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ISSN 1346-9029 研究レポート No.428 February 2016 立法過程のオープン化に関する研究 -Open Legislation の提案- 主席研究員 榎並 利博

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ISSN 1346-9029

研究レポート

No.428 February 2016

立法過程のオープン化に関する研究

-Open Legislationの提案-

主席研究員 榎並 利博

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要旨

社会における従来とは異なる様々な問題を解決したり、新しい技術を社会で有効に活用

したりするためには、従来の社会制度、特に法律を新しい仕組みや技術に合ったかたちへと

迅速に変革していく必要がある。そのためには、IT を有効に活用することで、立法過程を

国民によりオープンにしていく必要があるだろう。前研究(研究レポート№419)では、オ

ープンガバメントの 3原則(透明性、参加、協働)を参考に、立法過程の「透明性と参加」

における IT活用を対象として、オープンコーディングの提案を行った。

本研究は、前研究で課題として残っていた政府と国民との「立法の協働作業」における IT

活用について考察するとともに、立法過程のオープン化という視点から全体を捉え直し、諸

外国の立法過程における IT 活用事例を参考に、Open Legislation というコンセプトの下、

ITを活用して立法をオープン化するための施策を提案するものである。

協働における具体的な IT活用については、今後バージョン管理システムが適用できる可

能性が高く、すでに米国の政策議論においてその萌芽的な事例が出現している。また、諸外

国における立法過程の事例では、Visualization(視覚化)やオープンデータの取組みが行わ

れており、立法をオープン化するための IT活用が我が国に比べて著しく進展していること

がわかった。

立法過程のオープン化は、マイノリティの包摂という現代的民主主義発展への寄与のみ

ならず、国民の幸福感の増大や経済的優位性の確保、特に専門分野の高度化という点からも

要求されている。今後、人工知能や医療分野などの技術発展において、法曹界以外の専門家

が立法に参加する仕組みが実現しないと国際競争力が失われてしまうだろう。

このような現実を踏まえ、立法過程のオープン化・IT 化に後れを取っている我が国にお

いて、下記の Open Legislationというコンセプトおよびその具体的施策を提言する。

① Accessible(アクセスできること)

誰でも、いつでも、無料で、容易に法令にアクセスできる。さらに、バージョン管理

された法令によって、ある時点において有効であった法令にアクセスできる。

② Understandable(理解できること)

誰でも、法令に書かれていることが平易に理解できる。外国語に翻訳しやすい平易な

現代語や一般的な用語法を使い、用語の意味や参照条文についてはその場で参照できる

ような補助機能を備える。

③ Discussable(議論できること)

誰でも、ある法令の制定や改正について、その最新状況を知ることができると同時に、

修正意見などを提出したり、議論ができる。

キーワード:法律、立法、Open Legislation、GitHub、バージョン管理システム、Visualization、

視覚化、オープンデータ

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目次

1.研究の背景・目的と研究の枠組みについて

1.1 研究の背景・目的

1.2 前研究の整理

1.3 本研究の枠組み

2.立法における協働について

2.1 現状の立法過程への参加

2.2 法改正の現状と総務省の e-LAWS

2.3 Gitと GitHubについて

2.3.1 Git/GitHubとは何か

2.3.2 GitHubの適用性検証

2.3.3 公共分野の海外事例

2.3.4 公共分野の国内事例

3.立法のオープン化について

3.1 インターネットと民主主義

3.2 Visualization(視覚化)

3.2.1 ニューヨーク州上院議院

3.2.2 LA FABRIQUE DE LA LOI(法のファクトリー)

3.3 オープンデータ

3.3.1 米国連邦議会

3.3.2 Data Transparency Coalition

3.3.3 Open Knowledge Foundation

3.3.4 サンフランシスコ Open Lawイニシアティブ

3.3.5 フランス Open Law Association

3.4 協働化

3.4.1 GitHubを立法過程に応用するアイデア

3.4.2 カナダの著作権法案の提案

3.4.3 米国連邦政府における議員のプルリクエスト

4.立法のオープン化の意義について

4.1 民主主義の現代的視点から

4.2 民主主義とは異なる視点から

4.3 専門分野の高度化

4.3.1 現状起きている問題

4.3.2 今後起きるであろう問題

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5.オープンな立法を目指して

5.1 提案の必要性と変革の意義

5.2 Open Legislationの提案

参考文献

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1.研究の背景・目的と研究の枠組みについて

1.1 研究の背景・目的

本研究は、榎並(2015)(以下、前研究という)を下敷きとして、課題として残された「協働」

について研究を進めるとともに、立法のオープン化という視点から立法過程を新たに捉え

直し、立法の今後のあるべき姿を提案するものである。研究の背景と目的については前研究

レポートと重複する部分もあるが、簡潔に再掲しておく。

グローバルな経済環境や人口構造の変化など、さまざまな要因に伴ってこの社会にはい

ろいろな問題が持ち上がってくる。人々が安心して生活できるよう、社会的な課題に取組み

問題を解決していくためには、迅速な法律や制度の整備が必要になることは言うまでもな

い。これは IT のような新たな技術が登場する場面でも同じである。

筆者の長年にわたる研究テーマは、「IT という技術の社会的な利益を最大化するために、

我々はどのように IT を活用していくべきか」というものだが、図らずもそこで取扱うこと

になった対象は技術ではなく、旧態依然とした法律であった。IT 基本法(高度情報通信ネッ

トワーク社会形成基本法)や地方分権一括法(地方分権の推進を図るための関係法律の整備

等に関する法律)をはじめとして、住民基本台帳法の改正、外国人登録法の廃止、マイナン

バー法(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律)の制定

など、技術の社会的な利益を最大化するためには、法律や制度を技術に合ったかたちに制

定・改正・廃止しなければならなかったのである。

IT に限らず今後新たな技術やイノベーションが登場すれば、従来の法制度を解釈し直す

だけでなく、法制度そのものを作り直していく必要性に迫られる。新技術やイノベーション

に対応したかたちで法制度が迅速に改正できなくては、今後の我が国の産業発展の行方も

危ぶまれる。しかし、現実に法律を扱ってみると、次のような問題が立ちはだかってくる。

・ 法律の制定や改正が頻繁に起こると同時に、法律が相互に複雑に絡み合い、法律の関係

性が(技術者を含む)一般国民にとってわかりづらい。

・ 法律の条文が独特なルールで記述されているため、(技術者を含む)一般国民にとってわ

かりづらい。

これは民主主義の観点から見て大きな問題であるだけでなく、変化の激しい現代社会に

おいて社会的問題を迅速に解決していくうえでの問題であり、このような立法上の問題を

まず解決していかなくてはならない。特に、グローバル化や高齢化、新たな技術の波に晒さ

れる将来の世代にとって、より効率的な立法という社会基盤を実現することは大きな意義

があるだろう。

このような問題意識のもと、IT を前提とした「新たな立法環境」という社会基盤の実現

可能性を示すことが本研究の目的である。期待効果として、法律の条文や立法環境が改善さ

れ、法制度の再解釈や改正作業が効率的に行われることで、多くの社会的問題が迅速に解決

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されるとともに、新技術の迅速な適用によって社会に利益がもたらされ、我が国の人々の生

活を安定化し、技術開発やイノベーションを強力に推し進めることになるだろう。

1.2 前研究の整理

前研究の成果として、次のようなことが明らかとなった。

近年、法律の制定や改正において「立法爆発」という現象が起きており、法律の複雑さ

はこれまでにない「スパゲティ状態」となっている。

その証左として、2004 年頃から法律の改正ミスの内容が深刻なものになってきている

と同時に、法律の専門家だけでは対処しきれない事象が生じている。

このような状況を改善するため、法令工学など法令文書を IT で取扱う研究についても調

査したが、技術だけでは対処できない現実があることがわかった。

そこで、電子政府の世界的な潮流であるオープンガバメントの考え方を参考に立法爆発

を捉え直し、解決するための方法について検討を行った。その結論として、透明性・参加・

協働という基本理念の下で、多くの人や機械が法律の制定や改正に関わり、かつ促進させる

ことができるような社会基盤である「オープンコーディング」という考え方を提唱した。

下記がオープンコーディングの原則であり、オープンコーディング規約については実際

のマイナンバー法に適用し、その適用結果を検証することでオープンコーディングの可能

性の大きさを提示した。

① 法令文書の原本は電子ファイルとし、インターネットを介して法令提供データベー

スで提供する法律を原本とすること。

② 法令文書のバージョン管理を行い、現時点および過去のある時点での法律を即時に

提供できるようにすること。年の記述については和暦ではなく、西暦を使うこと。

③ 法令文書の書式は横書きとすること、漢文調の片仮名・文語体を平仮名・口語体に書

き直すこと、簡潔に記述すること。

④ 法令文書の書式は、オープンコーディング規約に則ること。

⑤ 法令文書の制定・改正について、国民が参加できる協働立法作業環境を提供するこ

と。

前研究ではこのオープンコーディング原則の①から④について具体的に提示したものの、

最後の「⑤法令文書の制定・改正について、国民が参加できる協働立法作業環境を提供する

こと」については今後の課題としておいた。

本研究ではこの「協働立法作業環境」という課題に取組むとともに、オープンガバメント

という視点ではなく、立法そのものに焦点を当てて「立法過程のオープン化」という視点か

ら捉え直し、国民と法律との関係性における立法の理想的な姿を提言したい。

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1.3 本研究の枠組み

本研究にあたっては、次のステップを踏んで進めていった。

第 1 ステップ

課題としていた「立法の協働作業環境」について、現在の状況を把握するとともに、現在

の取組み内容について確認する。さらに、前研究ではコンセプトとして提示するのみであっ

た「ソーシャルコーディング」について、具体的なツールを実装してその適用可能性につい

て検証する。

第 2 ステップ

法律と国民との関係という視点から、「立法のオープン化」について海外の最新動向を調

査する。海外の動向を取扱った理由は、近年の我が国の立法学の集大成ともいえる研究者の

共同論集『立法学のフロンティア』(全 3 巻、ナカニシヤ出版、2014 年 7 月)において立法

のオープン化や IT についてまったく言及されておらず、さらに一部自治体の議会でオープ

ンデータの取組みが見られるものの、我が国は海外の議会などに比較して立法のオープン

化でかなり後れを取っているからである。同様なことは、法と IT との関係について全体像

を整理した指宿(2010)でも指摘されている。

特に海外では、法律は著作権法で保護されない社会の共有財産であるだけでなく、法律は

オープンソースやオープンデータであるという新たな捉え方も出てきており、我が国の立

法環境に大きな影響を与えると考えられる。なお、これらの事例はここ 2~3 年内に起きて

いるものが多く、事例を分析した研究論文や書籍も見当たらないため、インターネットを活

用した情報収集が多いことを断っておく。

第 3 ステップ

立法のオープン化について、その現代的意義と必要性について考察する。単に、民主主義

の発展という大義名分だけでなく、国民の幸福感や経済的優位性などについても考察を加

える。そして、特に重要な問題として、マイナンバーや人工知能と法制度の問題など専門分

野の高度化という視点から、オープン化が必要に迫られていることについて考察していく。

第 4 ステップ

前研究におけるオープンガバメントの「透明性」と「参加」、第 1 ステップの「協働」、第

2 ステップの海外事例調査を踏まえ、第 3 ステップの立法のオープン化という視点から今後

の立法のあり方を示す。この今後の立法のあり方について「Open Legislation」という考え

方を提案し、その具体的な方策についても提示したい。

本研究の用語の使い方であるが、法律という言葉は条文を指す場合と、立法(法律の制定)

