ込むような形でしか、ライドシェアは認めな

い。京丹後市など数カ所でしか実現していないんです。こ

れは自分たちの新たな挑戦の手足を縛っていることにもな

ります。特区制度で実際に都市間競争は進んでいるのでし

ょうか。

秋山 

特区制度は都市間競争の刺激になっているかもしれ

ませんが、制度設計的には、都市間競争というよりは岩盤

規制の突破実例をつくる。実証実験で効果を確かめること

ができれば、全国展開を行う。最初から全国でやるのはハ

ードルが高いので、自治体からの提案を検討するなかで、

特区で試すか、全面的に解禁しようとなるか。特区のステ

ップを踏まずに全国展開する例も実際あるんです。

町田 

それが本来王道であるべきですよね。

秋山 

そう。だから検討過程をもっと加速したいんです。

町田 

私はスタートアップ企業に期待しています。配車ア

プリをつくっていて、そのプラットフォーマーをめざす小

さなベンチャー企業が規制を突破したんです。通常、ライ

ドシェアは料金を徴収するからタクシー業としての認可が

必要です。しかしこのベンチャー企業は「報酬制です、単

なるお礼で、お礼の金額は決めません」ということで、8

月から与論島で実験を開始した。こういうベンチャー精神

溢れたスタートアップの工夫が規制を突き崩しに行かない

と、突破口はなかなか広がらない。

SDGsは、産業構造やマインドセット変革に

つながる日本的コンセプトだ

川口 

SDGs*

特区*

もあります。今、SDGsという概念

が世界を席巻していて、全世界で2500兆円がSDGs

が牽引している投資だと言われている。ヨーロッパでは既

に全体の投資の半分以上、日本ではまだ3%程度。遅まき

ながら6月に日本はSDGs特区として29都市を選定した

状況です。

 

日本がSDGs特区に目を向け始めた頃、課題先進国日

本のさらに先進をいく北九州市が、OECDのSDGs世

界トップ6都市*

に選ばれた。北九州の危機感は半端じゃな

い。生き残りのために看板が必要だと考え、国が言い出す

前に世界の看板を取った。日本では北九州がSDGsの先

進都市だという看板を世界的に打ち立てることができれば、

お金と人が集まってくる。他と違うものを先に出して生き

残るという戦略が課題先進都市から生まれたのは、素晴ら

しい。

川口 

個人の生産性向上は日本の大問題で、生産性が高い

国としてリヒテンシュタインやシンガポールがあります。

楽して儲けることを生産性が高いといい、結局、少ない元

手でたくさんお金を儲けない限り、生産性は上がらない。

原価を下げて利潤を稼いだり、会議時間の短縮なども生産

性向上につながります。この商品を5000円でなく20万

円で売れないか、中身は変えずにラベルだけ変えて儲かる

よう考えることは、生産性向上の本丸の話。日本は課題先

進国ですが、今あるリソース、置かれた状況を最大限レバ

レッジして、どれだけ価値に変えられるかを考える。これ

こそが生産性の本丸の議論です。

課題先進国だからこそ、岩盤規制を突破して

技術的可能性を社会に実装する

秋山 

日本は古い時代の社会システムからの変革が進んで

いないため、技術的にはできることが、社会的・制度的に

チャレンジが制約されている面があります。ここをどう扉

をこじあけていくか。

 

私、2013年より国家戦略特区*

の制度設計から関わら

せていただいています。長年の岩盤規制、例えばIT技術

を使った遠隔診療やライドシェア、企業の農地所有による

農業参入など、このままでは市町村が消滅するという危機

感を持たれた首長さんのリーダーシップで特区の規制緩和

として実現していることは既にある。これを特区でなく全

国的にできるようにしていくことが重要ですし、日本のこ

れからのあるべき姿です。

 

少子高齢化で人も減ることを考えると、日本は課題先進

国ですが、中国も韓国もあっという間に少子高齢化は追い

川口 盛之助  かわぐち もりのすけ未来研究者 株式会社盛之助代表取締役社長 日経BP未来ラボ 客員研究員1961年兵庫県生まれ。慶応義塾大学工学部卒、米イリノイ大学理学部修士課程修了。日立製作所で素材や生産技術開発に携わった後、コンサルティングファームのアーサー・D・リトル・ジャパンに参画。同アソシエート・ディレクターを務めた後、株式会社盛之助を設立。国内のみならずアジア~中東各国の政府機関からの招聘を受け、コンサルティングを実施。2014年マレーシア/マハティール首相の非営利団体からブランドローリエート賞受賞。近著「メガトレンド」シリーズでは、精緻で広範な未来予測を編纂、ビジョナリストとして高い評価を受ける。同書の世界観に基づく文部科学省の将来社会ビジョン策定プロジェクトや、自民党「国家戦略本部」のビジョン策定などにも携わる。 https://morinoske.com/

国家戦略特区

「世界で一番ビジネスをし

やすい環境」をつくること

を目的に、地域や分野を限

定することで、大胆な規制・

制度の緩和や税制面の優遇

を行う規制改革制度。13年

度に関連する法律が制定さ

れ、14年5月に最初の区域

が指定された。

SDGs

(Sustainable Development Goals

持続可能な開発目標。15年

9月国連で、人間・地球及び

繁栄のための行動計画とし

て、17の目標が採択された。

SDGs特区

地方創生を一層促進するた

め、自治体によるSDGs

達成に向けた取り組みを戦

略的に推進。日本全体にお

ける持続可能な経済社会づ

くりを進め、その優れた取

り組みを世界に発信しよう

というもの。18年6月にS

DGs未来都市を29都市、

自治体SDGsモデル事業

10事業を選定した。

SDGs世界トップ6都市

18年4月、「SDGs」の

モデル都市としてOECD

(経済協力開発機構)が6都

市を認定。日本・北九州市、

ドイツ・ボン市、イタリア・ト

スカーナ州、イタリア・

フリウ

リ=ヴェネツィア・ジュリア自治

州、デンマーク・南デンマーク地

方、アルゼンチン・コルドバ州。

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1112 [やく] September 2018[やく] September 2018

 

これまで業務の海外移転では、まず製造業が海外生産に

切り替えたことで、国内雇用の喪失・産業空洞化が言われ

ました。今や海外移転の主役はサービス業。飲食・小売や

引っ越しサービス、学習塾などが2010年頃からすごい

勢いで東南アジアなどに進出しており、日本のいわゆるお

もてなし、少しやり過ぎかなと思う細かなサービスが海外

でも成立し得ることがわかった。これは国内産業を衰退さ

せることなく、純増になる点でポテンシャルが大きい。

 

インバウンド面では、来ていただいて、触ってもらわな

いとわからないサービスがあります。典型例が暖房便座や

シャワートイレ。98年の長野五輪のときに海外の人がこれ

らに触れて驚いて持ち帰ったのが、これら製品が海外で普

及するきっかけになった。あれは肌で感じないとわからな

い。その延長に日本のおもてなしサービスがあり、触って

みないとわからないものを体験いただく。海外進出して販

路を広げていくことと、来て体験していただいて価値をわ

かってもらうことが、これからの戦略です。

町田 

アジアの成長を取り込み輸出を伸ばす話は以前から

ありましたが、輸出総額でまだリーマンショック前のピー

クに追いつかない。だから輸出は必要ですが、同時にイン

バウンド市場も掘り起こす。訪日客が自国へ戻って宣伝し

てくれる効果もあるし、インバウンド自体、日本の百貨店

など流通の業績を支えていますからね。

労働市場の持続性へ、外国人の受け入れと

日本の社会人のリカレント教育を

町田 

外国人の受け入れ*

では、6月の骨太の方針で、単純

労働者も含めて受け入れが決まりました。まずは簡単な試

秋山 

SDGsに関連して言えば、確かに投資の世界でE

SG投資*

という考え方が、日本のGPIF*

のリーダーシッ

プによって世界でブームになりつつあります。SDGsは

ある意味、環境や共生を大事にしてきた日本らしいコンセ

プト。それがガバナンスも含めたESGという形で、日本

が世界でリーダーシップを発揮できている。SDGsやE

SGの考え方は、これからの産業構造変革やマインドセッ

ト変革につながる。日本が自分たちの強みを発見し、自信

を持って進めるという意味では、持続的な産業発展につな

がり、私はとても注目しています。

インバウンド・アウトバウンドともに

アジアの経済成長を日本の持続的発展の糧に

秋山 

もう一つは、国内市場が頭打ちの一方で、中国・イ

ンドを含むアジア地域の経済成長を日本の持続的な産業発

展あるいは産業構造変革の糧にする。アジアの人たちを顧

客にするにはどうすればいいか。風土も生活環境も違うア

ジア諸国の人たちが、何に喜んでお金を払うのか、何がな

くて困っているのか。何もかも日本人でやるのではなくて、

もっとオープンに、現地の人材や商慣行、オペレーション

を担う企業など、現地のリソースを活用することが最も効

率的で効果的。マーケットとしてもリソースとしてもアジ

アに着目すると、もう外に向かって出ていくしかないんで

す。

町田 

グローバルという点では、内なる国際化もあります。

秋山 

そうですね、インバウンドの話もあります。それで

いうと、東京オリンピックで海外から大勢人が来たとき、

配車アプリを使えない日本をどう思うか、気がかりでもあ

ESG投資

環境(Environm

ent

)・社

会(Social

)・ガバナンス

(Governance

)を重視、社

会問題などへの取り組みを

評価する投資。全世界で

2500兆円に上ると言わ

れている。

GPIF

年金積立金管理運用独立行

政法人。

外国人労働者の受け入れ

18年6月の骨太の方針で、

深刻化する人手不足に対応

すべく、新たな在留資格を

創設。生産性向上や国内人

材確保のための取り組みを

行ってもなお外国人材の受

け入れが必要と認められる

業種において受け入れる。

在留期間の上限を通算5年

とし、家族の帯同は基本的

に認めない。但し、滞在中

に一定の試験に合格するな

どより高い専門性を有する

と認められた者については、

在留期間の上限を付さず、

家族帯同を認めるなどの取

り扱いを可能とするための

在留資格上の措置を検討す

るとしている。

秋山 咲恵  あきやま さきえサキコーポレーション代表取締役社長1962年大阪府生まれ、奈良県出身。京都大学法学部卒。アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)を経て、94年技術系ベンチャー「サキコーポレーション」を起業。電子機器のプリント基板検査装置で世界的シェアを獲得。日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2006」など受賞。著書『仕事力は習慣で鍛えなさい』、関連書籍『プロフェッショナル 仕事の流儀─ベンチャー企業経営者・秋山咲恵』など。政府税制調査会、財政制度等審議会委員などの委員、産業競争力会議民間議員、ローソン社外取締役などを歴任。現在では、京都大学経営協議会委員、ジェトロ運営審議会委員、経済産業省産業構造審議会委員、内閣府国家戦略特区WG委員なども務める。http://www.sakicorp.com