を指す場合があることに留意いただきたい。

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2.立法における協働について

本章では、立法における「協働」を対象として、現在の協働の枠組みや総務省における取

組みを整理するとともに、「ソーシャルコーディング」の考え方をツールとして表現した

Git/GitHub について実装し、その可能性について検証する。

2.1 現状の立法過程への参加

国民が立法過程に直接参加する方法としては、国会(衆議院・参議院)への請願・陳情があ

る。しかし、国政に対する要望を直接述べることはできるものの、法律の条文に対して直接

議論するなどのやり取りはできない。基本的には、政府または議員が提出した法案について

国民の代表である国会議員が委員会等で議論を行い、採決を行うことで法案が成立または

否決されることになる。衆議院や参議院は、国民に対して法律案や審査経過についての情報

を提供するだけであり、法案に対して国民に意見を求めるような仕組みにはなっていない。

法律によっては、法案を作成する前提となる要綱、大綱、そして法案についてパブリック

コメントに付される場合がある。このパブリックコメント制度は、2005 年 6 月の行政手続

法の改正により法制化されたものであり、目的は「事前に、広く一般から意見を募り、その

意見を考慮することにより、行政運営の公正さの確保と透明性の向上を図り、国民の権利利

益の保護に役立てること」とされている。

図表 1 パブリックコメント制度の対象

パブリックコメント制度の対象

政令 憲法及び法律の規定を実施するために内閣が制定する命令

府省令 各府省の大臣が、主任の行政事務について制定する命令

処分の要件を定める

告示

国の行政機関が決定した事項等を広く一般に知らせるためのもの

のうち、処分の要件を定めるもの

審査基準 申請に対して許可等をするかどうかを法令の規定に従って判断す

るために必要な具体的な基準

処分基準 不利益処分をするかどうか、どのような不利益処分とするかにつ

いて法令の規定に従って判断するために必要な具体的な基準

行政指導指針 同一の行政目的を実現するため一定の条件に該当する複数の者に

対し行政指導をしようとする際に各行政指導に共通する内容

(出所 http://www.e-gov.go.jp/help/public_comment/about_pb.html)

しかし、このパブリックコメント制度の対象は図表 1 に示す通り政令・府省令などであ

り、法律は対象となっていない。つまり、要綱、大綱、法案に関するパブリックコメントは

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行政手続法に基づかない「任意」のものであり、国民は法律が成立した後に政令や府省令な

どについて意見を提出できるに過ぎない。

そして、パブリックコメント制度の課題について、国民生活審議会は次のように指摘して

いる。

<課題1>

方向性:一般の消費者・生活者でも何に対して意見を求められているかを理解できるよう

・ 事業者及び担当省庁は反復継続的にその分野に関わっている一方、消費者・生活者は

知識・情報・時間などで劣位。両者には情報力の格差が存在。

→ 情報格差を埋めた形で制度設計しなければ、政策形成過程において、消費者・生活者

の真の意見を汲み取れない。

<課題2>

方向性:消費者・生活者の声を代表する人から意見を必ず聞くように

・ 意見募集件数が多い上、内容も分かりにくい。

→ 意見募集の公示以外に積極的に消費者・生活者の声を反映しようという工夫が見られ

ず、制度が形骸化。

(出所 「意見募集(パブリック・コメント)のあり方について」第 21次国民生活審議

会総合企画部会第 3回資料 2008年1月 28日)

これは消費者・生活者という立場からの指摘であるが、事業者という立場からも同様であ

る。政府政策担当と密接な関係を持っていなければ、事業者とて知識や情報において劣位に

置かれ、事業者としての声を反映することができない。パブリックコメント制度は国民の意

見を反映するという主旨の制度であるが、国民生活審議会は「反映しようという意識が無い

から工夫もせず、制度が形骸化している」と指摘している。

この指摘から 7年が経過しても、事態は何ら変わっていないようである。河野太郎自民党

衆議院議員は、パブリックコメントの形骸化について次のように指摘する。

昨日、自民党の行革推進本部からパブコメに関する行政手続法違反の横行について各

省庁に報告を求めたばかりだが、昨日の今日でパブコメの形骸化を表すような出来事が

起きた。

電力会社による再生可能エネルギーの接続保留問題を受けて、経産省が固定価格買い

取り制度に関する省令改正のためのパブコメをやっている。

そのパブコメの締め切りが 1 月 9 日午後 5 時。そして今日の自民党の再生可能エネル

ギーに関する委員会の席上で、省令改正を 1月 13日にやると経産省がのたもうた。

金曜日の 5時にパブコメを締め切って、3連休明けに省令改正をやりますというのは、経

産省はパブコメは無視しますというのに等しい。改正するという内容も支離滅裂だが、改

正のための手続きも法律違反だ。行革推進本部として、こういう日程は受け入れられない

と強く主張する。

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(出所 河野太郎「形骸化するパブコメ」2015年 01月 10日投稿、「河野太郎公式ブログ

ごまめの歯ぎしり」2015 年 1 月 9 日より転載、http://www.huffingtonpost.jp/taro-

kono/public-comment_b_6447174.html)

政府として国民の声を立法過程に反映させようという意思が無いため、電子政府の総合

窓口 e-Govのパブリックコメントのページ(図表 2)を見ても、パブリックコメントについ

て情報がわかりやすく提供されているとは言えない状況にある。

例えば、2015 年 11 月 26 日時点のパブリックコメント意見募集中案件は全部で 149 件あ

った。マイナンバー法関係のパブリックコメントをチェックするため、「マイナンバー」と

いうキーワードで絞り込みをすると「【案件番号:495150221】 雇用保険法施行規則の一部

を改正する省令案に関する御意見の募集について」という 1件だけが表示された。しかし、

「個人番号」で検索すると 16件が該当し、そのうちマイナンバー法関係のパブリックコメ

ントは 15件が該当していた。

このように、絞り込み検索機能はあるものの省庁別・行政分野分類別や「行政手続法によ

るもの」あるいは「任意」など、政府側にとって都合のよい分類になっているだけであり、

国民がパブリックコメントを提出するためにわかりやすい分類を提示しているとは思えな

い。また、いつどのようなパブリックコメント案件が提出されるのか、まったくわからない。

これでは特定分野の専門家がパブリックコメントを提出しようとしても、チェックの方法

がないだろう。

図表 2 電子政府の総合窓口 e-Govのパブリックコメントのページ

(出所 http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public)

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2.2 法改正の現状と総務省の e-LAWS

次に、法律の改正についての現状と総務省の新たな取組みについて概観してみたい。新し

い法律を制定する場合、内閣提出法案では通常有識者から構成される検討委員会が設置さ

れ、要綱や大綱をまとめて所管の省庁が法案の作成に入る。要綱案や大綱案が公表され、国

民の意見を求めることもあるが、一般的には新しい法案の条文作成そのものに国民が参加

することは難しい。もう少し現実的に、すでに運用されている法律の改正について、改正の

主旨に従って国民が協働して条文の修正・追加・削除などの議論をしていくことについて考

えてみたい。

まず、現状の法改正について確認するが、前研究で紹介したように内閣法制局では法令審

査支援システムを稼働させている。このシステムは法令(案)を施行日ごとに管理できると

ともに、改め文を改正対象法令に溶け込ませ、法令名称・法令番号、条項号などの表記ミス

等のチェックも行っている。

一方、総務省行政管理局では、法制関係の事務を自動化する e-LAWS というシステムを

開発中である。開発の背景として、残業をなくして女性が働けるよう、法制執務業務を効率

化すべきというワークライフバランスの考え方があったからだという。現在開発途上にあ

り、2016 年 10 月の本格運用を目指している。

e-LAWS の概要を図表 3 に示す。まず、法令データベースから改正対象法令を特定し、新

旧対照表形式(新旧とも同じ内容)でダウンロードする。そして改正個所に傍線を引き、新

の部分に改正内容を入力して、新旧対照表を作成する。その新旧対照表を改め文作成補助シ

ステムにアップロードして、自動的に改め文を作成するというものである。

e-LAWS はここまでの機能であるが、この後に改め文を内閣法制局の法令審査支援シス

テムに送り込む。法令審査支援システムは、改め文の形式チェックや溶け込みチェック等を

行い、溶け込み後の新条文を作成する。そして新旧対照表とチェックするという、いわば e-

LAWS と法令審査支援システムが相互にチェックし、法令文書の誤りを検出する仕組みと

なっている。しかし、やはり完全な自動化はできず、表形式などの処理の課題を残している

という。

このように法改正の作業を効率化するための IT 活用に取組んでいるものの、あくまでも

政府内部での効率化が目的であり、IT 活用を機に法改正のプロセス自体を抜本的に改革し

ようという意識は見られない。

例えば、なぜ改め文と新旧対照表の両者が必要なのか。改め文を読んだところでその意味

は理解できず、必ず新旧対照表が必要となる。それなら新旧対照表だけで済むはずであるが、

そうなると紙の量が膨大なものになるという。確かに紙の時代であれば、審議のたびに膨大

な紙を運搬するのが大変だという事情もあったであろう。しかし、現代は電子情報の時代で

ある。どのような膨大な法改正であろうが、タブレット端末一つあれば十分である。「改正

主旨をまとめた文書と新旧対照表」があれば事足り、わざわざ改め文を旧条文に溶け込ませ

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て、新条文が正しいかどうかをチェックするような無駄もなくなるだろう。

また、「改正主旨をまとめた文書と新旧対照表」があれば、一般国民でもどのような主旨

で何が変更されるのか理解することができるだろう。衆議院や参議院のホームページでは

議案情報を提供しているが、ここで提供されているのは改め文だけである。改め文だけで理

解できるのは元の条文を熟知している者に限られ、一般国民が理解できるとは到底思えな

い。

図表 3 e-LAWS の開発(総務省)

(出所 http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/summerstyle/suisin/siryou4.pdf)

2.3 Git と GitHub について

2.3.1 Git/GitHub とは何か

前研究において取上げた「ソーシャルコーディング」の考え方について再掲しておく。ソ

フトウェアの開発においてはコードの修正が宿命とも言え、バグの修正だけでなく、機能追

加によるコードの修正やソフト環境の変更によるコードの修正などもたびたび発生する。

複数のプログラマが同じモジュールを修正することもあり、少人数のプロジェクトであれ

ば相互のコミュニケーションで調整できるが、大規模な開発になるとライブラリアンを配

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置して、ライブラリの管理やモジュールの払出し管理などを行わなければならない。

オープンソースの世界では、世界中の誰もがソースコードを開発して公開するだけでな

く、誰もが自由に変更することができる。そこにおける相互の変更の整合性を自動的にコン

トロールするソフトがバージョン管理システムである。このシステムは、ソースコードのバ

ージョン管理だけでなく、誰もが自由にソースコードを改変でき、さらにオリジナル開発者

と改変するプログラマがコミュニケーションできる機能も持っている。

バージョン管理システムはいくつかあるが、図表 4 に示すように最近では集中型システ

ムである CVS (Concurrent Versions System)や Subversion から、分散型システムの Git

へと主流が変わりつつある。集中型システムは、アクセス集中によるサーバー接続不可や、

サーバーの故障等によるサービス一斉停止などが起きた場合に、不都合が大きいからだと

いう。

図表 4 バージョン管理システムの動向

(出所 Google のトレンド検索結果チャート)

Git とは、資源(プログラムや文書)に対して、「誰が」、「いつ」、「何を変更したか」とい

った情報を記録し、過去のある時点の状態を復元したり、変更内容の差分を表示できるシス

テムである。もともと Linux の開発時に Linux のソースコードを効果的に管理するために

開発された、比較的新しいバージョン管理システムである。Linux の開発では非常に多くの

プログラムファイルを扱うため、正確かつ高速にファイルの変更履歴管理が行えるよう工

夫されている。そして、Git の仕組みを利用して、世界中の人々が自分の作品(プログラムコ

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ードやデザインデータ等)を保存・公開できるようにした Web サービスの名称が GitHub で

ある。GitHub 社が運営しており、個人・企業問わず無料で利用できる代わりに、登録した

資産については全て公開される。ただし、有料サービスを選択すれば、限定されたユーザだ

けで、プライベートに資産を管理することができる。

一般的に、法律の条文や会社の規程など、変更を加えながら長期間利用する文書の変更履

歴を管理しようとすると、簡単な方法として「ファイル名で管理」する。変更する前にファ

イルをコピーし、ファイル名に日付や変更者の名前等を付け、いつ、誰が変更したファイル

であるかをわかるようにしておく。しかしこの方法では、ファイル名の付与規則を組織で共

有し順守しなければならない。また、変更箇所を確認するためには、変更前のファイルを探

し、変更後のファイルと目視で比較しなければならず、大きな労力がかかると同時に、誤り

の発生も多くなる。さらに、組織内で複数名が同時に変更を行う場合、先に変更した人の変

更内容が消える(上書きされてしまう)というリスクも発生する。バージョン管理システム

は、このような問題解決のために開発された電子ファイルの変更履歴管理システムといえ

る。バージョン管理システムの代表的な機能としては、最新原本の取得、原本への変更の反

映、最新原本の維持と変更履歴の管理、変更作業における競合の解決、誤った変更の修復が

ある。

2.3.2 GitHub の適用可能性

この Git/GitHub を使って文書の変更作業を行い、協働作業の可能性を探ってみた。もと

もとバージョン管理システムはプログラマが利用するツールであり、コマンドベースでコ

ントロールするものであった。しかし、最近では GUI(Graphical User Interface)ツールが

出現し、コマンドを使わなくても画面上の操作で使えるようになっている。代表的なものと

して、Tortoise Git、Git for Windows、GitHub for Windows がある。

基本的な操作を図表 5 で示す。最新の原本は、リモートリポジトリという共有書棚で管

理されている。これを変更する場合、原本と同じものを自分専用書棚であるローカルリポジ

トリに複写(クローン)する。A さんはこのローカルリポジトリを使って文書の変更を行う

が、変更の作業中においてはローカルリポジトリの写本は変更されない。変更完了(コミッ

ト)を宣言して、ローカルリポジトリの写本の内容が変更される。

ローカルリポジトリにおいて変更作業がすべて完了したら、その内容をリモートリボジ

トリへ反映(プッシュ)することができる。このとき、すでに B さんがリモートリボジト

リの原本を変更していると「競合」が発生し、その状況を解決しなければ反映することがで

きない。

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図表 5 Git の基本操作

(出所 筆者作成)

これが簡単な操作の仕組みであるが、GitHub になると GitHub の Web サイトに変更グ

ループごとのリモートリポジトリが設置され、もっと大規模な組織による変更作業が可能

となる。図表 6 は Word 文書を変更した時の表示(Tortoise Git が Word の文書比較機能を

呼び出して表示)であるが、右上の枠内には旧文書が表示され、右下の枠内には新文書が表

示され、中央に比較した結果が表示される。表形式であっても、どの部分が変更されたかが

明確に示される。

このようにツールの有効性は確認できたが、課題も明らかとなった。まず、GUI ツール

が提供されているとはいえ、一般人には各操作の概念理解が難しく、使いづらいことがあげ

られる。また、操作中にエラーなどが発生した場合、GitHub に詳しい管理者が必要となる。

Windows Plugin を使うことで Word、Excel、Powerpoint などのファイルも扱うことがで

きるが、変更がファイル単位になるため部分的な修正でも競合が発生してしまう。Text フ

ァイルを使えばそのような問題は解消できるが、法令文書には表形式も含まれるため、今ひ

とつ機能の向上が望まれる。

さらに、Git/GitHub の特徴として、Linux 開発用のため大規模なプログラマ集団の管理

や多層管理が可能となっており、修正ミスが発生しても拡大させずに復元できるといった

豊富な機能を持っている。そのため、使いこなすには管理者も利用者もかなりのスキルを必

要とする。つまり、一般的な使い方をするためには、管理者が機能を絞り込み、運用ルール

を決めたうえで使わせる必要がある。

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図表 6 Word 文書の変更

(出所 筆者作成)

このように、バージョン管理システムがプログラマ用ツールから汎用ツールへ進化中と

はいえ、課題が多く残っている。しかし、バージョン管理システムの機能をそぎ落とし、一

般的な概念で文書が扱えるツールを開発すれば、一般人でも十分使いこなすことができる

だろう。法令文書の条文だけでなく、計画書やガイドラインの変更など、公共分野における

協働作業環境として、大きな可能性を持っている。

2.3.3 公共分野の海外事例

この Git/GitHub などバージョン管理システムの利用について、海外の公共分野における

動向を確認しておく。Fretwell(2014)によれば、米国連邦政府がバージョン管理システムを

導入した事例は、2009 年の国防総省が最初である。ただし、それはコードを統一的に管理

する目的ではなく、技術的な観点から独自のシステムとして導入したに過ぎない。本格的な

バージョン管理システムの導入は、2012 年 5 月に連邦政府 CIO がオバマ政権の”Digital

Government Strategy”の実現に向け、政府機関にオープンソース・コミュニティに参加す

るよう求めたことに始まる。

ここから連邦政府は GitHub を利用し始めることになる。現在では 300以上の政府機関、

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市(シカゴ、フィラデルフィア、サンフランシスコ)、州(ニューヨーク、ワシントン、ユ

タ)、外国(イギリス、オーストラリア)がこのプラットフォームを利用して、コードを共

有し、市民とのコラボレーションへと進んでいるという。ただし、いずれもプログラムのソ

ースコードをオープンなバージョン管理システムで扱うという範囲である。

2014 年になると、プログラムのソースコードだけでなく、政府の文書や法律などにもバ

ージョン管理システムを適用していく事例が増えてくる。McMillan(2014)の報告によれば、

米国連邦政府において、GitHub のプルリクエストを使ってオープンデータプロジェクトの

政策資料を変更するという事例が発生した。この資料は、連邦政府行政予算管理局(OMB)が

各機関に対して、保有するデータへのアクセスをどのように開放するかということについ

て詳しく説明したものである。OMB の CIO シニアアドバイザである Haley Van Dyck が

実際に GitHub を使い、連邦政府の各機関がオープンソースやパブリックドメインのソフ

トウェアについてどのように考えるべきかを明らかにする変更を加えた。図表 7 に示すよ

うに、削除した部分が赤で、追加した部分が緑で明瞭になっている。

立法過程や法律における GitHub の活用事例もあるが、それについては第 3 章でまとめ

て取り上げることにする。

図表 7 GitHub を使用した説明書の修正

(出所

https://github.com/project-open-data/project-open-

data.github.io/pull/317/files?short_path=93fb993)

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2.3.4 公共分野の国内事例

次に我が国における Git/GitHub の公共分野での利用について確認してみたい。2013 年

に日本でも GitHub に法令データをアップロードする試みが行われている。これは「法令

データ提供システム」をクローリングするアプリを作成し、GitHub に日本の法律をアッ

プロードしたものである。ドイツ連邦政府の法律が GitHub にアップロードされたことに

触発されたプログラマが、日本で同じことを試行したものと考えられる。

図表 8 法律のアップロード

(出所 https://github.com/riywo/law.e-gov.go.jp)

小口(2015)の報告によれば、公共分野において GitHub が有名になったきっかけは、一

般社団法人 Code for Kanazawa の 5374.jp(ゴミナシ)というプロジェクトによるところが

大きい。このプロジェクトは、金沢市のゴミの出し方について簡単に理解できる Web アプ

リを開発したもので、金沢市が公開しているゴミ収集リストなどのデータを参照して表示

している。

この 5374.jp のソースコードを GitHub でオープンにしたことから、2014 年以降全国の

自治体で評判となり、今では 82 以上の自治体で展開されている。各自治体ではゴミのデ

ータを入れ替えるだけで使えるだけでなく、他言語への対応を行うようなアプリのローカ

ライズも行っている。

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図表 9 スマホでの 5374 アプリの表示例

(出所 http://www4.city.kanazawa.lg.jp/data/open/cnt/3/20784/1/image.jpg)

このように自治体向けアプリのソースコードを GitHub で公開し、各自治体がローカラ

イズして利用するという場面で GitHub は我が国の公共分野に登場したといえる。

図表 10 GitHub の 5374

(出所 https://github.com/codeforkanazawa-org/5374)

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そのほか、Nonoshita(2015)によれば、和歌山県が 2015 年 2 月に GitHub のアカウント

の運用を試験的に開始している。県内の道路規制や避難先一覧、トイレマップなどを

GitHub で公開しており、GitHub の運用にあたっては Code for Wakayama の協力を得て

いる。現在では、次のようなオープンデータも GitHub で公開されている。

津波浸水想定図(南海トラフ、東海・東南海・南海 3 連動地震)

地価調査・地価公示調査地点地図(平成 27 年度)

地域森林計画対象民有林区域

和歌山県立図書館(本館・紀南分館)の年間貸出ランキング(平成 26 年)

和歌山県内の道路規制情報(2015 年 5 月 11 日時点)

福祉のまちづくりマップに掲載された公共施設一覧

和歌山県内観光地の主な公共トイレ

和歌山県の公共工事等に関する入札結果一覧

また、2015 年 9 月には、神戸市がオープンデータ活用アプリコンテストで GitHub を

利用した。オープンデータが GitHub 上で公開され、プログラマがそれを利用してアプリ

を開発し、コンテストに応募した。全部で 27 件(アプリ部門 14 件、アイデア部門 13

件)の応募があり、11 月 3 日の公開プレゼンテーションで入賞作品が決定した。「トイレ

の神様 in 神戸」などの作品が入賞したが、これらの応募作品は GitHub に掲載される予

定(2016 年 1 月現在)となっている。

このように、日本では一部のプログラマが触発されて法律を GitHub にアップロードし

たという事実はあるが、それ以上に広がりを見せてはいない。むしろ、オープンソースや

オープンデータの観点から、プログラマがソースコードやデータを広く共有する場として

GitHub が利用され始めたという経緯がある。

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3.立法のオープン化について

前章までは、前研究からの流れとしてオープンガバメントの文脈で「立法のオープン化」

について考えた。しかし、行政と立法はそもそも性格が異なり、法律は「コードである」と

捉えられるだけでなく、法律は「著作権法で保護されない共有財産である」という性格も持

っている。つまり、法律は「オープンソースである」あるいは「オープンデータである」と

いう捉え方もできる。

このような捉え方も含めて、「立法本来のオープン化」について考えるため、海外におけ

る立法のオープン化の動向を追ってみる。

3.1 インターネットと民主主義

立法のオープン化や法令文書における ITの利活用がなぜこれまで以上に必要なのかにつ

いて、インターネットと民主主義の観点からの議論を紹介する。

ソーシャルメディア論の研究者である Clay Shirky は、2012 年の TED Conference で

「インターネットが(いつの日か)政治を変える」1という講演を行い、IT が民主主義のあ

り方に影響を与える可能性について述べている。そこでは特に Git のようなバージョン管

理システムを法律に適用することについても言及している。例えば、米国税法の関係性は図

表 11 に示すようにかなり複雑になっており、それはソースコードの関係性と類似している

ため Git でうまく管理できるのではないかという発想である。

図表 11 米国税法の関係性

(出所 Shirky(2012))

1 Shirky(2012)

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その理由は次の 2 つあるという。

法律はソースコードと同様、相互依存関係を持っており、どちらも唯一の正式なバージ

ョンに収れんさせる必要があること。

バージョン管理システムでは、いつ誰がどのような変更を加えたのか、コードの追加

(緑)や削除(赤)がわかるようになっている。民主主義国家では、法律でこのような

機能を提供すべきであるが、実際にはどの国も提供していない。

「民主主義国家は国民の同意の下、税金で法案や修正案を作成している以上、その経緯や

経過についてすべてを国民に明らかにすべきである」という考えを表明しており、民主主義

国家の国民であれば誰でもこの考え方に同意するだろう。

それでは、なぜ立法過程でバージョン管理システムを使わないのか、その理由については

次の図で説明している。法曹関係者と GitHub のアカウントを持つ者との間、換言すれば権

力を持つ者と持たない者という、技術レベルとは異なるバリアがあるからだと指摘してい

る。ただし、このバリアをそのままにしておくことは、民主主義にとって不幸なことではな

いかと説く。

その理由は、民主主義国家であれば透明性を追求することは重要であるが、単に透明性を

追求することは一方通行のオープン化に過ぎず、それだけで満足することは民主主義の本

質ではないということだ。バージョン管理システムという新しい議論のスタイルを取り入

れることができれば、一方通行のオープン化というこれまでの民主主義の文化に影響を与

え、理想的な民主主義が実現できるではないかという指摘である。そして、この大規模分散

型でローコスト、かつ理想的な民主主義との相性も良いシステムをプログラマだけのもの

にしておくのか、それとも社会全体に役立てていくのかと世に問うている。

図表 12 法律にバージョン管理システムを適用する際の非技術的な障害

(出所 Shirky(2012))

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GitHub社のエヴァンジェリストBen Balterは「オープンソースとは協働の哲学であり、