世界のGDP予測

IMF(国際通貨基金)、米エネルギー省の資料をもとに川口氏作成

ります。日本は人口が減りますが、グローバルでは人口が

ますます増えるわけですから、外でも内でもアジアなど新

興国の成長を自分たちの持続的な産業発展の糧にする。こ

れがやっぱり基本です。

川口 

IMFのデータでも、21世紀後半に向けて世界のG

DPの伸びはほとんどが途上国。うち7〜8割はアジアで

す。その意味では、ヨーロッパに対するアフリカ・中東、

アメリカに対する南米のように、日本は東南アジアと南ア

ジアがそばにいて、そこが大きな市場になる。

OECD

非OECD

アジア

160000

欧州OECD

欧州非OECD

北米OECDアジア太平洋OECD

中南米

アジア太平洋非OECD

アフリカ

中東

(10億ドル)

140000

120000

100000

80000

60000

40000

20000

サミット構成国

01980 85 90 95 2000 05 10 15 20 25 30 (年)

1975~G7 1998~G8 2008~G20G13

Page 8: No. 36 産業発展と競争戦略 · 04 やく September 2018 やく September 2018 03 日本産業の持続的発展と競争戦略について考えた一段と動きに拍車がかかるなか、2018年6月には政府の骨太方針・未来投資戦略も公表され今後の持続的な成長戦略と構造改革の加速化に向け、日本の産業競争力の低迷が指摘されて久しい。

1314 [やく] September 2018[やく] September 2018

国の地方経済を支えてきた中小企業の事業継続が今、非常

に危うくなっています。けれど東京の人には、地方の人た

ちの実情は理解できない。だから、地方の人たちの危機感

を、いかに問題解決につないでいくかが大事です。

町田 

外国人労働者をどこから採るか。実はアジアだけで

はないんです。今、GAFAを辞めてカナダ側に移住する

人がすごい勢いで増えている。トランプさんの移民政策が

強烈なので、優秀な人を先進国から採るチャンスがあるこ

とを加えておきたい。今

後の課題と方策は?

平均年齢46歳、世界最高齢の日本にとって、

人口減は世代交代・新陳代謝のチャンス

町田 

では今後の課題と方策に話を進めます。川口さんは

どうですか。

川口 

人が減るのは悲しい話だというのは百も承知で、敢

えて私は、良い話だということにしたい。既に兆しはあり

ます。労働市場が売り手市場化していて、それはさらに加

速する。若ければ若いほど自分の人生の選択肢が増え、年

を取るほど不利という構造になってくる。それは年功序列

的なものを破壊する最上のエネルギー。上の人たちが胡座

をかいて古い考え方を押しつけようとすればするほど、人

がいなくなり、会社は滅びる。

 

ですから、自分も含めて、50代以上は基本的には偉そう

にしちゃいけない(笑)。若い人こそが未来なので、若い

人の意見をまずリスペクトして是とする。古ダヌキとして

は、それをどう最大化するかに知恵を貸す。早く自分も含

験で5年、その間に新たな就業資格を得れば永住もできる

ようになる。この場合は家族の帯同を可能にしていますか

ら、人手不足を補う労働市場に加え、壮大なマーケットが

もう一つ新たに誕生する。それに対し、企業は変化を恐れ

ず新しいマーケットを掘り起こす方向に行ってほしい。

 

外国人労働者の問題、どうでしょうか。

秋山 

今まで議論することさえタブー視されていたテーマ

が一部、具体的な政策になってきた。これ自体、日本が変

わってきていることの証左です。

 

働き手が絶対的に足りないことに加え、高齢化が進み年

金制度が限界になった。持続性を考えると、まずは日本人

の自助努力でどう支えていくか。将来のために若者や子供

の教育の問題が大前提としてありますし、女性や高齢者も

含めた社会人のリカレント教育。これは1人あたり生産性

を上げることにもつながります。

町田 

できるだけ長く労働人口でいてもらうためですね。

秋山 

そうです。それが結果的には、年金制度も含めた国

全体の持続性を支えるし、労働市場や産業構造の持続性も

上げていくと思います。

町田 

人口減に対しては、製造現場のAI化や自動化で生

産性を上げてをカバーする方法もありますしね。外国人労

働者の受け入れが最優先ということではなく、増えればそ

れなりの軋轢もあります。できるだけスムーズに日本社会

に受け入れられるよう、日本語教育から職場・住居の手当、

社会保障も全部セットで考えないといけない。人口減少の

危機的状況を考えず、感情論で嫌だと言う人たちも必ず出

てきますからね。

秋山 

実際、地方の現場の人手不足の危機感は大きい。全

めたこの世代が幅を利かすのをやめて、できるだけ頭を垂

れる。

 

いくら制度ややり方を変えなきゃとか言っても、年寄り

は、何か自分の知らない新しいものが出てきたとき、どう

しても拒絶しがちです。ダグラス・アダムス*

の法則では、

15歳までに社会にあるものに対しては、空気同然。15歳か

ら35歳までの間に登場したものは、自分が先頭を切ってそ

れを使いこなす世代なので、世界は変わるぞと思う。35歳

以降で何か新しいことが起こると、拒絶する。ビフォーア

フターを知っている人は必ず文句を言うが、新しいものを

どう使いこなすかを考えたほうが圧倒的に健全です。

 

潰す方向に傾くのは、日本が年を取った。平均年齢が46

歳と、世界最高齢。64年の東京オリンピック当時、日本の

平均年齢は26歳だったので、新幹線も東京タワーも大歓迎。

だけど今、我々はまず、自分たちがもう46歳だと自覚し、

何か新しいものが来たとき、どうそれを許容するかを前提

に置かないと、それでなくても数が多い46歳以上の人たち

が、潰す方向に心理的プレッシャーをかける。50代以上は、

自分が評価するものはろくなものがないんだろうなと自分

の価値観に対する謙虚さを持たない限り、日本は若い国に

対して優位性を保てない。若いエネルギーがないというの

はそういうことです。

町田 

確かに変化を嫌う年寄りは多い。が、SNSの普及

で若い人にも公平に幅広い視点で多様なニュースを見よう

としない人が増えており、偏った世論がつくり出される危

うさが増しています。なので、年寄りは失敗経験も含めて

議論していければいいと思っています。

ダグラス・アダムス

(1952‒2001

イギリスの脚本家・SF作

家。英国風ユーモアとウィ

ットで知られ、「法則」は、

没後、未完原稿などを集め

て出版されたペーパーバッ

クに収録されている。

「GAFA」と呼ばれるプラットフォーマーが世界で目覚ましい成長を遂げている。写真は2018年に完成したシアトルのアマゾン本社にある植物園型ワークスペース ©Alamy/PPS通信社

Page 9: No. 36 産業発展と競争戦略 · 04 やく September 2018 やく September 2018 03 日本産業の持続的発展と競争戦略について考えた一段と動きに拍車がかかるなか、2018年6月には政府の骨太方針・未来投資戦略も公表され今後の持続的な成長戦略と構造改革の加速化に向け、日本の産業競争力の低迷が指摘されて久しい。

1516 [やく] September 2018[やく] September 2018

いない。それをどう減らしていくかが大きな課題です。

町田 

産業政策としては、変革に失敗して消えていくべき

ものを残すようなことはしないでほしいですね。

 

秋山さんが冒頭、ソニーの後、日本企業は出てこなかっ

たという話をされたが、実はアメリカでも製造業はとっく

に撤退して、GAFA的なものを含めた別の産業にさっさ

と移行している。だから個別の経営としても国の政策とし

ても、変化を恐れず大胆に取り組んでもらわないと、同じ

産業で何十年、何百年と食えるわけではない。賞味期限が

あることを言っておきたい。

川口 

技術にはライフサイクルがあります。ソニーがウォ

ークマンを出した頃は、メカトロニクス技術が最強のとき

だった。技術のライフサイクルと日本経済の成長がマッチ

した。GAFAの出現は2000年頃からの10年。その間

に技術は出尽くして、以降、新しいプラットフォームは出

現していない。産業のコメになるような新たなイノベーシ

ョンが出現する時期は終わり、もはや収穫期に入っていて、

ひたすら慣性で回っているだけ。

 

次の技術として期待したいのは、冒頭に申しあげたバイ

オテクノロジーであり、人間のアナログとデジタルの変換

部分。人間のバイタルコード(生体信号)を読んで体調を

管理することなどが今後大きな商圏になっていきますから、

ここはまさにテクノロジーがキラーコンテンツを生み出し

ていく。歩留まりを考えれば、これから大きな市場になる

ことがわかっている人間の身体と心周辺の要素技術に、限

られたリソースを投入すべき。どうせやるなら、ざくざく

予算がつくところで技術開発をやったほうが圧倒的に得な

んです。

産業に賞味期限、技術にはライフサイクルがある。

成功体験にこだわらず変革を

秋山 

消える産業と残る産業の違いは、世の中に必要とさ

れるかどうか。必要とされるものを提供し続けるには、お

客さんのこと、市場のことをよく知らなきゃいけない。

 