そこではお互いが作業を分担したり、修正したり、議論したりして共通のプロジェクトに貢

献していく」2と述べている。法律というルールを協働で議論しながら作成するという民主

主義の仕組みと、オープンソースをバージョン管理システム上で協働で議論しながら作成

する仕組みは、その思想の観点からも極めて類似しているといえる。

日本では紙の官報のみが法的効力を有するとされているが、海外では新たな動きが出て

きていることにも触れておきたい。国立国会図書館調査及び立法考査局(2013)によれば、EU

理事会が 2013 年 3 月 7 日に EU 官報の電子的刊行に関する規則(216/2013/EU)3を採択

したと報告している。

EU の官報は、1952 年 12 月の創刊以降紙版で刊行されてきたが、1998 年から紙版と並

行して EU の立法(規則、指令、決定等)を電子的に公表してきた。近年の IT の進展によ

り迅速かつ便利な電子版の利用が増える一方で、これまで紙版のみが正式かつ法的効力を

有するものとされていたためそれを改めることとなった。この採択によって、2013 年 7 月

1 日から EU の公式言語で刊行される EU 官報の電子版が、紙版に代わって法的効力を有す

るものとなった。ただし、出版局の情報システムの異常事態で電子版刊行が不可能になった

場合は、紙版が正式かつ法的効力を有するものになると位置付けている。

注目すべきは、このような規則を採択した理由である。理由として、EU 市民がより迅速

にかつ安価に正式な官報にアクセスできることのほかに、障害者の権利を守ることがあげ

られている。紙版では視覚障害のある障害者に情報を伝えることが難しく、民主主義と言い

ながら現状では障害者を排除していることが問題だと捉えられている。電子版であれば、視

覚障害でも音声ブラウザを利用することで健常者と同時に情報を入手することが可能とな

る。これまで排除されていた人たちを IT で取込んでいくことも、理想的な民主主義へ近づ

く一つの方法といえる。

3.2 Visualization(視覚化)

民主主義国家において、法律に関する情報を国民に公開することの重要性については誰

も疑念を挟まないだろう。我が国の衆議院や参議院のホームページにおいても、本会議や委

員会の情報(本会議開会情報、委員会・委員名簿、憲法審査会など)、立法情報(会議録、

議案、審査経過、質問主意書・答弁書、制定法律など)、議員情報(役員等一覧、議員一覧、

会派別議員一覧など)などが公開されている。

しかし、一般国民にとっては法律や国会での議論は難しいものであり、その仕組みや内容

2 Balter(2014)

3 COUNCIL REGULATION (EU) No 216/2013 of 7 March 2013

on the electronic publication of the Official Journal of the European Union

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が良くわからないと敬遠する傾向がある。確かに法律の条文は読みづらいものであるが、自

分の関心のある法案が現在どの過程でどのように審議され、どのように修正されているの

かを追いかけることさえ困難な状況にある。

このような状況を改善し、法律の制定過程をより国民にとって身近なものにするため、国

民にわかりやすく情報提供する努力が必要ではないだろうか。ここでは IT を活用した

Visualization(視覚化)によって、法律の制定過程をより国民にとって身近なものにしようと

いうニューヨーク州上院議院とフランスの事例を紹介する。

3.2.1 ニューヨーク州上院議院

ニューヨーク州上院議院は、そのウェブサイト(図表 13)のトップページで「我が州の

社会的課題について、皆で意見を共有しよう。そして、法案に対して賛成・反対の声を上げ、

我々の声を議会に届けよう」と宣言し、州民にとってわかりやすい情報提供を試みている。

図表 14 では、2015 年の議会活動を数字でわかりやすく表現している。2015 年の法案の

状況について、516 件の法案が法律として成立し、73 件が知事の署名待ち、89 件が拒否権

を発動されたことが示されている。

図表 13 ニューヨーク州上院議院のウェブサイト

(出所 http://www.nysenate.gov/)

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図表 14 数字で見る 2015 年の議会活動

(出所 http://www.nysenate.gov/)

個別の法案について見てみよう。Senate Bill S5718 は「州の全図書館に電子書籍へのア

クセスや貸出を促進する計画策定を教育部門に課す」という法案であり、提出者は Hugh T.

Farley(共和党、第 49 選挙区)、共同提出者は David Carlucci(民主党、第 38 選挙区)と

なっている。

法案をPDF でダウンロードすることができるとともに、法案の現在(2015 年 12 月時点)

の状況について図表 15 のように示されている。この法案は上院に提出され、委員会で審議

され、上院での審議・採決の日程調整に入っていることがわかる。今後の予定としては、上

院および下院で法案が成立した後、知事へ送られ、最終的に知事が署名あるいは拒否権を発

動することになる。

また、法案に関する委員会での採決状況は図表 16 のように示され、ここでは賛成 25 で

可決されている。どの議員が賛成・反対の票を投じたかも公開されており、議員名からそれ

ぞれの議員紹介のページへリンクするようになっている。

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図表 15 Bill S5718 の提出者とその進行状況

(出所 http://www.nysenate.gov/)

図表 16 委員会における採決状況

(出所 http://www.nysenate.gov/)

そして、教育問題に関心があるのであれば、図表 17 に示すように S5718 だけでなく他の

教育関連の法案やその進行状況を一覧で確認することができる。

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図表 17 教育関連法案とその進行状況

(出所 http://www.nysenate.gov/)

その他州民向けサービスとして、アカウントを登録することにより、関心のある法案の追

跡、法案に対する賛成・反対の投票、政策課題や委員会の追跡、請願書への署名、アンケー

トへの回答、上院議員へのメッセージ送付などが可能となっている。さらに、自分用にカス

タマイズしたダッシュボードで関心のあるコンテンツをフォローしたり、選挙区の上院議

員とコミュニケーションできる機能も備わっている。

ニューヨーク州議会上院ではオープンソースやオープンデータの取組みも盛んである。

GitHub 上でオープンソースプロジェクトという公式アカウント(図表 18)を持っており、

ここで Open Legislation というウェブサービスのソースコードや、オープンソースの CRM、

職員が開発したアプリなどを公開している。さらに、Open Legislation の API については、

図表 19 で公開されている。

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図表 18 ニューヨーク州議会上院オープンソースプロジェクト(GitHub)

(出所 https://github.com/nysenate)

図表 19 Open Legislation の API

(出所 https://openlegislation.readthedocs.org/en/latest/#)

3.2.2 LA FABRIQUE DE LA LOI(法のファクトリー)

フランスの NGO である Regards Citoyens4は、2009 年から公共分野におけるオープン

データ原則を推進するとともに、2010 年から透明性を求めるロビー活動を行っている団体

である。その一環として 2011 年、Regards Citoyens と研究所である médialab と Centre

4 Regards Citoyens(2014)

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d’études européennes が共同で LA FABRIQUE DE LA LOI(法のファクトリー)というプロ

ジェクトを開始した。この事例は Visualization(視覚化)の機能を活用したかなり野心的な

取組みであり、国民にわかりやすい情報提供を行うための一つの参考となるだろう。

このウェブサイトは、法律という製品を生産する工場を案内するように、法律が制定され

るまでの過程を国民に視覚的にわかりやすく理解してもらおうという主旨で構築されてい

る。

図表 20 がそのウェブサイトであるが、冒頭のページには下記のように記述されている。

国会議員は本当に法律を作っているのでしょうか?

法のファクトリーで、議会手続きについて、法律がどのように進化していくかを説明しま

しょう!

「290 以上の法律を検索」

最初にこのサイトがリリースされたのは 2014 年 5 月 28 日であり、2010 年以降の 290

の法律が検索でき、これらの法律はバージョン管理されたテキストとして Git のリポジト

リで公開された。

図表 20 LA FABRIQUE DE LA LOI のウェブサイト

(出所 https://www.lafabriquedelaloi.fr/)

一つの例として、Tarification de l'énergie(エネルギーの価格決定に関する法律)を取上

げ、その表現方法を紹介する。

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① 法律の成立過程

図表 21 に示すように、時系列で表現されたバーでこの法案の審議状況や成立までの過程

が表現されている。バーの各段階を示す色は、国民議会の審議、議会中断、上院での審議な

どを意味しており、各段階へカーソルを置くとその段階・期間・内容が表示される。

Tarification de l'énergie の場合は、国民議会での修正と上院での否決を 2 回繰り返したの

ち、憲法制定国民議会で部分的に承認され、公布されていることがわかる。その過程を整理

すると、図表 22 のようになる。

図表 21 法律の制定過程

(出所 https://www.lafabriquedelaloi.fr/)

また、図表 21 の右側のフレーム内には Tarification de l'énergie の提出から成立までの

全体像が示され、提案から成立までの期間は 2012 年 9 月 6 日から 2013 年 4 月 15 日、修

正の提案が 839 件、そのうち採用されたものが 25%、法案に対する変更は全体の 94%にお

よび法律の全体ボリュームは当初法案の 453%にまで増加していることが示されている。ま

た、審議において討論されたワード数は 70,400 件ということも公開されている。

そのほかの表現方法として、各法案を並べて成立までの期間やどの段階での審議が長か

ったのかなどの分析も可能となる。

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図表 22 Tarification de l'énergie の立法過程

各段階 期間 内容

国民議会 06/09/2012 → 04/10/2012 479 項目を修正

議会中断

上院 16/10/2012 → 08/11/2012 否決

国民議会 31/10/2012 → 17/01/2013 218 項目を修正

議会中断

上院 06/02/2012 → 14/02/2012 否決 142 項目の修正

議会中断

国民議会本会議 27/02/2013 → 11/03/2013

議会中断

憲法制定国民議会 11/04/2013 一部決定

公布 15/04/2013

(出所 https://www.lafabriquedelaloi.fr/ より筆者作成)

② 法案内容の変遷

次に、図表 21 の右のフレーム内にある「Explorer les articles」をクリックすると、その

法案の条文の追加・削除といった変遷の過程を図で確認することができる。

図表 23 法案の変遷

(出所 https://www.lafabriquedelaloi.fr/)

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たとえば、図表 23 で法案の条文の変遷を確認すると、Titre1 は Article1~2 だったのが

Article1~6 まで増加している。また、Titre2 は Article3~6 だったのが Article 7~29 へと

大幅に内容が増えていることがわかる。

そして、Article4 については最初の国民議会本会議で 44.33%が修正されており、その内

容が図表 23 の右フレーム内(下記の枠内に転載)に表示される。それまで 826 ワードだっ

た法案が 1218 ワードに増加していることがわかると同時に、緑が追加された部分、赤が削

除された部分として表示される。

Article 4

Titre 2 : Mesures d'accompagnement

1ère Lecture ⋅ Assemblée ⋅ Hémicyle

Explorer les amendements

•I. - L'article L. 122-1 du code de l'énergie est ainsi modifié :

•1° ° Au premier alinéa, après le mot : "fournisseurs", sont insérés les mots : "ou les

gestionnaires de réseau de distribution ;

•2° Au deuxième alinéa, les mots : "l'exécution des contrats " ;

•2° Le deuxième alinéa est ainsi modifié :

•a) Les mots : "mentionnés à la section 12 du chapitre Ier du titre II du livre Ier du code

de la consommation ou aux articles L. 332-2 et L. 442-2 du présent code et qui ont" sont

remplacés par les mots : "la formation ou de l'exécution des contrats conclus par un

consommateur non professionnel ou par un consommateur professionnel appartenant à la

catégorie des microentreprises mentionnée à l'article 51 de la loi n° 2008-776 du 4 août

2008 de modernisation de l'économie. Ces contrats doivent avoir" ;

•3° Au deuxième alinéa, après le mot : "fournisseur", sont insérés les mots : "ou du

distributeur"b) Après le mot : "fournisseur", sont insérés les mots : "ou du distributeur" ;

•3° Après le deuxième alinéa, il est inséré un alinéa ainsi rédigé :

•"Il peut aussi être saisi par les consommateurs domestiques en application de l'article L.

230-13-1."

•II. - L'article L. 122-5 du même code est ainsi modifié :

•1° Après la deuxième phrase du premier alinéa, est insérée une phrase ainsi rédigée :

•"Il est couvert, pour moitié, par une part du produit de la contribution mentionnée à

l'article L. 121-10 et par une part du produit de la contribution mentionnée à l'article L.

121-37." ;

(以下、省略)

また、図表 23 の左フレーム内の全体像は図表 24 のようになっており、Titre1 と Titre2

から構成される法案がどのような姿に変遷していったのかが視覚的に理解できるようにな

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29

っている。それぞれの各過程において、条文の追加が緑、削除が赤で示され、ピンク色のバ

ーは法案が否決されたことを示している。

図表 24 法案の変遷(全体像)

(出所 https://www.lafabriquedelaloi.fr/)

さらに、この図表 23 の法案の変遷を示すページから、オープンデータ(図表 25)、Dossier

Sénat(上院の記録)(図表 26)、Dossier Assemblée(国民議会の記録)(図表 27)へとリ

ンクしている。

例えば、オープンデータ(図表 25)では、エネルギーの価格決定に関する法律案につい

てのデータ(Les données du proposition de loi visant à préparer la transition vers un

système énergétique sobre(低エネルギーシステムへの移行の準備を目的とした法律案の

データ))がオープンデータとして公開されている。

そして Dossier Sénat(上院の記録)(図表 26)ではこの議論がどのように行われてきた

かをアイコンでわかりやすく国民にその記録を公開し、Dossier Assemblée(国民議会の記

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30

録)(図表 27)では議論の経緯がわかるよう記録を公開している。

図表 25 オープンデータ

(出所 http://www.lafabriquedelaloi.fr/api/ppl12-019/procedure/)

図表 26 Dossier Sénat(上院の記録)

(出所 http://www.senat.fr/dossier-legislatif/ppl12-019.html)

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31

図表 27 Dossier Assemblée(国民議会の記録)

(出所

http://www.assemblee-nationale.fr/14/dossiers/tarification_progressive_energie.asp)

③ 法案についての各会派の姿勢

さらに、法案の変遷だけでなく、各議会で各会派や議員がどのような修正を行い、どのよ

うな議論を行ったのかということも視覚的に表現されている。

次の図表 28 は、第 1 条(Article1)についてどの会派が賛成または反対、あるいは棄権

したのかを視覚的に表現している。もう少しわかりやすい図表 29 を使うと、例えば社会党・

共和・民主グループではほとんどが賛成しているものの、1 名が反対、8 名が棄権している。

そして、環境主義グループでは反対と棄権が 3 名ずつで、1 名が賛成しているということが

わかる。

図表 30 はその全体像であり、どの条文についてどの会派が賛成・反対を示したのかが一

目でわかるようになっている。

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32

図表 28 第 1 条(Article1)についての各会派の賛否の状況

(出所 https://www.lafabriquedelaloi.fr/)

図表 29 各会派の賛否の状況

(出所 https://www.lafabriquedelaloi.fr/より筆者作成)

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33

図表 30 各条文に対する各会派の賛否

(出所 https://www.lafabriquedelaloi.fr/)

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34

④ 法案に関する議論の状況

次に、議論の状況については、次のように示される。各条文について、どの会派が積極的

に発言したか、その発言量が会派の色によって表示される。図表 31 を見ると、第 1 条につ

いて、国民運動連合グループ(青色)の発言が一番多いことがわかるだろう。

図表 31 各条文についての議論状況

(出所 https://www.lafabriquedelaloi.fr/)

フレーム内の図の全体像を示したのが図表 32 である。全体として、第 1 条に関する議論

が最も多く、全体として国民運動連合グループ(青色)の発言が多いことがわかる。また、

どの条文についてどこの会派の議員が積極的に発言しているのかについても視覚的にわか

るようになっている。

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図表 32 各条文についての議論状況(全体像)

(出所 https://www.lafabriquedelaloi.fr/)

さらに、第 1 条に関する議論の国民運動連合グループの部分をクリックすると、図表 33

に示すように 16 人の議員が 51,556 ワードの発言をしたことが表示される。そして、右側

のフレームでは Daniel Fasquelle 議員が 13,379 ワード、Lionel Tardy 議員が 9,576 ワー

ド、Martial Saddier 議員が 9,211 ワードと、16 人の議員がそれぞれ発言したワード数が表

示される。

また、議員をクリックすると、その議員の週ごとの会議への出席や活動状況の全体像(図

表 34)が示される。Daniel Fasquelle 議員の 2 月中旬の週を見ると、国民議会に出席すべ

き会議が 5 回(赤)、そのうち 5 回参加(黄)し、発言(緑)していることが示されている。

そしてこの 1 年間で質問(青)を 4 回行っていることがわかる。さらに、過去 1 年間の国

民議会と委員会の個別の活動状況(図表 35)を詳細に見ることもできる。

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図表 33 各条文についての発言者と発言量

(出所 https://www.lafabriquedelaloi.fr/)

図表 34 Daniel Fasquelle 議員の活動状況

(出所 http://www.nosdeputes.fr/daniel-fasquelle)

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図表 35 Daniel Fasquelle 議員の国民議会と委員会における活動状況(過去 1 年間)

(出所 http://www.nosdeputes.fr/daniel-fasquelle/graphes/lastyear)

3.3 オープンデータ

電子政府の世界的潮流であるオープンガバメントの一環として、各国ではオープンデー

タの取組みも盛んである。法律の条文をオープンデータとして取扱う取組みも始まってお

り、その動向についても概観する。

3.3.1 米国連邦議会

米国の連邦議会は、2013 年に United States Code(合衆国法律集)をオープンデータと

して提供した(図表 36)。このデータは、XML、XHTML、PCC、PDF の 4 種類の形式で

提供されており、XML は U.S. Legislative Model (USLM)で構造化されている。

Statutes at Large(一般法規)についてはまだオープンデータ化されていないが、2015

年 11 月に Dave Brat と Seth Moulton がオープンデータ化する法案を提出したところであ

る。

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図表 36 Office of the Law Revision Counsel の U.S. code ダウンロードのページ

(出所 http://uscode.house.gov/download/download.shtml)

3.3.2 Data Transparency Coalition

また、民間の IT ベンダー、コンサルファーム、NPO 法人などから構成されている Data

Transparency Coalition は、政府の情報はすべて電子的に国民がアクセスできるよう、特

に電子情報はマシンリーダブルな標準フォーマットで提供されるべきと考え、政府関連デ

ータの透明化を推進している。

この団体は 2014 年 5 月に成立した Digital Accountability and Transparency Act (DATA

Act)の実装を最優先として、取組みを進めている。この法律は米国で初めてのオープンデー

タの法律であり、歳出情報に焦点を当てたものとなっている。現在では次の 3 つのテーマ

を掲げ、その 3 番目として法律と規制が取り上げられており、法律などのデータの透明性

を追求していく予定である。また、標準化のためのData elementについての議論を、GitHub

上で行っていることも特徴的である。

I. Government Management

II. Markets and Economy

III. Laws and Regulations

2014 年 12 月、113 会期から 114 会期までの議会の法案や立法情報を XML でダウン

ロードできるようにするという上院の宣言に対し、我々は拍手喝采した。2015 年は、連

邦法、修正条項、司法関連についてデータの透明性を追求していく。

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3.3.3 Open Knowledge Foundation

オープンデータを推進している国際的な団体として Open Knowledge Foundation があ

るが、この組織の中に立法過程をオープン化する Open Legislation Working Group5があ

る。このワーキンググループは、2013 年の Open Knowledge コンファレンスと法律探求ハ

ッカソンイベントでの会議をきっかけに発足したグループである。

彼らは次のような活動を行い、この場を利用して世界各国の Open Legislation に関する

コンファレンスや情報の提供、意見交換や議論を行っている。

Open Legislation の領域を定義すること。

Open Legislation が何を意味し、どこまでが範囲なのかを確定する。少なくとも、以

下の 3 つの要素があると考えている。

法令文書の扱いやすさ

立法過程に関する情報

法令文書に関する協働作業

Open Legislation に関心を持つ人々に対して、情報照会や支援の中心としての役割

を果たすこと。

データ収集やガイダンス作りをする先駆者たちの事例を評価すること。

Open Legislation に関するコミュニティ主導のプロジェクトが低コストで開発でき

るようハブとなる活動をすること。

Open Legislation に関する最近の話題として、Chibber(2015)の報告によるフランス民法

典(ナポレオン法典)の GitHub リポジトリでの公開(図表 37)が取り上げられている。

このリポジトリは Steeve Morin というフリーのプログラマが作成したもので、法律の改正

はソースコードの修正と同じであると考え、法律を GitHub で管理することで法律が修正

(改正)された履歴を明らかにできることを示したものである。

例えば、フランスは 2013 年に同性婚を法的に認めたが、図表 38 で法律の修正部分が視

覚化されている。緑が追加、赤が削除された条文であり、この例ではこれまでの条文におけ

る「父と母」という表現が「両親」という表現に変更されていることがわかる。

5 http://legislation.okfn.org/

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図表 37 GitHub リポジトリで管理されたフランス民法典

(出所 https://github.com/steeve/france.code-civil)

図表 38 フランス民法典の修正の履歴

(出所

https://github.com/steeve/france.code-civil/commit/b805ecf05a86162d149d3d182e04074ecf72c066)

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3.3.4 サンフランシスコ Open Law イニシアティブ

サンフランシスコでは、市および郡の条例を GitHub で公開する Open Law イニシアテ

ィブを進めている。サンフランシスコ市のシビック・イノベーション市長室のイニシアティ

ブ(San Francisco Mayor's Office of Civic Innovation)が図表 39 のサイトを開設し、条例の

データを提供している。

図表 39 サンフランシスコ Open Law

(出所 http://open.innovatesf.com/openlaw/)

Open Law については次のような説明がなされており、オープンデータとしての条例を

市民に自由に利用してもらい、アプリの開発などで産業やコミュニティの育成を図ってい

きたいとの方向性がうかがえる。

Open Law とは何か?

Open Law とは、サンフランシスコ市および郡がこの地域で最も重要な情報、つまり

条例を市民によりアクセスしやすいかたちで提供することを約束するものである。

また、Open Data Policy に則って、サンフランシスコの条例を技術的に加工しやすい

かたちで提供することで、条例の理解やアクセスの改善を促し、新たな知見を生み出すよ

うなアプリ開発を促進できると考えている。

アプリ自体はまだ出現していないが、これまでにない法へのアクセスが地域の創造性

を解き放つと信じている。例えば、次のようなことも可能となるだろう。

スモールビジネスへ影響する条例をブラウザで容易に見つけ出す。

昔の面白い条例やすでに失効となっている条例を見つけ出す。

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自治体の条例をより容易に改正するための法的な活動や慣習などを探索する。

法について共に議論し、地域における法的効力のある資源からその答えを見つけ出

す。

Open Law は、このようなアプリを開発するために必要な最初のステップとなる。皆さ

んが参加し、ここに蓄積された資源を使って Open Law のコミュニティを成長させてい

くことを願っている。

条例データの入手については、ZIP 形式または tar.gz 形式でテキストまたは RTF の条例

データを一括でダウンロードするか、GitHub のリポジトリ(図表 40)からデータをダウン

ロードすることができるようになっている。

図表 40 GitHub のリポジトリ

(出所 https://github.com/SFMOCI/openlaw)

そのほか、GitHub に San Francisco Mayor's Office of Civic Innovation のアカウント

(図表 41)を持っており、ここではデータだけでなくアプリケーションなども公開してい

る。

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図表 41 San Francisco Mayor's Office of Civic Innovation(GitHub)

(出所 https://github.com/SFMOCI)

3.3.5 フランス Open Law Association

フランスの Open Law Association(図表 42)は、法令データをオープンにし、共同でイ

ノベーションを起こしていこうというプロジェクトを実施している。この組織は、オープン

ワールドフォーラム 2014 をきっかけに 2014 年 10 月に発足し、行政および法情報理事会

(DILA)、Etalab、NUMA によって構成されている。

Etalab とは首相府の SGMAP(行政活動革新総局)に所属する部署で、各省庁のオープ

ンデータ政策の調整や情報システムの革新に携わっている。特に、G8 のオープンデータ憲

章をフランスへ適用する任務を負っており、行政の透明化、行政改革、ベンチャー企業の育

成という目的を掲げている組織である。

このプロジェクトの目的は以下のとおりであり、法律を中心にオープンデータ政策を推

進していこうとしている。

私たちのデジタル社会における法律について、いつどこでどのような取組みがなされ

ているのかを共有する。

新たにオープンになった法律のデータを使ったアプリによりアクセスしやすくする。

オープン化されていないデータをオープンにする。

法のハッカーコミュニティを作る。

法律の専門家との協働作業を推進し、革新的なサービスができるよう法律について再

考する。

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図表 42 Open Law Association

(出所 http://openlaw.fr/index.php?title=Open_Law,_le_Droit_Ouvert)