アジアの成長を日本の持続的な産業発展の糧にするには

日本の、特に昭和世代の自分たちの成功体験を横に置いて、

アジアや世界のユーザーの姿を謙虚に見ることが必要だし、

現地の人たちの助けが必要です。日本人だけでできるとは

思えず、格好よく言えば、オープンイノベーションや人材

戦略に真摯に取り組むべきでしょう。

川口 

日本人のいいところでもあり、悪いところでもある

のは、全部自分でやろうとすること。明治以来、国産化が

国力の源泉だとされてきたからでもありますが、人口減少

のなかでは、いかに周囲をうまく使って楽して儲けるか。

成熟した国が生き延びるには、伸びている国に投資するし

かない。伸びている国が近場に数多くあるとき、極論すれ

ば、投資家になって、リターンだけで生きていくことを考

えてもいい。そのとき、自分でやりたくなる部分、職人魂

に火がつくと、向こうも警戒する。ビジネスをうまく回す

ためには、どれだけ相手に任せられるか、です。

秋山 

日本にできることとして、技術革新の社会実装に持

続的な産業発展の鍵があると私は思っています。技術的に

解決できる社会課題は数多くあるのに、社会実装されてい

ない。それは本当にもったいない。人の暮らしをもっとよ

くしたり、困っている人を助けたり、世の中をいい方向に

変えることが技術的にはできるのに、何かの理由でできて

町田 

例えばソニーの黄金期って、オープンリールのテー

プレコーダーなど、自分の育ててきた商品を全否定して次

のものに乗り換えていくようなダイナミズムがあった。あ

あいうマインドを、今の経営者も持ってほしい。成功した

マーケットにこだわっていたら変われない。

電力会社は電装化する社会のインフラを担い

地域経済の新たな生態系構築を

町田 

最後にエネルギー事業者の役割と課題ということで、

電力会社に対するご意見を伺いたい。

川口 

私はシェール革命以降、エネルギー危機はなくなっ

たと思っています。トランプが強気になっている最大の理

由は、シェールガスや石油が余っていて、アメリカが無敵

になったから。その意味では、エネルギー危機とか枯渇問

題はなくなったと思います。

 

一方で地域は危機的状況。地方に行くと、銀行と電力会

社と県庁の就職人気が高い。電力会社は地域そのものです

から、当事者意識と危機感を持って、地域をどうやって興

していくかを考える。それを電力会社には求めたい。

秋山 

私は2点。一つは、今後、技術革新で社会をよくし

ていくことが大きなテーマだと思っていますが、これから

起きることとして、人間の身体もそうだし、社会では自動

車が機械の塊からEV、電子モジュールの塊になり、そこ

に無数のセンサーがついて、自動車というより社会のモビ

リティインフラになっていく。私も今、EVに乗っていて、

ガソリンスタンドに行く代わりに、コンセントから給電し

ている。今後ますます工場だけでなく、社会中にセンサー

が埋め込まれ、それらが全てデータ通信機能を持って、全

電力会社には地域経済活性化の担い手としての役割が求められている

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17[やく] September 2018

部電気で動くんです。だから、モビリティや通信も含めた

新しい社会インフラを支えていくのが電力会社の新しい使

命になる。そういう役割をこれからもしっかり持続可能な

形で担っていただきたい。

 

二つ目は、電力会社は日本の地方創生に対する責任を負

っていただきたい。特に経済の生態系の循環は、なかなか

地方自治体にはつくれない。やっぱり経済を回している主

体が重要な役割を担う。単にお金を落とすだけでなく、社

会変化のなかで新しい地域経済の生態系をどうつくってい

くかの取り組みが社会的使命として求められるし、担って

いただきたいと考えています。

町田 確かに、エネルギーは人々の暮らしにも産業活動に

も不可欠なインフラですから、少しでも低廉に。かつ、安

定供給の努力を続けていただきたい。それが関西電力の供

給地域なり進出地域の産業競争力を支える大きな要因にな

ります。

 

そのときに、資源のない国だから電源構成の多様化を図

り続けるしかないことは、変わらない。国が示している2

030年の電源構成、原子力の20〜22%維持はリプレイス

なくしてあり得ない。政府は世論の反発を怖れてリプレイ

スに言及しませんが、電力会社から政府に対しもっとアグ

レッシブに要請するなり広報活動をやっていただきたい。

秋山 電源構成はこれから変わっていかざるを得ないと思

います。今までは発電と送電の世界だったが、今後は発電・

送電に加えて、蓄電。再生可能エネルギーを増やせば、蓄

電という新しい分野がある。そこに対する取り組みをぜひ

頑張っていただきたいですね。

町田 その意味では、機動的に

戦略を見直して、必要に応じて

オープンに議論してほしい。例

えば太陽光発電は、日が暮れる

と止まる。その頃みんなが帰宅

し、エアコンを入れて、食事の

準備を始めるから、電力消費が

増える。すると、蓄電や火力の

バックアップなしに太陽光だ

けやっていると大変なことに

なる。電源構成についてもっと

オープンに議論していかない

といけないですね。

 

本日はありがとうございま

した。

(2018年8月6日

実施) 

編集/田窪由美子

産業競争力への視点

世界の中で日本が、日本の中で関西が、存在感を示せなくなっていると指摘されて久しい。

果たして競争力はなくなったのか、どこに着眼して動けばいいか?

産業競争力強化へ、「日本の産業」「競争戦略」「関西経済」といった

各側面について、各分野の専門家・有識者の意見を聴いた──

©YouraPechkin/iStock/Getty Images Plus

18

Page 11: No. 36 産業発展と競争戦略 · 04 やく September 2018 やく September 2018 03 日本産業の持続的発展と競争戦略について考えた一段と動きに拍車がかかるなか、2018年6月には政府の骨太方針・未来投資戦略も公表され今後の持続的な成長戦略と構造改革の加速化に向け、日本の産業競争力の低迷が指摘されて久しい。

19[やく] September 201820 [やく] September 2018

 

日本企業の国際競争力の低下が指摘されて

久しい。

 

要因の一つは生産性の低さだ。OECD

加盟35カ国の労働生産性を比較すると、日

本は時間あたりで20位、1人あたりは21位

(2016年)。どちらも主要先進国では最低

だ。とりわけサービス業の労働生産性は低く、

アメリカの半分以下に留まる。ただ個々の業

種でサービスの質を比較すると日本が上回る

という調査結果もある。つまり日本は労働者

の質が低いのではなく、質の高いサービスを

提供しているのに収益化できていない。労働

者の立場で言えば、稼げていないのだ。

 

経営者にすれば、ハイスペックな人材を割

安で使えるわけだから、新たに設備投資を行

うより人を雇ったほうがいいと考えてしまう。

実際、バブル崩壊後の20年余り、企業の設備

投資は進まず、「モノより人」の労働集約的

経営が蔓延。これに拍車をかけたのが非正規

雇用の拡大だ。主婦やシニアなど多様な働き

手の増加は労働人口が減少する日本にとって

不可欠なことだが、皮肉にもこれで賃上げは

さらに遠のき、長く買い手市場が続いた。

 

ところが昨今、いよいよ労働力が枯渇し、

売り手市場に移行。企業は、高い人件費でも

賄えるビジネスモデルに変えるか、人から機

械に代えるか、を迫られ、それができない企

業は急速に衰退してしまう。安い人件費によ

る労働集約的ビジネスモデルが存続し、設備

投資抑制による1人あたりの生産性がさら

に伸び悩み、それによって賃金が一層低迷

する──この「負のスパイラル」が今や逆転

し、賃上げや待遇改善が急ピッチで進んでい

る。このタイミングでAI、IoTなど新た

な設備投資の流れが起きてきたのも「人から

モノ」への転換のチャンス。特に人手不足の

日本では他国ほどAIに仕事を奪われるとい

う反発を招くこともない。サービス業、医

療・介護など人手不足分野を中心に設備投資

を進めれば、生産性向上から賃上げという好

循環を生み出せる。

 

日本企業が苦戦するもう一つの要因は、圧

倒的なイノベーション不足だ。第2のグーグ

ルやアマゾンを生み出すべく、先進国が軒並

みイノベーション主導型ビジネスモデルへの

シフトを急ぐなか、ハイスペックなものづく

りで勝負してきた日本企業は、既存分野の高

度化からなかなか抜け出せず、新分野や新

サービスの創出が疎かになっていた。このま

まイノベーションを起こせなければ、レガ

シー企業であっても衰退は免れない。

産 業 競 争 力 へ の 視 点

安田洋祐

大阪大学大学院経済学研究科准教授

日本の産業

負のスパイラルから好循環へ、

逆転の時

やすだ ようすけ大阪大学大学院経済学研究科准教授

(ゲーム理論、産業組織論)1980年東京都生まれ。東京大学経済学部卒、プリンストン大学経済学部より修士号(M.A.)取得、同博士号(Ph.D.)取得。京都大学経済研究所非常勤講師、 東京財団VCASIフェロー、政策研究大学院大学助教授などを経て、14年より現職。メディアで幅広く経済学の普及に努める。著書『欲望の資本主義』『経済学で出る数学』、訳書

『レヴィット ミクロ経済学 発展編』『レヴィット ミクロ経済学 基礎編』など。https://sites .google .com/site/yosukeyasuda/jp

 

小売全面自由化後のエネルギー市場も、イ

ノベーションの可能性は大きい。例えば行動

経済学の知見によって消費者の行動変容を促

す「ナッジ」(nudge

=肘で軽く突く)の実践。

電力使用量を抑えてほしいとき他者との比較

情報を見える化して発信するなど、世界的に

も新しい手法「ナッジ」を使って新しい解決

法の発見に挑んでほしい。

 

関西電力は原子力発電所の再稼動に伴い、

料金値下げを実施した。それはそれで嬉しい

が、値下げより低炭素化への投資を求める

ユーザーもいるはずだ。わかりやすい価格だ

けでなく、企業全体の価値を高めるイノベー

ションも怠りなく進めてもらいたい。

 

但し明るい兆しはある。一つはイノベー

ションの主戦場がバーチャルなネット空間か

ら、IoT家電、介護ロボット、自動運転な

ど、バーチャルとリアルの融合領域に移りつ

つあることだ。スマホなら多少のトラブルは

利便性を考えれば許せるが、介護ロボットや

クルマのトラブルは人命に直結する。リアル

な世界に近づくほど安全性・信頼性が価値を

持つため、「メイドインジャパン」の伝統が

強みを発揮できるというわけだ。

 

ベンチャーを志す人の増加も明るい兆しだ。

若者の間で「ベンチャー=イケてる」という

認識が広がり、なかでも東京大学では理工系

学部のOB・OGや在学生による「東大発ベ

OECD加盟諸国の労働生産性(2016年)

◦時間あたり ◦1人あたり

日米のサービス品質の差日本のサービス品質は10〜20%米国より高い

*単位:購買力平価換算USドルOECDデータベースに基づく日本生産性本部の資料をもとに作成

*米国滞在経験のある日本人519人・日本滞在経験のある米国人回答528人に対し、対個人サービス29分野のサービス品質及び価格について、2017年2月28日〜4月11日、WEBアンケート調査を実施