そのほか、Open Law Association(行政および法情報理事会(DILA)を含む)がフランス

情報産業グループ(French Group of the Information Industry:GFII) と協働し、Open

Law Europa というイノベーションプロジェクトを 2015 年 9 月に開始し、推進している。

3.4 協働化

公共分野における協働化については、「2.3.3 公共分野の海外事例」で取り上げた

が、ここでは特に立法に関係する事例を取り上げる。

行政機関よりも早い段階で、市民の間から GitHub などのバージョン管理システムを協

働化のツールとして利用しようという動きが 2009 年から 2010 年に起きており、まずこの

2 つの事例を紹介する。このアイデアが広まることにより、2011 年には、「法案作成でバー

ジョン管理システムの導入を阻む(技術以外の)要因は何か」というテーマで、quora とい

うサイト6(https://www.quora.com/about)で議論が行われている。また、2012 年から

Voelker(2012)などがブログでそのアイデアを提案し、2012 年には WIRED にドイツ連邦

法が GitHub に掲載されたという記事7が発表された。これらはいずれもプログラマからの

6 https://www.quora.com/Public-Policy/What-are-the-nontechnical-barriers-to-adopting-

a-version-control-system-for-use-in-writing-bills-and-new-laws

7 McMillan(2012)

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提案であり、バージョン管理システムの可能性を示す一方、非現実的な夢想だという批判も

あった。

その後、2015 年に米国連邦政府の国会議員が政府の政策に対して、GitHub を利用して

プルリクエストを行うという象徴的な事象が発生しており、3 つめの事例として取り上げた

い。

3.4.1 GitHub を立法過程に応用するアイデア

2009 年 6 月に米国の Divegeek というユーザが、GitHub に Legal Code for the State of

Utah というリポジトリを作成し、ユタ州の州法を登録している。このリポジトリを作成し

た作成者の意図を要約すると次のようになる。

このリポジトリでは、ユタ州の州法をすべて登録してあり、州法の内容やその改正につ

いて関心を持つ人々がアクセスしやすいようにした。

もう一つの目的としては、立法プロセスを改善するためのアイデアを出し合うことで

ある。立法プロセスは、現行の法律に修正を加える法案というかたちを取るが、最終決定

までに修正についていろいろと議論される。この方法はオープンソースにおけるソフト

ウェア開発とかなり似ている。

GitHub のようなものを使って、オープンにかつ見えるかたちで実際の法律を扱ってみ

ることは面白い。思うに、正式な法律はマスターリポジトリであり、立法者はそこから

fork(派生)してコピーにいろいろと修正を加える。そして、皆で相互に言葉を修正するな

ど改善していく。上院、下院、委員会だけでなく、知事もこのようなことができるはずだ。

立法過程がこのようにすべて明らかになると、例えば A 議員が法律をこのように修正

したいと提案すると、B 議員がこのような理由でこのように修正すべきではないかとい

う議論も明らかになってくるだろう・・・

そして最後にこうも付け加えている。「単なるアイデアであり、馬鹿げていると思われる

かもしれない。しかし、現在法案を追いかけようとすると、恐ろしく難解で、使い物になら

ない情報が多すぎる。バージョン管理システムが立法プロセスをより理解しやすく透明化

するのではないだろうか」。

ユタ州法のリポジトリでは、図表 43 に示すように法律の編、章、条ごとに管理されてい

る。

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図表 43 ユタ州法のリポジトリ

(出所 https://github.com/divegeek/utahcode/tree/master/code)

3.4.2 カナダの著作権法案の提案

カナダにおいても、2010 年 4 月に市民(singpolyma というユーザ)が GitHub を使っ

て著作権法案を提案(図表 44)するという事例が発生した。

図表 44 著作権法案の提案

(出所 https://github.com/singpolyma/Copyright-Act-Citizens--Draft)

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このプロジェクトの目的については下記のように記述されており、これまで GitHub の

事例を見てきたように法案の条文に対して追加(緑)と削除(赤)を協働で行い、より理想

的な著作権法を作成しようという主旨である。

このプロジェクトの目標は、プロセスをオープン化するバージョン管理システムを使

って、理想的な著作権法を作成してみようというものである。簡潔でわかりやすい法案を

作ることを目的としている。

3.4.3 米国連邦政府における議員のプルリクエスト

Masnick(2015)の報告では、オープンガバメントの最初の特徴的な事例として、2015 年

5 月に米国連邦政府の国会議員が政府の政策に対して、GitHub を利用してプルリクエスト

を行った。その結果、CIO がそれをドキュメントに反映したという。

具体的には、CIO が提案を受け付けるために IT 調達改革法[FITARA]のガイドライン案

(Federal Information Technology Acquisition Reform Act [FITARA] Draft Guidance for

Federal Agencies)を GitHub で公開し、それに対してジェリー・コノリー下院議員がドキ

ュメントを修正してプルリクエストを行ったというものである。そしてこの修正が反映さ

れ、最終版となった。

報告者は、実際にプルリクエストを行ったのは議員本人ではなくそのスタッフの可能性

もあり、このような事例があちこちの法案などで起こるとは思えないが、今後のオープンガ

バメントを占ううえでは一つの重要な事例と評価している。

図表 45 プルリクエストした修正ドキュメント(赤部分が削除、緑部分が追加)

(出所 https://github.com/)

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ちなみに、FITARA は CIO の権限を強化するなどの措置を取った法律で、2014 年 12 月

19 日から施行されている。OMB が、この連邦政府全機関に適用される FITARA のガイド

ライン案を公表し、それに対して 2015 年 5 月 30 日まで意見のフィードバックを求めたも

のである。フィードバックの方法としては次のように 3 通りの方法が示されていた。

1. 個人的にコメントを送りたい場合には、E メールでコメントを送ることができる。

2. GitHub の“issues”を使って、コメントを提出したり議論したりすることができる。

既存の“issue” に参加してもよいし、新たに“issue”を立ち上げても良い。議論の方法

や主導は一般国民に任される。

3. “Edit Guidance"をクリックして直接条文を編集し、プルリクエストで変更内容を提

案することができる。特にソフトウェアをインストールする必要はなく、GitHub の

ブラウザに組込まれている編集機能を使えばよい。どのように操作すればよいかはこ

こに示してある。

このように米国連邦政府においては、GitHub を利用して官僚や議員が政策文書などを修

正・議論していくというところまではいかないものの、2015 年の時点ですでにその方向性

の萌芽が出てきているといえるだろう。

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4.立法のオープン化の意義について

ここでは、立法のオープン化の意義について再度考察していく。民主主義国家では、統治

機構である司法・行政・立法におけるオープン化は当然のこととして受け止められるが、現

代社会における意義についてもう少し深く掘り下げて考えてみるとともに、現代という時

代において民主主義とは異なる視点からもオープン化が要請されていることをみていく。

4.1 民主主義の現代的視点から

直接民主主義と代議制などの間接民主主義のどちらが望ましいか、従来からの議論につ

いてはここでは触れない。直接民主主義の欠点としてポピュリズムが指摘されることが多

いが、代議制民主主義においてポピュリズムが排除されているかについては疑念が浮かぶ。

少なくとも、これまでは技術的に直接民主主義を実現することが不可能であるため、間接民

主主義の形態をとってきたといえる。

しかし、技術の進展が民衆の直接的な参加を可能とするまでになった現在、直接民主主義

に移行することは拙速だとしても、統治の専門家だけに任せる(代議制)のではなく、民衆

の意思を反映すべきことについては、民主主義のあり方として異論はないだろう。例えば、

行政においては行政手続法によってパブリックコメント制度が定められ、司法においては

裁判員制度が実施されている。

立法においては、請願と陳情がある。請願は憲法上の権利として認められており、その第

16 条に「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正

その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかな

る差別待遇も受けない」と定められている。しかし、請願書は、議員の紹介により提出しな

ければならない。また、陳情書は「議員の紹介」という制約は無いものの、受領した衆議院

議長が必要と認めたものについて、該当する委員会に参考送付される。つまり、立法におい

ては、国民は議長や議員というフィルターを通した関わり方しかできない仕組みとなって

いる。

日本国民が均質であれば、このような仕組みで十分機能するだろう。しかし、マイノリテ

ィの権利を守ろうとすると、彼らの代表が議員にでもならない限り、このような仕組みでは

対応できない。視覚障害者の権利を守るため、EU が電子官報を法的効力のあるものと認め

たのに対し、日本ではいまだに紙の官報しか法的効力を認めていない。そして、現代社会に

おいては、LGBT やグローバリズムによって日本にやってくる多人種・多民族の外国人な

ど、多種多様な価値観を持つ人々の権利を法的にどのように守っていくのかという課題を

背負っている。

民主主義のあり方について現代的視点から考えるならば、日本に居住する人々の多様性

(Diversity)を包摂するためにこそ、立法のさらなるオープン化が要請されていると考えるべ

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きではないだろうか。

4.2 民主主義とは異なる視点から

民主主義とは異なる視点からも、立法のオープン化について考察してみたい。一つは人々

の幸福感という視点である。

Frey and Stutzer(2000)によれば、「市民参加など直接民主主義の制度が整備されている

地域に住む市民ほど幸福感をより多く感じている」という。彼らは、直接民主制の制度が発

達しており、かつ 26 の州ごとに制度が異なっているスイスを研究対象として、このような

結論を導いた。

研究方法については彼らの論文に譲るとして、彼らが重要な結論として指摘しているの

は「直接行政や政治へ参加できる制度や地方分権が整っている州ほど、市民はより多くの幸

福感を感じている」という点と「収入は幸福感と比例するが、高収入が大きな幸福感をもた

らすものではないのに対し、失業がもたらす不幸感は非常に大きい」という点である。

そして、「直接民主主義の権利と幸福感は大きな関係がある」ことが計量経済分析の結果

として示され、「自分自身で意志決定をすることに幸福感を見出しているのではなく、現状

について疑問を投げかけ、世論を喚起し、しかるべき民主的な手続きで議論して結論を出す

ことができるという点に幸福感を見出している」ことが明らかにされている。さらに外国人

とスイス人のデータ分析から、「市民は直接民主主義の結果に幸福感を感じているのではな

く、直接民主主義のプロセスへ参加することに幸福感を感じている」こともわかってきたの

である。

このように成熟した社会においては、統治プロセスに国民が参加することで幸福感を感

じることができるという意味において、立法のオープン化や立法プロセスへの参加の意義

があると考えられる。実際にドイツでは、2011 年にグッテンベルク事件という IT を活用し

た国民による政府への介入が起きている。グッテンベルク氏は当時国防大臣を務め、将来を

嘱望されていたドイツの若手国会議員だったが、彼の学位論文にコピーアンドペーストに

よる盗用部分があるという疑惑が報道され、1 ヶ月も経たず辞任に追い込まれた。本人は盗

用の事実を否定したものの、ある学生が論文の盗用箇所を発見するための共同作業をネッ

ト上で国民に呼びかけ、多くの国民がインターネットを使って盗用部分を探し出し、結果的

に論文に多くの盗用があることを証明したのである。スキャンダル的な一面もあると思わ

れるが、この作業は無報酬であり、社会のために参加したいという国民を惹きつけたのでは

ないかと考えられる。

二つめは、経済的優位性という視点である。目の前に先進国というモデルがあり、それに

追いつくことを目標とするなら、官僚制によってクローズされた合理的・効率的な政策に則

って、活動を行っていくだけで事足りた。しかし、すでに先進国となり、成熟した社会とな

ってさらに発展をしていくためには、社会的課題を発見し、イノベーションを次々と起こし

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ていかなくてはならない。

フロリダ(2007、2008)は、クリエイティブクラスを誘致して都市を発展させるためには 3

つの T が必要だと主張しているが、その 3 つとは Talent(タレント、教育・技能)、Technology

(テクノロジー、科学技術や知識)、Tolerance(トレランス、異質なものに対する寛容さ)