日本生産性本部の資料をもとに作成

ンチャー」が激増している。サークル感覚で

チャレンジする若者も多く、起業へのハード

ルが下がっている。レガシー企業も、自ら社

内ベンチャーを起こしたりベンチャー企業と

協働するなど、この動きを取り込めばいい。

 

日本は世界最速で少子高齢化が進むなど課

題山積だが、だからこそイノベーションを起

こせる可能性は世界のどこよりも大きい。産

業革命がイギリスで起こったのも、他国と比

べて賃金が高く、機械化せざるを得なかった

からだ。ハンデはチャンス。ここで踏ん張っ

て新しいものを創造できれば、やがて同じ課

題に直面する世界の国々に日本の技術やアイ

デアを提供できる。

0 30,000 60,000 90,000 120,000 150,000 180,0000 20 40 60 80 10095.8

95.4

78.7

72.8

70.4

69.6

68.3

68.0

66.9

66.5

63.6

61.6

57.9

55.8

54.1

52.7

52.4

50.8

47.9

46.0

43.1

42.9

41.6

41.0

39.8

39.2

37.0

34.7

33.8

33.6

33.2

32.0

30.0

26.8

20.6

51.9

1 アイルランド2 ルクセンブルク

3 ノルウェー4 ベルギー

5 デンマーク6 米国

7 オランダ8 ドイツ

9 フランス10 スイス

11 オーストリア12 スウェーデン13 フィンランド

14 オーストラリア15 イタリア

16 英国17 スペイン

18 カナダ19 アイスランド

20 日本21 スロベニア

22 ニュージーランド23 イスラエル24 スロバキア

25 チェコ26 トルコ

27 ポルトガル28 ギリシャ

29 ハンガリー30 エストニア

31 韓国32 ポーランド

33 ラトビア34 チリ

35 メキシコOECD平均

168,724

144,273

122,986

117,792

115,900

114,759

104,971

104,347

103,639

102,107

100,491

99,859

97,949

97,927

97,339

92,328

90,197

88,427

88,359

86,418

81,777

75,420

74,327

72,225

71,323

70,692

69,833

68,749

66,728

65,158

60,491

60,195

56,923

52,881

44,177

92,753

1 アイルランド2 ルクセンブルク

3 米国4 ノルウェー

5 スイス6 ベルギー

7 オーストリア8 フランス9 オランダ

10 イタリア11 デンマーク

12 スウェーデン13 オーストラリア

14 ドイツ15 フィンランド

16 スペイン17 アイスランド

18 英国19 カナダ

20 イスラエル21 日本

22 スロベニア23 ニュージーランド

24 チェコ25 トルコ

26 ギリシャ27 韓国

28 ポルトガル29 スロバキア30 ポーランド31 エストニア32 ハンガリー

33 ラトビア34 チリ

35 メキシコOECD平均

70 80 90 100 110 120 130

1 宅配便

2 タクシー

3 病院

4 理容・美容(エステ含む)

5 洗濯物のクリーニング

6 航空旅客

7 地下鉄(近距離)

8 コンビニエンスストア

9 自動車整備

10 郵便

11 遠距離鉄道

12 テレビ受信サービス

13 配電・配管の補修・管理

14 モバイル回線のプロバイダー

15 レンタカー

16 不動産業

17 旅行サービス

18 ホテル(エコノミー)

19 ATM、送金サービス

20 百貨店

21 総合スーパー

22 ファミリー向けレストラン

23 ホテル(中程度)

24 コーヒーショップ

25 ハンバーガーショップ

26 ホテル(高級)

27 大学教育

28 博物館・美術館

日本の方が品質が低い■日本人 ■米国人 日本の方が品質が高い

118.3101.9

117.9102.9

116.6

116.1106.6

115.9103.2

115.9103.6

115.6110.8

106.4115.4

115.3103.9

114.5103.1

114.4106.1

113.1

112.2105.1

112.1

112.1105.3

111.8103.5

110.9104.5

110.7107.1

110.4106.2

110.2103.6

110.1104.3

108.4105.3

107.9105.7

104.3104.7

102.6102.6102.0

108.0

112.8

106.598.5

99.7

97.8

97.9

93.4

Page 12: No. 36 産業発展と競争戦略 · 04 やく September 2018 やく September 2018 03 日本産業の持続的発展と競争戦略について考えた一段と動きに拍車がかかるなか、2018年6月には政府の骨太方針・未来投資戦略も公表され今後の持続的な成長戦略と構造改革の加速化に向け、日本の産業競争力の低迷が指摘されて久しい。

21[やく] September 201822 [やく] September 2018

 

変化が激しく、人気の商品・サービスが瞬

く間に陳腐化する現代社会。企業が競争力を

保つには、差別化や高付加価値化が不可欠

──昨今の企業経営やマーケティングのあり

方をめぐり、定説となっている主張である。

 

一般論としてはそのとおりであり、差別化

はマーケティングの基本である。しかし経営

やマーケティングの定石は、普遍法則ではな

い。差別化に長けた企業が経営不振に陥った

事例はいくつもある。模倣戦略で成長を果た

した企業も少なくない。付加価値についても

同じだ。商社などのように付加価値の低い事

業でも、回転率を高めれば、資本あたり、あ

るいは従業員あたりでは高利益を実現できる。

こうした各種の事例を考慮しながら、そのな

かで、なぜ自社は差別化あるいは高付加価値

化に注力するのか、その先において何を実現

しようとしているのかを検討し尽くさなけれ

ば、実効性の高い戦略計画は生まれない。

 

そもそもマーケティングの教科書に書かれ

ている常識的な打ち手は、量販店で販売され

るような大手メーカーの商品を対象としたも

のが大半だ。産業ごとに、あるいは同じ産業

でも企業規模や製品ライフサイクルの段階、

また国や地域によっても適した戦略は異なる。

従って、自らの置かれた状況、立ち位置を認

識することが戦略立案の起点になる。

 

そのためには、まずは市場情報を徹底的

に収集し、分析を重ね、綿密に計画を立て

て──と考えがちだが、マーケティングに当

たってはそれが有効かどうかも、状況次第で

ある。この計画型のアプローチは「昨日と同

じ明日が来る」という状況下では有効である。

しかし複雑な不確実性のなかでは、米国の起

本業の鉄道事業を凌ぐほどの利益を、こうし

た周辺事業とのパッケージングで稼ぐ。

 

電力会社も「エネルギー供給の前後左右」

をパッケージング化して、より利便性や顧客

満足度の高いソリューションを提供していく

べきではないか。そしてこの前後左右におい

て何をどのように組み合わせるかを見いだし

ていく局面では、エフェクチュアルなアプ

ローチが有効となる。例えば関西電力グルー

プが手がけたビルには世界最先端・最高効率

のエネルギーシステムが入っているなど、強

みを生かしたバンドリングを試行錯誤のなか

で見いだしていくことが欠かせないはずだ。

業家研究の第一人者S・サラスバシー氏が説

くように、まずできることから実践してみて、

そこから未来を切り拓く道筋を見いだしてい

く「エフェクチュエーション(戦略直感)」

の有効性が増す。

 

実際に「やってみないとわからなかった」

事例は多くある。近年になり、ウェブ上のプ

ラットフォームを利用した家事シェアリング

が日本でも広がりはじめている。女性向けの

サービスのように思われがちだが、当初の利

用者の多くは男性だったという。日本の女性

は自宅に他人が入ることに抵抗感を示す人が

少なくない。一方、男性単身者は、こうした

家庭観とは無縁である。この種の潜在的なロ

ジックは、起業家たちが可能性の海に飛び

込み、実践に挑むことで見いだされてきた。

マーケティングにおいては、先が読めないと

産 業 競 争 力 へ の 視 点

栗木

神戸大学大学院経営学研究科教授

競争戦略

読めない時代の乗り切り方

くりき けい神戸大学大学院経営学研究科教授

(マーケティング)1966年米フィラデルフィア生まれ。神戸大学経営学部卒、同大学院経営学研究科博士前期課程修了、同後期課程修了。岡山大学助教授を経て、2003年神戸大学大学院経営学研究科助教授、12年教授。著書『マーケティング・コンセプトを問い直す』、共編著『デジタル・ワークシフト』『1からのグローバル・マーケティング』『明日はビジョンで拓かれる』『ビジョナリー・マーケティング』

『マーケティング・リフレーミング』など。https://www.b.kobe-u.ac.jp/resource/staff/faculty/kuriki.html

栗木氏の資料をもとに作成

*STPマーケティング=現代マーケティングの代表的教科書P.コトラーの『マーケティング・マネジメント』が提示するSegmentation(市場細分化)、Targeting(標的市場の決定)、Positioning(自社の立ち位置の明確化)というプロセス*STPマーケティングに加え、エフェクチュエーションに基づく手順を加えることが、より有効なマーケティングプロセスをつくり出す

『エフェクチュエーション』(Sarasvathy 2008)に基づく栗木氏の資料をもとに作成

STPマーケティングとエフェクチュエーション

エフェクチュエーション、5つのポイント

きには、限定的にでも行動してみればよいの

である。

 「やってみなはれ」の精神とも通じるエ

フェクチュエーションは、未来を見通すこと

が困難な領域が広がる現代に相応しいアプ

ローチといえる。だが、エネルギーや通信や

鉄道などのインフラ事業の基幹部分でこれを

試みることは無謀である。ネット上のプラッ

トフォーム事業などとは異なり、撤退時に回

収できないコストが巨大となるからである。

 

エネルギー業界では2016年以降に電力、

ガスの小売が全面自由化され、顧客獲得競争

が進んでいる。だがこれは、1社独占から数

社寡占に移行した程度の状況である。数百社

が市場にひしめき、価格下落が止まらないよ

うな産業とは違う。今後に備えてコスト削減

など手を打っておくのはよいが、自ら消耗戦

を仕掛ける必要性は低いと見るべきだろう。

 

例えば通信業界でも、自由化後に起きたの

は価格引き下げの消耗戦への突入ではなく、

機器とセットにしてお得感を出したり、一括

契約の利便性を訴えたりするパッケージング

の妙の競い合いだった。寡占型産業の主要企

業がパッケージングで競い合っている限りは、

表面的なイメージとは裏腹に、買い手が価格

の徹底的な相互比較を行うことは困難となる。

鉄道においても駅ナカビジネスなどとの組み

合せが重要となっている。JR九州などは、

1.既にある自社のリソース活用を優先。目的主導でなく手段主導2.どこまでの損失が許容可能かを見定めて、その範囲で投資を行う。期待収益最大化ではない

3.予測や目的に基づいて交渉相手や参加メンバーを決めるのではなく、可能な相手から交渉を始め、結果としてできあがったネットワークの中で何ができるかを考える4.予期せぬ出会いを大切にし、偶然を避けるのではなく、利用し尽くす5.事業機会をたぐり寄せるのは、その場そのときの人間の活動だと考え、注意と活動を怠らない

STPマーケティング

エフェクチュエーション

計画予測

洞察

省察

実行

決定要因の秩序を理解 実行

マーケティング・リサーチを行い、新技術に適した市場の領域を把握する。

手近なところで取り組むことが可能な活動を見いだし、その活動を実行する。

取り組むことが必要な活動を体系的に計画し、

実行する。

実践を進めるなかで事業を組み直しつつ、最適な市場の領域を把握する。

STPマーケティング エフェクチュエーション

実行 決定要因の秩序を理解

Page 13: No. 36 産業発展と競争戦略 · 04 やく September 2018 やく September 2018 03 日本産業の持続的発展と競争戦略について考えた一段と動きに拍車がかかるなか、2018年6月には政府の骨太方針・未来投資戦略も公表され今後の持続的な成長戦略と構造改革の加速化に向け、日本の産業競争力の低迷が指摘されて久しい。

23[やく] September 201824 [やく] September 2018

 

持続可能性がない──私が見る関西経済の

現状だ。関西は今、インバウンド特需に沸い

ているが、手を拱いているとインバウンドは

一過性のバブルで終わりかねない。

 

最大の懸念は人口減少で、とりわけ若者の

東京流出が問題だ。大阪は都心にタワーマン

ションが次々建ち、一見、人口は増えている

が、実は商業施設を誘致できなくなっている。

都心の求心力の弱まりは、周辺地域の衰退を

招く。誘致どころか企業流出も止まらない。

特に大阪と神戸は、本社機能の東京流出が深

刻だ。企業が流出するから人口も流出。大学

生の就職先も東京が多い。

 

本来、ICT(情報通信技術)が発達すれ

ば、本社機能はどこにあっても良いはずだが、

日本の企業は東京に集中する傾向がある。I

CT化でオンラインショップも増加し、どこ

に住んでいても生活の利便性は高まっている

が、ショップ運営会社の本社が東京にある限

り、企業収益も税収も東京に吸い上げられる

一方だ。

 

こうした東京への一極集中化は、未だに中

央官庁とのつながりやフェイスツーフェイス

のコミュニケーションが重要だからかもしれ

ないが、この慣行を打破しなければ、東京以

外の地域は疲弊し、関西経済の持続可能性も

低下していく。

 

金と人の流れを関西に向け、域内で循環さ

せるため、インバウンド特需で時間稼ぎをし

ている間に、内発的発展のしくみづくりを進

める必要がある。

 

誘致をめざす大阪万博のテーマも「いのち

輝く未来社会のデザイン」と、誰もが生き生

き輝く健康で豊かな未来社会の実現を謳って

スツーフェイスのコミュニケーションを可能

にするVRの研究開発を関西が率先して進め、

関西発の技術として育て上げる。その研究開

発に挑む若者の起業を支援するのも良いかも

しれない。

 

関西において人や企業、技術を育てるには、

関西出身であったり、関西に縁があり、今は

域外にいるが関西のために尽くしたい人々

──「関係人口」を増やすことが大切だ。関

西活性化を図りたい行政や企業は、域外にい

る関西関係者に対し、人や企業の育成資金を

提供してもらえるよう働きかけていくことだ。

 

電力会社などエネルギー事業者は、基本的

には地域と一蓮托生。その役割のなかで、関

西電力は、府県より広域の観点で関西を考え

ることができる。だからこそ、関西の望まし

い将来像について率先して考え、関西のため

に働き、雇用も生み出してもらいたい。とり

わけ、データ管理が得意という特性を生かし、

望ましい将来像を多様なデータで示す。将来

の理想像と現状を比較して、関西の行政・企

業・住民がどう行動すれば、理想に近づける

のか。一段一段、近づいていることを、デー

タで示すことができるのは、エネルギー事業

者をおいて他にいない。ぜひ、関西電力には

関西活性化を先導していただきたい。

いる。税収を生み出してくれる「現役世代が

住みたい関西」として、若者が関心を持つ産

業の育成こそが急務だ。

 

人の生き方・働き方には、グローバル型と

ローカル型がある。現在の大学進学率は約

55%。大学生の多くがグローバルな活躍を視

野に東京での就職をめざすのに対し、大学に

進学しない人は主に地元で就職する。であれ

ば、ローカル型の人の支援が地域の持続可能

性に効いてくる。経済活性化に向けては、既

存企業の課題解決に目を向けがちだが、むし

ろ起業を支援することが重要ではないか。起

業と言えばシリコンバレーのITベンチャー、

ワインを飲みながら成功談を語るIT長者を

思い浮かべがちだが、そうでなく、小さな起

業のことを指す。増える訪日外国人客に向け

て、関西が誇るたこ焼き・お好み焼きを売っ

産 業 競 争 力 へ の 視 点

上村敏之

関西学院大学学長補佐/経済学部教授

関西経済

持続的成長へ、内発的発展の

しくみづくりを

うえむら としゆき関西学院大学学長補佐/経済学部教授(公共経済学)1972年神戸市生まれ。関西学院大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士前期課程修了、後期課程単位取得退学。博士(経済学)。東洋大学准教授を経て、現職。現在、内閣官房行政改革推進会議歳出改革ワーキンググループ委員、総務省地方財政審議会特別委員など。著書『消費増税は本当に必要なのか?』『コンパクト財政学』 『公共経済学入門』、共著『空港の大問題がよくわかる』など多数。メディア出演も多い。http://www8.plala.or.jp/uemura/

て、関西ファンのリピーターを増やそうとい

うような地に足をつけた起業。地元でスモー

ルビジネス・自営業をやりたい若者にいかに

チャンスを与えるか、だ。

 

松下幸之助がそうだったように、大企業も

最初は自営業から始まった。自営業者の育成

に、関西は本腰を入れる必要がある。小さな

自営業者が将来、地元を支える企業になり、

大きな雇用を生み出すかもしれない。要は何

関西経済の全国シェアの推移

3大都市圏の転入出人口超過数の推移(1954-2017年)

従業者数で見た関西の産業構造(2016年 単位:%)

住民基本台帳の人口(総務省)、県民経済計算(内閣府)、工業統計調査(経済産業省)、経済センサス活動調査(総務省・経済産業省)、国税庁統計年報書(国税庁)、に基づく近畿経済産業局総務企画部調査課の資料(2018年1月)をもとに作成

総務省住民基本台帳人口移動報告(2017年)をもとに作成

経済センサス活動調査(総務省)に基づく近畿経済産業局総務企画部調査課の資料(2018年1月)をもとに作成

もしなくても人や企業が流入する東京とは異

なる視点が必要だ。企業を「呼び込む」のも

いいが、むしろ「育てる」ことをしていかな

いと、関西の持続的成長は望めない。持続可

能な将来ビジョンを描き、具体的な数値目標

を立てて、一歩一歩進めていく必要がある。

 

人や企業の東京流出を止めるかもしれない

技術として期待したいのが、VR(仮想現実)

だ。関西にいながら東京にいる人とのフェイ

卸売業、小売業21.7

製造業16.2

医療、福祉13.8

運輸業5.5

生活関連サービス業、娯楽業 4.1複合サービス業 0.7学術研究、専門・技術サービス業 2.9

金融業、保険業 2.5

電気・ガス・熱供給・水道業 0.3

建設業5.2

情報通信業 2.1

教育・学習支援業 3.6

農林漁業 0.3

不動産業 2.8

宿泊業、飲食

サービス業10.0

他サービス業

8.3

-10

0

10

20

30

40

50

転入超過数(-は転出超過数)

(万人)

(年)2015201020052000199519901985198019751970196519601955

東 京 圏:東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県名古屋圏:愛知県、岐阜県、三重県大 阪 圏:大阪府、兵庫県、京都府、奈良県

2010 直近200019901980197012.0

15.0

18.0

21.0

24.0(%)

(年)

人口   域内総生産   普通法人数(資本金1億円以上)

2017年1月

2014年度

2015年度

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2526 [やく] September 2018[やく] September 2018

た道修町を有し、今もこの地に拠

点を置く製薬企業は多い。

 

再生医療については、12年の山

中伸弥・京都大学教授のノーベル

賞受賞後、法整備も進み、研究か

ら応用への加速が期待されている。

 

そのようななか、中之島に再生

医療の国際拠点を形成する、とい

うプロジェクトが動き出した。

 「ライフサイエンス分野で高い

ポテンシャルのある土地柄を生か

し、国際競争力を持つ再生医療拠

点を大阪につくるべきであると経

済界から声が上がったのが、検討

のきっかけでした」。大阪府の林

さんはそう切り出した。

国際競争力を持つ拠点を

大阪都心に

 

大阪・関西には、大阪大学、京

都大学、理化学研究所をはじめ最

先端医療の研究を行う大学や研究

機関が集積している。また大阪は

古くから「薬のまち」として栄え

中之島に未来医療国際拠点――再生医療の臨床研究から産業化まで一貫推進

大阪府・市と経済界は、大阪都心・中之島に再生医療をベースとした最先端医療産業の創出拠点を整備する。2018年3月「未来医療国際拠点基本計画(案)」を策定。

iPS細胞など再生医療関連の国際競争が激化するなか、新産業創出につながるプロジェクトの概要は――。大阪府ライフサイエンス産業課の林 雅彦さんと角田友道さん、大阪市都市計画局の西村俊昭さんに話を聞いた。

 

16年11月、大阪府・市と経済3

団体(関西経済連合会・関西経済

同友会・大阪商工会議所)によ

る検討協議会が設置され、今年

3月「未来医療国際拠点基本計

画(案)」を策定(8月一部変更)。

大阪市が所有する中之島4丁目の

約8600㎡を予定地として、実

現に向けて動き始めた。

技術の産業化と国際貢献

 