である。フロリダはトレランスの測定にゲイの指標を使っているが、その意味はどのような

人間でも受け入れるという都市の自由さが必要だという意味である。

すなわち、ゲイや障害者、外国人など、多様性(Diversity)を包摂した都市ほどクリエイテ

ィブでありイノベーションが起きやすくなる。イノベーションが起きるような社会を目指

すのであれば(目指さないなら話は別であるが)、同性婚の合法化などマイノリティを受け

入れるための法制度の整備に関して、立法をオープンにしていく必然性があることになる。

最後の三つめは、専門分野の高度化という視点である。特に、進歩の速い技術と動きの遅

い法制度との関係から立法のオープン化が求められるものであり、次の項で論じたい。

4.3 専門分野の高度化

近年、IT の急速な進展により、IT だけでなく IT をベースとして様々な技術が革新を遂

げている。自動車が単なるメカではなく、多くのセンサーやコンピュータを搭載した機械で

あることは良く知られているが、これらが統合され人工知能を搭載した自動運転車へと進

化していくと、現行の法制度にも大きな影響が及んでくるだろう。

つまり、技術的な知識や現場の運用知識を保有していないと、新たな法制度の設計ができ

ないばかりか、法制度の修正にも誤謬が生じ、社会に混乱を招くことになる。換言すれば、

立法をオープン化し、このような技術的な知識や現場の運用知識を保有している専門家が

立法過程に参加して議論できないと、今後の社会制度の運用に支障をきたすことになる。

4.3.1 現状起きている問題

それでは具体的にどのような問題が起きているのか、直近の法律を題材に探ってみたい。

(1)マイナンバー法

2016 年 1 月からマイナンバーが利用開始となるにあたり、2015 年 10 月から通知カード

が国民に配布され、行政も事業者も利用開始のための準備作業をしなければならない。とこ

ろが法律では、行政側は準備作業のため 2016 年 1 月以前でもマイナンバーを利用できる規

定になっていたものの、事業者側はそのような手当てがなされていなかったのである。

法学者である宇賀(2014)は、『番号法の逐条解説』のなかで「個人番号の本人への通知

(2015 年 10 月ごろの予定)後も、個人番号の利用に係る規定が施行(2016 年 1 月ごろの

予定)されるまでの間は、個人番号関係事務実施者は、従業員に個人番号の告知を求めては

ならない」と解説しており、政府もその解釈を採用していた。

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しかし、現実の運用を考えるなら、特に大きな企業では従業員の各種手続き等はすでにシ

ステム化されており、2016 年 1 月から手続きでマイナンバーを使うためには、その前に従

業員のマイナンバーをセットアップするなどの準備をしておかなくてはならない。事業者

側の準備作業について何ら考慮しない法制度に対して、民間側から「これでは対応できない」

と声を上げたのである。

その結果、政府は 2015 年 2 月 17 日に「個人番号の通知を受けている本人から、平成 28

年1月(予定)から始まる個人番号関係事務のために、あらかじめ個人番号を収集すること

は可能です」という文書を発表した。その理由として「番号法第 19 条第 3 号においては、

本人から個人番号関係事務実施者に対して当該本人の個人番号を含む特定個人情報を提供

することが認められており、住民への個人番号の通知が始まる平成 27 年 10 月(予定)に

施行されます。同様に、第 12 条等についても、平成 27 年 10 月に施行されることから、番

号法上、個人番号関係事務実施者が、平成 28 年1月以前に、個人番号関係事務の準備のた

め、あらかじめ従業員に対して個人番号の提供を求め、収集・保管し、特定個人情報ファイ

ルを作成することができます」と解説されている。しかし、法律の施行日についてなぜ政府

が法学者の宇賀(2014)の解釈を覆すことができるのか疑問が残る。マイナンバー法の立法過

程において、法律の施行日について明確に条文化8し、民間事業者を参加させた議論を行っ

ていれば、このような混乱は起きなかったと言える。

また、「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)」では、案の段階

と最終段階で解釈が変わった部分がある。事業者が従業員のマイナンバーの利用において、

利用目的の変更を本人へ通知することで利用できる場合について「当初の利用目的と相当

の関連性を有すると合理的に認められる範囲内」と規定されているが、その具体的な範囲と

はどこまでかという問題である。

具体的な例として、ガイドラインの案では下記の例は認められないと規定されていたが、

パブリックコメントで事業者から緩和してほしいとの要望が上がり、正式版では下記の例

が認められることとなった。

雇用契約に基づく給与所得の源泉徴収票作成事務のために提供を受けた個人番号を、雇

用契約に基づく健康保険・厚生年金保険届出事務等に利用しようとする場合は、利用目的

を変更して、本人への通知等を行うことにより、健康保険・厚生年金保険届出事務等に個

人番号を利用することができる。

そのプロセス自体に問題はないと考えるが、ガイドラインの正式版が公表された時点で、

案からどの部分が変更になったのかがまったく示されなかった。新旧対照表を作ることま

では要求しないが、国民とともに協働して良い制度を作ろうという意思があるならば、せめ

て Word 文書の修正履歴機能や GitHub を利用してどこを修正したのか明らかにすべきで

あろう。

8 筆者も、2015 年 10 月から事業者は準備のために番号を収集可能と考えていたが、宇賀

(2014)の指摘で慌てて書籍の原稿を修正した覚えがある。

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(2)個人情報保護法の改正

2015 年 9 月に個人情報保護法が改正された。そのきっかけとなったのは、JR 東日本に

よる Suica のデータ提供問題である。浅川(2013) によれば、マスコミが問題としたのは利

用者への事前説明や情報公開などであったが、法律の専門家が問題視したのは日立へ提供

したデータが「匿名化されていない個人情報」だったということである。JR 東日本として

は、提供したデータは ID・氏名・電話番号などを削除し匿名化した情報だという認識であ

ったが、法律の専門家は「匿名化されていない個人情報」と認識した。「個人が特定できな

いにも関わらず個人情報である」という解釈ではビッグデータを扱うことなどできないと

いう理由で、個人情報保護法の改正へとつながった。

なぜこのような認識の違いが生じたのか。個人情報保護法では、個人情報の定義として

「特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それに

より特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)」と規定している。つまり、

日立へ提供したデータは氏名など削除されていたものの、乗降駅名と乗降時刻(時分秒)を

使って他のデータとマッチングすれば特定の個人を識別することができるから「個人情報

だ」とされたのである。

しかし、特定の個人を識別するためのデータを保有しているのは JR 東日本であり、日立

は保有していない。つまり、個人情報保護法が守ろうとしている個人のプライバシーを侵害

する状況にはなっていない。このような事象が個人情報保護法違反であると判断されれば、

ビッグデータを活用したビジネスなどできないというのが民間事業者からの反発だったの

である。

では、この事象に関して法的にはどのような判断となったのか。JR 東日本では「Suica に

関するデータの社外への提供についての有識者会議」を開催し、「中間とりまとめ」および

「とりまとめ」9を発表した。しかし、日立へデータを提供した事象が合法なのか違法なの

かは判断されておらず、自社業務での Suica データの統計分析事例をもって「特定の個人

を識別できるデータではなく、プライバシーに配慮したものである」と結論付け、「事前に

十分な説明や周知を行わなかったことなど、利用者への配慮不足を反省」することで手打ち

にしている。

現在個人情報保護委員会の委員長を務める堀部政男氏がこの有識者会議の座長を務め、

弁護士や法学者が参加しながら、肝心の技術の進化と法律の狭間で生じる問題には触れず、

法改正が準備されていることを議論してお茶を濁す報告書となっている。個人情報保護法

のように、技術の進化に伴って柔軟に運用すべき法律こそ、現場の実務や技術に精通した技

術者などの専門家を参加させながら、法律を制定していくべきではないだろうか。

9 Suica に関するデータの社外への提供についての有識者会議(2014、2015)

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4.3.2 今後起きるであろう問題

今後も技術開発によって新たな技術が登場するたびに、技術と法制度の摩擦問題が起こ

ってくると予想される。昨今話題となっているドローン(小型無人航空機)にしても、安全

性の問題だけでなく、プライバシー侵害の問題にも対処しながら、産業発展の妨げにならな

いような法制度作りが求められる。

(1)人工知能と法的問題

今後 IT 分野では、人工知能技術の進展によって、多くの法的問題が起きてくるだろう。

すでに米国では人工知能が記者の代わりに記事を書く事例も登場しており、日本でも人工

知能が制作した創作物を著作権保護の対象とするべきか、知的財産戦略本部で検討が始ま

ろうとしている。人工知能の技術は人間の判断を支援するだけでなく、ロボットや自動運転

など自律的な行動が可能になることにより、これまでにない影響を社会に与えると思われ

る。

経済産業省の資料では、これまで産業用ロボットを「センサー、知能・制御系、駆動系

の 3 要素を備えた機械」と捉えてきたが、ロボットの概念は今後もっと広がっていくと予

想している。例えば、スマホをリモコンとして操作するロボットが登場したり、ロボットが

人間の様相を真似ることで新たな価値観が登場したりする可能性もあるという。経済産業

省では産業用ロボットのほかに、非産業用ロボットとして生活分野(警備、掃除、エンター

テインメント)、医療分野、福祉分野、災害分野、海洋・探査・宇宙分野などを視野に入れ

ているが、自動運転なども範疇に入ってくるだろう。技術の進化を考慮すると、ロボットの

定義も変わらざるを得なくなってくる。

自動運転については、現行の道路交通法第 70 条で「車両等の運転者は、当該車両等のハ

ンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に

応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない」と規定してお

り、またジュネーブ交通条約によって、完全な自動運転は認められていない。完全な自動運

転が可能となった場合、事故の責任は搭乗者、メーカーや部品メーカー、機械など誰が負う

のかが問題となる。さらに、自動車を遠隔モニタリング・操作をしていた場合はその人(ま

たは機械)が負うのか、機械が責任を負う負い方とは何かなどが問題となるだろう。現状、

自動車は様々な制御装置が組み込まれており、設計や製造にミスがあればメーカーも責任

を問われることになる。この流れにしたがえば、完全自動運転車が起こす事故に関してはメ

ーカーの責任となる可能性が高い。

また、将来的には脳波を使った機械とのインタフェースも登場するだろう。自動車が脳波

を読み取って、その人の行きたい場所に連れて行ってくれるだけでなく、脳波でロボットを

コントロールすることも可能となる。その場合、ロボットが殺人を犯した場合に誰の罪にな

るのか。そして、脳波をロボットではなく直接人間の脳に送り込み、その人間をコントロー

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ルして殺人を犯した場合には誰の罪になるのか。他人の脳波を読み取るというプライバシ

ー侵害にどのように対処すればよいのか。SF まがいの問題が噴出するだろう。

さらに、ロボットが人間の様相を真似るようになると、ロボットと人間の区別もあいまい

になってくる。ロボットを虐待すれば当初は器物損壊罪が適用されるだろうが、やがてロボ

ット愛護法違反になるのか、そして基本的ロボット権が認められるようになるのだろうか。

そして、ロボットが人間を殺傷したりした場合、そのロボットを罪に問えるのかという問題

にも発展する。このような問題意識の下、2015 年 10 月 11 日に「ロボット法学会」設立準

備研究会が開催されたが、ロボットや自動運転車を開発する技術者の視点を取り入れた議

論が行われることを期待したい。

(2)医療と産業の発展

医療分野も今後大きな技術進歩や産業への貢献が期待される分野である。特に、シーケン

サー技術の進展により DNA シーケンス費用が劇的に低下し、ゲノム解析の医療への応用が

注目されている。

しかし、2015 年 9 月の個人情報保護法改正が議論を呼んでいる。これまで「ゲノムデー

タ」は、氏名・住所を削除した「匿名化」により個人情報保護法の適用外にするケースが多

かったが、改正法では「個人識別符号」と捉え、指紋や顔の特徴をデジタル化したデータと

同等に扱うこととなったからである。医療研究や創薬の事業において、データ利用の制約が

出てくるのではないかという懸念が広がっている。鈴木(2015)によれば、もともと医療分野

の個人情報保護については個別立法で対応する予定だったものを、個人情報保護法(一般法)