基本計画案では、再生医療をベ

ースにしつつ、AIやIoTなど

最先端の技術活用も想定。ニーズ

の変化や技術革新など医療を取り

未来医療国際拠点の形成予定地

拠点がめざすビジョン

市有地

堂島川

なにわ筋線新駅(予定)

中之島

センター

民間所有地

(仮)大阪市新美術館

2021年度開館予定

未来医療国際拠点候補地(約8,600㎡)

社学共創・産学共創・アート拠点*既存中之島センターを改修・機能強化

未来医療の開発

未来医療の推進

実用化

フィードバック

未来医療技術の産業化

未来医療の提供による国際貢献

写真手前左の空地が中之島4丁目の拠点予定地。右が堂島川

©Westend61/Getty Images

Page 15: No. 36 産業発展と競争戦略 · 04 やく September 2018 やく September 2018 03 日本産業の持続的発展と競争戦略について考えた一段と動きに拍車がかかるなか、2018年6月には政府の骨太方針・未来投資戦略も公表され今後の持続的な成長戦略と構造改革の加速化に向け、日本の産業競争力の低迷が指摘されて久しい。

2728 [やく] September 2018[やく] September 2018

内外の患者の受け入れや、最適な

医療機関へつなぐ窓口の役割も担

い、最先端医療による国際貢献に

も寄与する考えだ。

医療産業創出のエコシステム

未来医療技術の産業化と国際貢

献。このコンセプトを実現するた

め、まずは運営主体として「(仮称)

未来医療推進機構」を立ち上げる。

その設立準備組織の構成員を、今

春公募した。構成員には公益的観

点や拠点実現への覚悟が求められ

たが、製薬企業をはじめ物流・金

融など幅広い業種の企業が関心を

示し、8月末時点で20社が参加し

ている。

 

拠点となる中之島4丁目は都心

の好立地で、31年地下鉄なにわ筋

線が開業すれば関西空港や新大阪

へのアクセスも向上する。基本計

画案では、ここに、メディカル棟

と研究開発棟の2棟を想定。メデ

ィカル棟には病院やクリニックに

加え、再生医療に不可欠な血液や

皮膚など原材料を入手・培養した

ものをストックしておく「CPC・

細胞バンク」の設置も考えている。

一方、研究開発棟には再生医療関

連企業や産学連携やベンチャー育

成のインキュベーション施設の設

取材協力・資料提供/大阪府ライフサイエンス産業課 大阪市都市計画局  取材・編集/秋月 都

置も構想している。

 

産業化に向けて、日本再生医療

学会などと連携することで、大学

や研究機関に蓄積された質の高い

データを活用して、企業の治験等

を支援する。ベンチャー育成につ

いては、基礎研究は大学と一緒に

行うことが望ましく、「ここには

事業化につながる出口寄りのベン

チャーに入ってもらいたい。ベン

チャーが開発した製品が利益を上

げ、そこで生み出された資金が起

業家育成に還元されるような、医

療産業創出のエコシステムを構築

できれば」と林さん。

中之島モデルを世界に

 

日本の再生医療産業は動き始め

たばかりで、市場に出ている再生

医療等製品は数点に過ぎない。法

律が整備され技術もあるのに、産

業化の面ではまだ弱い。その状況

を、中之島でブレイクスルーした

いという思いもあるようだ。

 

再生医療で使われる細胞等の製

造や輸送には、特殊な機器や技術

など、さまざまなサポーティング

インダストリーのノウハウが求め

られ、それも新たな産業につなが

る。再生医療に関わるサプライチ

ェーンシステムを「中之島モデル」

として構築し、海外にパッケージ

で売り出したいと語る。

持続可能な人類の未来へ

 

今後は大阪府がソフト面、大阪

市がハード面を中心に担当して計

画を進める。21年以降の施設オー

プンに向け、まずは19年度中の機

構設立をめざす。

 

この未来医療の拠点は、誘致が

進む2025大阪万博のテーマ

「いのち輝く未来社会のデザイン」

を具現化するものと言える。さら

に万博テーマの根底にある国連の

SDGs(持続可能な開発目標)

の「すべての人に健康と福祉を」

「産業と技術革新の基盤をつくろ

う」といった目標とも関連深い。

拠点が動き出せば、SDGsの目

標達成に寄与することは間違いな

い。人類の未来に貢献する未来医

療の拠点実現に、一段と期待が高

まる。

巻く環境変化に即応し、次の時代

に実現すべき新たな医療として

「未来医療」という名称にした。

 

拠点のコンセプトは、「未来医

療技術の産業化」と「未来医療の

提供による国際貢献」の二つ。研

究機関・医療機関・企業の連携に

よるオープンイノベーションを実

現し、開発された最先端医療を実

践しつつ研究にフィードバックす

るという循環によって、臨床研究

から実用化・産業化まで一貫して

進める。また高度医療を求める国

拠点の施設構成イメージ

再生医療の実用化・産業化等の拠点に備える機能

アントレプレナーシップによる起業人育成

ベンチャー育成

インキュベーターによるイノベーション

創出

組織横断型産学連携

オープンイノベーションの

実現 医療産業創出

資金還元

新たな医療産業創出のエコシステム

サプライチェーンシステム(中之島モデル)

細胞培養加工/保管治療

クリニック

クオリティデータ病院

医療機関ネットワーク

細胞加工施設 運搬

採取

未来医療国際拠点

培地・資材・容器等 培養装置 評価機器/システム

サプライヤー群

フロア面積:約3,000㎡

病院

臨床研究病床 連絡通路

関連クリニック/高度検診・治療センター

拠点のオーガナイズ機能等

関連企業等

産学連携ラボインキュベーションラボ

ホール・会議室・利便施設等

2F連絡デッキフロア玄関フロア

駐車場 駐車場 CPC・細胞バンク

利便施設等

大阪市所有地 約8,600㎡

メディカル棟

フロア面積:約2,000㎡ 研究開発棟●敷地面積:約8,600㎡ ●延床面積:約53,000㎡

〈許容容積率約610%(指定容積率600%、なにわ筋境界から40mは800%)〉*図のフロア面積、施設形態・施設配置等はイメージであり、実際の計画は今後、開発事業者等において決定される

©fotoVoyager/Getty Images

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29[やく] September 201830 [やく] September 2018

総合営業で本格攻勢をかけるお客さま本部から営業本部へ、名称も一新し、顧客維持・拡大に強い決意を示した関西電力。

とりわけ顧客獲得競争が激しさを増す法人市場へはどのような体制・戦略で臨むのか。料金値下げをテコに本格攻勢をかける法人営業の現状と課題を訊く──

藤野研一 関西電力 営業本部 副本部長(法人営業部門統括)

●自由化の進展と販売状況

──電力の小売全面自由化から2年。

以前から自由化されていた法人分野

の競争も激化しているが、関西電力

の状況は?

 

東日本大震災以降、2013年と

15年、2度の料金値上げをさせてい

ただいたこともあり、お客さまの離

脱が進み、業務用・産業用の販売電

力量は長く下落傾向にあった。しか

し昨年9月を底に回復しつつあり、

現在は右肩上がりで推移している。

産業用大口電力(500kW以上)は

今年5月、51カ月ぶりに対前年同月

比プラスに転じ、7月には106%

まで戻っている。

 

これは電気料金を値下げしたこと

に加え総合営業を展開したことで離

脱に歯止めがかかり、お客さまが戻

ってくださったこともあるが、加え

て景気回復による需要拡大の影響が

大きいと考えている。

──関西エリア外での販売にも力を

入れているようだが?

 

電力需要は直近では好調だが、省

エネ・節電が進んだことで長期的に

見れば減少傾向にある。そこで関西

エリア外にも積極的に提案活動を行

うべく、まずはグループ企業の関電

エネルギーソリューション(Ken

es)が14年に首都圏に進出し、自

社で調達した電気の小売を始めた。

関西電力としても他の60㎐エリアへ

の進出をめざし、17年秋から中部エ

リアと中国エリアにそれぞれ拠点を

設けて営業を開始しており、新たな

土地で紹介をもとに訪問するなど、

営業スタッフによる地道な活動の結

果、ありがたいことに当初計画以上

の販売電力量を獲得している。

──昨年8月に続き今年7月2度目

の料金値下げを行った。お客さまの

反応は?

の営業担当がお客さまの契約窓口部

門だけでなく開発部門や建設部門

等々お客さま内での接点を増やして

いくことが大事だと考えている。

──組織改正では営業部隊の再編も

行ったとか。その狙いは?

 

今まで法人営業部門にはフロント

営業担当のビジネス営業グループと、

技術提案や省エネ診断などの後方支

援を担うエンジニアリンググループ

が分かれて存在していたが、フロン

トもバックも一緒になってどんどん

お客さまの懐に入り込み、より価値

のある改善提案を行うため、両者を

統合した。

 

エンジニアリンググループは、も

とは火力や送配電の技術者たちを中

心につくったグループなので、燃料

効率がどうとか、熱源設備がどうと

か、極めて専門的で高度なアドバイ

スができる。関西電力は他電力に先

駆けてエンジニアリング営業の体制

を築いてきたが、加えて近年、採用

段階から「技術コンサルティング

職」としての採用を始め、その職に

就く若い社員も増えてきた。彼らは

まず各地の現場で営業を経験した後、

お客さまに寄り添っ

てニーズをお聞きし、

魅力あるメニューや

サービスでお応えし

ていくかである。そ

れがお客さまへの提

供価値の向上になり、

お客さまの業績向上

につながり、ひいて

は地域の活性化、関

西全体の発展にもつ

ながると考えている。

──ということは、今

後もメインは関西?

 

もちろんそのように考えている。

いくら自由化で地域の縛りがなくな

ったとはいえ、関西のお客さまなく

して我々の事業は成り立たない。い

かにして関西を盛り上げていくかは

関西電力の使命であり、そのために

も地域のお客さまと接点を持ち続け

ることが法人営業の最大の使命だ。

──お客さまと接点を持ち続けるた

めに実践していることは?

 

我々は「O

ne to One/Com

pany

と呼んでいるが、O

ne

すなわち1人

かんでんFOCUS

関西電力の販売電力量の推移

電気料金水準(平均単価)の推移えており、6月の組織改正に合わ

せ、部門名称を「お客さま本部」か

ら「営業本部」に改めた。お客さま

本部は94年の部門発足以来、20年以

上も社内外ともに親しまれてきた名

前だったが、敢えて訣別したことで、

リスタートに懸ける強い決意を感じ

ていただければありがたい。

●法人営業の使命と戦略

──原点からの再出発。では改めて、

営業部門の使命は?

 

やはり最も大事なのは、いかに

 

大飯発電所が再稼動したら値下げ

するのは当初からのお約束であり、

我々も「大飯が動いたらもう一度下

げますから留まってください」とお

願いしていたので、値下げ自体は当

然という受け止めだ。ただ平均値下

げ率が5・36%と、昨年8月の値下

げより1%以上大きかったことは

「想像以上でありがたい」と多くの

お客さまにお喜びいただいている。

 

我々としても2度の値下げでよう

やくもとの料金水準に戻り、原点に

戻って出直せる環境が整ったと考

今回の電気料金値下げ後の料金水準

(百万kWh)

(年度)2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017

146,028 141,754 140,414 134,490127,516 121,500

0

40,000

80,000

120,000

160,000

200,000

151,078

115,244

(単位:円/kWh)

2013.5値上げ前

2013.5 値上げ後*1

2015.6 値上げ後*2

2017.8 値下げ後*3

今回値下げ後

16.00

18.19

19.96

17.08

16.44

(単位:円/kWh)

今回値下げ前(燃料費調整後)

今回値下げ後

今回値下げ▲5.36%

(▲1,017億円)

17.37

16.44

▲5.22%❶大飯3・4号機の再稼動に よる値下げ(▲990億円)

❷経営効率化の深掘り等に よる値下げ(▲27億円)

▲0.14%

*1 2013.5値上げ:値上げ率は、規制分野+9.75%、自由化分野+17.26%。*2 2015.6値上げ:電源構成変分認可制度による値上げ。値上げ率は、規制分野+8.36%、自由化分野+11.50%。

電源構成変分認可制度(概要):電気料金値上げの認可を経ていることを条件に、当該原価算定期間内において、事業者の自助努力の及ばない電源構成の変動があった場合に、総原価を洗い替えることなく、当該部分(対象費用:燃料費、バックエンド関係費用、購入・販売電力料の電源費・電源料、事業税)の将来の原価の変動のみを料金に反映させる料金認可改定。なお記載値は、軽減期間(2015年6月1日〜同年9月30日)終了後の電気料金水準。

*3 2017.8値下げ:値下げ率は、規制分野▲3.15%、自由化分野▲4.90%。

Page 17: No. 36 産業発展と競争戦略 · 04 やく September 2018 やく September 2018 03 日本産業の持続的発展と競争戦略について考えた一段と動きに拍車がかかるなか、2018年6月には政府の骨太方針・未来投資戦略も公表され今後の持続的な成長戦略と構造改革の加速化に向け、日本の産業競争力の低迷が指摘されて久しい。

31[やく] September 201832 [やく] September 2018

本店に戻って、より難度の高い案件

の提案・営業に力を発揮している。

こうしたエンジニアリング力を大き

な強みとして、幅広い提案活動を展

開していきたい。

●ガス販売とグループサービス

──営業の「売り物」としてはガス

もあるが、最近の状況は?

 

関西電力は02年から産業用のお客

うえで、トータルな提案を行ってい

きたい。

──トータル提案は戦略としても効

果的?

 

というより、電気だけでは価格勝

負にしかならないので、いかにお客

さまにとって価値のあるサービスを

付加できるかが今後の最大のポイ

ントと考えている。電気もありま

す、ガスもあります、さらにこんな

サービスもご利用いただけますとい

う「総合営業」を通じて、お客さま

満足の向上と当社価値の向上を図っ

ていきたいと考えている。

●関西地域の活性化

──営業本部では関西地域への企業

誘致も行っているとか。その狙いと

活動内容は?

 

関西に根ざした企業として関西経

済の発展が自社の業績に直結するた

め、15年ほど前から地元自治体と連

携した企業誘致活動に取り組んでい

る。現在、十数人が専任で活動して

おり、電力会社の中でもこのような

実働部隊を持っているのは珍しい。

 

具体的な活動としては、新たな立

地点を探している全国の企業を訪問

し、各自治体の優遇制度も含め関西

立地の魅力を紹介。立地を検討され

る企業に対しては、用地の紹介から

エネルギー供給計画のご提案、さら

に関西電力グループのサービスなど

も組み合わせたワンストップサービ

スの窓口として、さまざまなお客さ

まニーズにお応えしている。

──活動の成果は?

 

紹介を行った企業からは「特定の

自治体に偏らず中立的な情報や助言

が得られた」といった評価をいただ

いており、立地実績は年間約20件。

近年は大型データセンターの立地が

活発化している。用地については自

治体の産業用地が減少傾向にあるた

め、当社用地を活用したり、グルー

プ企業の関電不動産開発と連携し、

民間企業の遊休地情報の提供などに

も取り組んでいる。また関西以外の

地域で新拠点を設けたいというお客

さまニーズにもお応えするため、首

都圏などでも活動を活発化している。

──関西地域のまちづくりに関わる

活動も行っているが?

 

大阪のうめきたⅡ期開発をはじめ、

自治体などが主導するまちづくりに

対し、エネルギー供給だけでなく、

不動産・通信・情報セキュリティ・

ユーティリティサービスなど、グル

ープの技術とノウハウを活用した総

合的なまちづくり提案を行っている。

一企業のみならず一つのまち全体の

エネルギーマネジメントというのは、

たいへん挑戦しがいのあるテーマだ。

私自身うめきたは営業の立場でⅠ期

の頃から担当してきたし、現在は関

ィリティサービス。お客さまの工場

やビルで必要な電気・熱・冷水など

のユーティリティ設備について、設

計・建設・運転・保守を一括して請

け負うサービスで、関西エリアを中

心に全国で展開し、好評をいただい

ている。

 

ほかにも省エネ診断や設備運用・

情報通信・ビジネスサポートなど、

グループの多様なサービスを組み合

わせ、お客さまのニーズや設備構成、

エネルギー使用状況などを踏まえた

さまを対象に大口ガス販売を行って

おり、以降、自由化の進展に合わせ

て対象のお客さまを拡大してきた。

17年のガス小売全面自由化後は、割

安なガス料金メニュー「なっトクプ

ラン」を設けるなど、使用量を問わ

ず、すべての法人のお客さまに対し

てお得な「関電ガス」を提案してい

る。

 

さらに今回の電気料金改定に合わ

せ、事務所や商店、飲食店など、低

圧のお客さま向けの新メニュー「な

っトクでんきBiz」を新設。これ

と関電ガスの「なっトクプラン」を

組み合わせることでお得になる「な

っトクパック」もつくり、これまで

以上に自信を持っておすすめできる

ようになったので、電気とセットで

積極的に販売している。もちろん以

前から自由化されている10万㎥以上

のお客さまにも、よりコストメリッ

トを感じていただけるガスと電気の

セット販売を展開している。

──セット提案といえばグループ企

業が展開するサービスもある。

 

代表的なのはグループ企業・関電

エネルギーソリューションのユーテ

電気とガスのセット販売「なっトクパック」総合営業(トータルエネルギー提案)

かんでんFOCUS

お客さま関西電力グループ

お客さまニーズに応じたご提案

電気

ガス

グループサービス

ユーティリティサービス

地域熱供給サービス

発電事業

電力供給サービス

ガス・燃料油販売ファシリティサービス

エネルギーマネジメントサービス

ESCOサービス

Kenes HPをもとに作成

グループ企業 Kenesの総合エネルギーサービス

電気料金メニュー ガス料金メニュー

電気 なっトクでんきBiz ガス なっトクプラン「従量電灯B」から

「なっトクでんきBiz」に変更大阪ガス「一般料金」から

    「なっトクプラン」に変更

0 0

なっトクプランなっトクプランM/L

〈主に商店・事務所・飲食店等向け〉

なっトクでんきBiz

ご加入者さま専用

+(月額料金)

(電気ご使用量) (ガスご使用量)

円/月

kWh/月 ㎥/月

円/月

(月額料金)

使用量に関わらずお得! 使用量に関わらずお得!

120kWh300kWh

従量電灯B 大阪ガス一般料金

なっトクでんきBiz なっトクプラン

Page 18: No. 36 産業発展と競争戦略 · 04 やく September 2018 やく September 2018 03 日本産業の持続的発展と競争戦略について考えた一段と動きに拍車がかかるなか、2018年6月には政府の骨太方針・未来投資戦略も公表され今後の持続的な成長戦略と構造改革の加速化に向け、日本の産業競争力の低迷が指摘されて久しい。

33[やく] September 2018取材・編集/田窪由美子

西経済連合会の一員としてまちづく

りに関わっている。

 

関西は2025年大阪万博の誘致

をめざしているほか、IR統合リゾ

ートの実現にも取り組んでいる。こ

うしたビッグプロジェクトに協力し

て地域経済を盛り上げていくのも関

西電力の大事な役割と考えており、

今後も自治体、経済界と緊密に連携

しながら、地域活性化のため積極的

な役割を果たしたい。

●今後の抱負と課題

──ますます熾烈化が予想される市

場競争。最大のライバルは?

 

お客さまや提案の内容によっても

異なり、旧一般電気事業者や新電力

なども強力なライバルではある。た

だ、やはり我々営業部門がここまで

成長してこられたのは、身近に大阪

ガスさんという強力なライバルがい

たから。彼らと切磋琢磨してきたか

らこそ、今日の関西電力があるのは

事実だ。

 

今や電気もガスも全面自由化にな

り、多くの新電力が市場参入し、地

域の垣根もなくなって旧一般電気事

業者同士で闘う時代。この変化の時

代に取り残されないよう、我々も組

織を見直し、営業スタイルも見直し、

常に自己変革を続けていく必要があ

る。

──では今後の抱負は?

 

今までは電気の契約を獲った、獲

られたという話ばかりがクローズア

ップされてきたが、これからがいよ

いよ本番。お客さまの組織の中に入

り込んで最適な提案を行う。電気・

ガスを柱に、グループサービスや

我々の強みであるエンジニアリング

力など、多様なソリューションサー

ビスを組み合わせて、いかにお客さ

まに喜んでいただくか。その部分で

勝負して、お客さまに関西電力グル

ープを選んでいただき、末永いおつ

き合いをさせていただけるよう、全

力を尽くしたい。それが地域の産業

発展にも必ずつながると信じている。

グランフロント大阪

JR大阪駅

うめきた広場

うめきたⅡ期区域

鉄道地下化

新駅整備

広場

〈太陽光発電+蓄電池〉施設の屋上等に太陽光パネルを設置しエリア内の省エネ化を図るとともに、蓄電池も利用し、防災時のエネルギーとしても活用

〈バイオガスボイラ〉食品廃棄物、厨房排水等からバイオガスを発生させ、給湯へ熱利用

〈AEMS〉エリアエネルギーマネジメントシステムエリア全体でエネルギーの最適なマネジメントシステムを提案

〈地域冷暖房システム〉OES(大阪エネルギーサービス)と連携した地域冷暖房の活用

BCP対応

省エネ対応(再生可能エネルギー)

〈帯水層蓄熱〉帯水層から汲み上げた地下水を冷暖房の熱源として活用

〈水蓄熱システム〉平常時は電力ピークシフト、災害時は生活用水や消防用水として活用

〈下水熱利用〉エリア内の下水熱利用による空調、給湯などの熱利用

〈高効率ヒートポンプの活用〉

最先端の環境技術

省エネ対応(再生可能エネルギー)

BCP対応

BCP対応

周辺地域とのエネルギー連携

省エネ対応(再生可能エネルギー)

省エネ対応(再生可能エネルギー)

OES第1プラント

まちづくりにおけるエネルギー提案

かんでんFOCUS

34

付加価値サービスでお客さま満足度を上げる電力小売全面自由化から2年半。地域の垣根を超えて、大口ユーザーの獲得競争が熾烈化するなか、関西電力は「価格プラスα」の付加価値サービスで電気契約の維持・拡大に努めている。7月からの第2弾料金値下げも追い風に、顧客満足度の向上をめざす法人営業最前線の取り組みを追った。

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35[やく] September 201836 [やく] September 2018

 

しかし東は、「関西電力が必死で変わ

ろうとする姿に感銘を受け、そこで働く

ことに魅力を感じた」と入社を決意。技

術コンサルティング職として奈良地域で

大口顧客の営業を経験した後、16年から

公共分野を担当している。

プラスαの付加価値を提案

 

東の言葉にもあったように、公共分野

では電気・ガスなどのエネルギー調達も

競争入札が行われている。これまで随意

契約をしていた顧客も入札に切り替え始

めており、「ディフェンディングチャン

ピオンはいない。スタートラインは皆一

緒」の状態だ。

 

そんななか、どうすればライバルに勝

てるのか。一つの答えを得られたのが17

年11月に総合評価方式の入札が公告され

た、京都医療センターだった。

 「電力入札でも商品に付加価値をつけ

られないかというお客さまの言葉をヒン

トに、営業担当者とともに、『電気の料

金単価』に加え『省エネ対策』という付

加価値を提案しました」

 

単なる電気の単価での競争だけでなく、

省エネ対策の効果として目標金額を宣言

したという。

 

公共性の高いお客さまにも付加価値の

ご提案にメリットを実感いただければ、

成功事例として水平展開でき、他の多く

のお客さまにも同様にご採用いただける

──そう考えた東は、入札仕様書に定め

られた調査期間中に足繁く現場に通った。

許可を得て測定器を設置し、測定結果を

もとに試算を繰り返し、提案内容を詰め

続けた。

提案のわかりやすさと誠実さ

 

こうした東の努力は顧客から高い評価

を得た。京都医療センター企画課の龍田

隆寛班長は言う。

 「東さんは本当に熱心で、こちらの要

望にも誠実に応えてくれました。特に感

心したのは提案のわかりやすさ。技術

的・専門的な内容をこんなにわかりやす

く伝えられる人は滅多にいません。東さ

んの言葉どおりに説明すれば誰でも理解

できるので、病院内の合意も取りやすく、

事務局としては非常にありがたかった」

 

そんな評価を聞き、「僕はそんなに器

用ではないので、足繁く通って精一杯や

ってるだけです」と照れくさそうに笑っ

た東は、「落札後、京都医療センターさ

まから設備運用に関する別のご相談もい

ただいています。今回の提案を評価して

くださってのことと感謝しています」と

単価だけじゃない

 

京都市伏見区深草にある独立行政法

人国立病院機構京都医療センターは、

1908(明治41)年に創設された陸軍

病院を前身とし、戦後は国立病院として

機能を拡大、現在は39診療科、600病

床を擁する高度総合医療施設として地域

医療の中核を担っている。

 

2018年2月、この大病院で初めて

総合評価方式の電力入札が実施され、競

合3社を抑えて関西電力が落札した。価

格は各社ほぼ同水準だったが、関西電力

は入札において加点項目となる「省エネ

ルギー対策」という付加価値サービスを

提案。これが評価され、向こう3年間の

契約を手中に収めた。

 「病院に限らず、公共分野では入札に

より電力を調達する場合がありますが、

価格だけでなく、プラスαの付加価値を

求めるお客さまもおられます。京都医療

センターさまへのご提案も、もとは『価

格競争に陥りがちなコモディティ商材に

付加価値をつけることができないか』と

いうお客さまの声がヒントになりました」

巨大企業が変わろうとしている

 

そう話し始めたのは、今回の入札案件

での技術検討・提案を担当した営業本部

法人営業部門エンジニアリンググループ

(公共)の東ひがし

智ともひろ洋。国公立病院や、大

学・研究施設、府市庁舎から裁判所まで、

公共分野のお客さまに対して、営業担当

者と一体となって、ソリューション営業

を展開する同グループのホープだ。

 

東が入社したのは東日本大震災後の13

年。当時、電力業界は原子力発電所の停

止による需給逼迫と代替燃料費の高騰、

電力システム改革といった課題が山積し、

事業の存続を危ぶむ声さえあった。

エンジニアリンググループの東

京都医療センター京都医療センターの龍田さん(左から2人目)と打ち合わせ

技術コンサルティング職として定期的にエネルギー測定・設備の点検に伺う

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題字 森 詳介(関西電力株式会社 相談役)

『躍』(やく)という誌名は、皆さまとともに「躍進」「飛躍」していきたい、また皆さまにとって「心躍る」広報誌でありたい、との思いを込めて名づけました。

編集後記ほんの少し景気が上向いてきた感のある昨今、追い風に乗って、経済・産業の持続的な成長・発展が望まれます。今号のテーマは「産業発展と競争戦略」です。町田徹さん、川口盛之助さん、秋山咲恵さんにお集まりいただいた[鼎談]では、バブル経済崩壊以降、GAFAのような急成長企業を生み出せていない日本の現状に言及しつつ、今後の戦略と課題へと議論を展開。続く[オピニオン]では、「日本の産業」「競争戦略」「関西経済」の各面から産業競争力への視点について識者・専門家に提言をいただきました。そうしたなか関西では、新産業創出への新たな動きも出ています。

[旬発NIPPON]では、大阪・中之島で再生医療の臨床研究から産業化までの一貫推進をめざす「未来医療国際拠点」プロジェクトを紹介。[Person]では、社会課題解決をめざす人を増やすべく京都で事業を始めた若き起業家を取材しました。数ある産業の中でエネルギー産業は16年17年の電気とガスの小売全面自由化により顧客獲得競争が激しさを増しています。[かんでんFocus]では、今夏の料金値下げをテコに総合営業で本格攻勢をかける法人営業部門の取り組みについて訊くとともに、[現場力⤴最前線]では、「価格プラスα」の付加価値サービスで法人顧客の懐に飛び込む技術営業職の若者の活動を追いました。秋。僅かに空が高くなり、真紅の曼珠沙華が風にそよぐ季節、新しい『躍』をお届けします。(T)

本誌は植物油インキを使用しています。

『躍』の内容はホームページでもご覧いただけます。 http://www.kepco.co.jp/yaku/

発行●関西電力株式会社 広報室 発行人/松倉克浩 編集人/近藤賀彦〒530-8270 大阪市北区中之島3丁目6番16号 電話06-7501-0240企画/編集●株式会社エム・シー・アンド・ピー

今号の取材は2018年8月10日までに実施したものです。

言葉をつないだ。

関西電力の顔としての技術営業

 

なごやかなやりとりを耳にしていると、

「技術系の人間は専門性は高いがコミュ

ニケーションは苦手」というイメージが

ガラガラと崩れ去る。東自身、お客さま

と接するのが何より楽しい、と顔をほこ

ろばす。

 「社員2万人の中でも、日常的にお客

さまのところに行けるのは営業部門の人

間だけ。こんな顔ですが(笑)、関西電

力の顔として契約に直結する仕事ができ、

会社の収益にも貢献できる。大きなやり

甲斐を感じます」

 

入社動機となった東日本大震災以降の

逆境も、プラスに働いているようだ。

 「例えば新しいアイデアを先輩や上司

に話したとき、『前例がない』と否定さ

れることはほとんどありません。実現す

るにはどうすればいいかとグループ全体

で考える雰囲気があるので、一担当のア

イデアがどんどん具体化され実現に近づ

いていく。そういう環境で仕事ができる

のは幸せなこと。震災や自由化による危

機感がもたらしたメリットではないかと

思います」

取材/高木美栄子 編集/田窪由美子

なくてはならないパートナーに

 

16年の電力小売全面自由化から2年半。

当初は約400社が市場参入を表明し、

大口顧客も含め電力契約の切替えが相次

ぎ、最近は旧一般電気事業者やガス会社

など、地力に勝る大手同士の価格競争が

熾烈化している。

 

こうしたなか、価格オンリーの消耗戦

に歯止めをかけ、付加価値サービスで顧

客とのウィンウィンの関係を営業担当者

と一体となって築くのが、技術コンサル

ティング職に課せられた使命だ。東もま

た、新たな提案機会を貪欲に模索してい

る。

 「京都医療センターさまでは省エネを

セットにしましたが、設備改修や中長期

の更新計画づくりなど、我々のエンジニ

アリング力を生かせるセット提案はまだ

まだあります。電気やガスの単価だけで

なく、サービスで選んでいただける方法

を考え続けたい。そして『関西電力がい

ないと困ってしまう』とお客さまに言わ

れるような、なくてはならないパートナ

ーをめざしたい」

 

技術営業を「天職かもしれない」と笑

う若者の挑戦は、これからも続く。

2025年国際博覧会を大阪・関西へ

37[やく] September 2018

お客さまの要望に応える東

入念に点検を行う