を適用するからこのような混乱を招いていると指摘している。

医療分野における IT 活用について見ても、これまで法制度の問題が大きくのしかかって

いた。医師法第 24 条における医療情報の定義の解釈をめぐって電子化が進まず、電子デー

タの保存が可能になったのは 1999 年であり、外部保存が可能になったのは 2002 年からで

ある。法制度の整備の遅れが技術の進化を妨げるような社会では、イノベーションも起きず、

グローバル競争から取り残されていくだけになる。

IBM の人工知能システム Watson は疾病の診断に利用されつつあり、今後日本もこのよ

うな分野に取組んでいかなければ医療分野で大きく後れを取るだろう。ここでは人工知能

による診断にミスがあった場合、誰が責任を負うのかという問題についても整理しておか

なくてはならない。また、鈴木(2015)によれば、医療分野においては、法令による規制強化

を推進しなければ産業発展につながらないという。個人情報は規制強化された国へ集中す

るため、医療・創薬の研究拠点は日本から欧州へと移転してしまうだろうという。その一方

で、ゲノム解析ビジネスなどはコストの安い中国へ流れるとともに情報も移転されてしま

う。医療分野においても、法制度によって適切な規制をしていかないと、研究開発拠点が日

本から逃げ出すだけでなく、ビジネスやデータも海外へ逃げ出すと警鐘を鳴らしている。

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5.オープンな立法を目指して

5.1 提案の必要性と変革の意義

前章では、なぜ今、立法のオープン化が必要であるのかを説明してきた。そして、立法の

オープン化において、IT の利活用が非常に有効であることも、諸外国の事例を引いて説明

してきた。それにも関わらず、我が国の IT 戦略の方向性を示す「世界最先端 IT 国家創造

宣言」(2015 年 6 月 30 日閣議決定)において、立法についてはまったく触れられていない。

それどころか、開かれた政府を実現するオープンガバメントの考え方さえ「オープンデー

タ」に矮小化され、行政・司法・立法から成る政府を IT で国民に開かれたものにしようと

いう意思が欠落している。このことは、民主主義国家として大きな問題ではないだろうか。

そこで、今まで議論してきた立法に焦点を当て、立法のオープン化についての提案を行う必

要があると考える。行政や司法も含めたオープン化の必要性についても認識しているが、こ

れらについては別の機会に譲りたい。

しかし、提案すれば物事が動くわけではない。米国の IT エヴァンジェリストでさえ、

官僚機構は常に守りの姿勢で”No”の文化であり、政府に新たな IT 活用を導入することは

難しいと感じている。また、オーストリアの電子政府事務局長である Christian Rupp

も、電子政府におけるハードウェアやソフトウェアは 3 割程度に過ぎず、後の 7 割は組織

へ変革をもたらす Change Management が占めると言う。必要性については誰もが理解し

ており、IT 活用の有効性についても理解されている。問題は、変革を嫌う立法関係の官僚

機構や保守的な政党・国会議員をどのように動かしていくかである。

2015 年の年末、政府はカタカナの文語体が残る商法について 2017 年中に全文を口語化

する方針を固めたという記事が配信された。商法は民間の商行為などについて定めた法律

であり、一般国民がビジネスを行ううえで最も身近な法律であるにも関わらず、いまだに口

語化できていないという事実に驚く。解釈のしかたでどのようにもなる法律のあいまいさ

についても、このグローバル社会のなかでは今後通用しないだろう。

喫緊の問題として、宮下(2015)によれば個人情報の保護に関して EU と米国でさまざま

な摩擦が起きている。米国連邦民事訴訟規則 26 条では電子証拠開示の対象が国外の訴訟当

事者にも及ぶこととなったが、EU データ保護法によって「米国裁判所が EU 域内の企業に

対して電子証拠開示を命じても、その電子データを米国に移転できない状況」となり、「訴

訟代理人は、EU データ保護法か、米国民事訴訟規則のいずれかの方に違反しなければなら

ない」という矛盾をきたしている。さらに、米国公益通報者保護法(SOX 法)と EU のデータ

保護法制が矛盾しており、「フランスに進出する米国企業が SOX 法にしたがって公益通報

制度を運用すると、フランスのデータ保護法に違反し、その一方でフランスのデータ保護法

にしたがって公益通報制度を廃止すると、米国の上場企業のリストから除外される」という

状況になっている。

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立法の IT 化について、我が国は諸外国から大きく後れを取っており、この状況を放置す

れば我が国の将来にとって禍根となることを政府に理解してもらわなければならない。こ

こで言う政府とは、行政府のことではない。立法や司法も含め、統治機構を変革するのは立

法の仕事であり、国会議員がその認識を新たにしてもらわなければ困る。これまで IT の推

進力となってきた IT 基本法(高度情報通信ネットワーク社会形成基本法)に大きな欠陥が

あることを、どれだけの国会議員が気づいているだろうか。

IT 基本法の条文には、「国、政府、行政」という言葉は登場するものの、「立法、議会、

司法、裁判所」という言葉が一切出てこない。つまり、この法律は行政府だけを対象にした

ものであるという読み方ができるため、立法や司法を IT で変革するためのエンジンにはな

らない。一刻も早く、国会議員は IT 基本法の欠陥に気付き、早急に立法や司法も IT 推進

の対象とすべき改正を行うべきである。

本稿では、立法過程を対象として論じてきた。そのため司法については触れなかったが、

これまでの議論のなかで司法のあり方について問題意識を持った方もいるだろう。「4.3.

1 現状起きている問題」で取り上げたマイナンバー法の法解釈変更の問題や法的判断が

示されなかった Suica 問題について、司法の役割がまったく見えてこない。法学者が違法

だと指摘する解釈が許されるのか、Suica 問題は違法なのか否か、司法判断をせずにあいま

いなままに放置されている。司法判断を下してはじめて本格的な議論が起こり、これまでの

立法プロセスにも見直しが入るというのが健全な民主主義のあり方ではないだろうか。

問題が起きても白黒つけずにあいまいなままに放置し先送りにするという我が国の伝統

が、現代のグローバル社会のなかで通用するとは思えない。本稿ではこれ以上追求できない

が、司法の積極的な活用という「司法の活性化」についても今後議論していかなくてはなら

ないだろう。

それでは、立法を IT でオープン化するための具体的な施策について、次に提案する。

5.2 Open Legislation の提案

前研究では Open Government の 3 原則を参考に立法問題を考えたが、その 3 原則がそ

のまま立法分野には当てはまらないと考える。

その理由として、Transparency (透明性)について、法令はもともと著作権の保護対象外

でオープンになっている。ただし、オープンになっているとしても、国民にとって理解し

やすいものではないことが大きな問題なのである。また、Participation (参加)について、

代議制民主制のもと、国民は代表者を国会に送ることで間接的に参加できる。ただし、そ

の代表者は本当に有権者の声を反映しているのか、公約が守られているのか、フィードバ

ックがなされているのかという点で不満がくすぶっているのが現実であり、これに対応す

ることが求められる。さらに、Collaboration (協働)について、これはパブリックコメント

のかたちで実現している。ただし、そのフィードバックもなく形骸化が指摘されており、

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協働というかたちとは程遠いことが指摘できる。

このように、IT を活用した立法のオープン化、新しい立法過程のあり方については、

Open Government とは別の 3 原則が必要であると考える。第 3 章で紹介した Open

Knowledge Foundation の Open Legislation Working Group の活動指針(下記)もその

参考の一つとなる。

Open Legislation の領域を定義すること。

Open Legislation が何を意味し、どこまでが範囲なのかを確定する。少なくとも、以

下の 3 つの要素があると考えている。

法令文書の扱いやすさ

立法過程に関する情報

法令文書に関する協働作業

Open Legislation に関心を持つ人々に対して、情報照会や支援の中心としての役割

を果たすこと。

データ収集やガイダンス作りをする先駆者たちの事例を評価すること。

Open Legislation に関するコミュニティ主導のプロジェクトが低コストで開発でき

るようハブとなる活動を行うこと。

これらの事例、そして前研究および本研究における協働環境や諸外国の事例研究を踏ま

え、立法のオープン化を進めるための Open Legislation の 3 原則を次に提案する。

① Accessible(アクセスできること)

誰でも、いつでも、無料で、容易に法令にアクセスできる。さらに、バージョ

ン管理された法令によって、ある時点において有効であった法令にアクセスで

きる。

② Understandable(理解できること)

誰でも、法令に書かれていることが平易に理解できる。外国語に翻訳しやすい

平易な現代語や一般的な用語法を使うほか、用語の意味や参照条文については

その場で参照できるような補助機能を備える。

③ Discussable(議論できること)

誰でも、ある法令の制定や改正について、その最新状況を知ることができると

同時に、修正意見などを提出したり、議論ができる。

この 3 原則を実現するための具体的な施策について、次に提示したい。

(1)Accessible(アクセスできること)

EU のように、法令の電子版に正式な法的効力を与え、官報による公布も無料の電子版

で行うこととする。国の IT 利活用を促進するためにも、電子版を正式なものとし、紙版

は補助的な扱いとする。

電子版であれば、誰もがインターネットやスマホを使って無料でいつでもアクセスでき

るようになる。そのような環境が無い者に対しては、公共図書館や法テラスなどのインタ

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ーネットコーナーで支援する。

また、視覚障害者は音声変換ソフトを使って法令にアクセス可能となる。それだけでな

く、自動翻訳ソフトが活用できるため、外国人にとっても日本の法令にアクセスしやすく

なる。

さらに、改正内容が反映された現行の法令にアクセスできるだけでなく、過去のある時

点における法令の姿を明らかにすることも、裁判などでは必要とされる。法令は電子的に

バージョン管理し、誰もが過去のある時点における法令の条文にアクセスできるようにし

なければならない。

なお、電子版を原本とするにあたり、検索しやすいよう HTML や XML10などの形式と

し、ルビや数式等については電子版に適した表現方法とする。文字セットについては

JISX0208 とし、現行 JISX0208 以外の文字を使っている場合はこの範囲内に縮退するこ

ととする。

(2)Understandable(理解できること)

フランスや米国の事例で見たように、一般国民でも法律の制定について理解を深められ

るよう、わかりやすく視覚的に表現する工夫が求められる。日本の衆議院と参議院のホー

ムページを見る限り、義務的に情報を発信しているのみであり、国民に理解を深めてもら

おうという工夫がなされているとは思えない。両院とも、国民あっての国会であることを

忘れているのではないかと思えてしまう。

そして法律の書式については、誰でも容易に内容が理解できる、法令の構造や条文の書

式とする。一般国民を排除するようなこれまでの法曹界の慣例に則った書式は廃止し、外

国人でも理解できるような(あるいは自動翻訳可能な)平易な現代語や一般的な用語法を

使わなくてはならない。

また、法令がデジタルデータであることの利点を生かし、条文中の用語の定義や参照条

文、他の参照法令についてはその場で参照できるような補助機能を備えなくてはならな

い。

そのほか詳細な書式については、前研究で提案したオープンコーディング規約に則った

法令文書の書式が望ましく、下記にポイントのみを簡潔に挙げておく。

当該法令の目的や他法令との関係、用語定義、手続き定義など、条文の区域を明確に表

現すること。

1 文は 200 文字以下にする、並列表記は箇条書きにするなどを原則とし、条文の文章を

わかりやすく短くすること。

条文には条・項・号を基準とした条文番号を必ず記載し、番号はアラビア数字を使い、

省略は認めないこと。次条、前条や前項などの表現は廃止して条文番号を直接指定し、

条文を追加する書式や入れ子構造についても、わかりやすい表現方法とすること。

定義された用語を使用する場合は、普通名詞と明確に区別するため「○○○」と表現す

10 Akoma Ntoso や U.S. Legislative Markup などのスキーマが開発されている。

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る。他の法律によって定義されている場合には、法律名の略称と法律 ID で対象を特定

すること。

現行の法令番号は法律 ID と改め、その書式も「元号○○年法律第○号」から「(西暦)

○○年法律第○号」に改めること。

「及び、並びに、又は、若しくは」などの法律用語、「六月以下の懲役」などの古い文

体や漢数字は排し、現代的な用語法と論理的な表現方法(and or ( )など)を使った

表記に改めること。

注釈や補足説明については条文のなかに直接書き込まず、(*)の形式で注釈を入れ、条

文の外に書くこと。また、区切りに空白は使わず、「:」を使うこと。

(3)Discussable(議論できること)

誰でも、いつでも、ある法律の制定や改正、あるいは施行令、施行規則、ガイドライン

などに対し、容易に修正意見などを提出し、議論ができる環境を整えなくてはならない。

形骸化していると批判のあるパブリックコメント制度のような一方通行ではなく、双方向

で有益な議論ができる方向性が望ましい。

しかし一方で、多くの人々が参加できるようになると煩雑で雑多な意見の整理や集約に

大きな労力がかかるであろうし、誰でも参加できるようになるとネットの掲示板で起きて

いる「荒らし」のような状況が生じる可能性も否定できない。テキストマイニングのよう

なツールもあるが、多数の意見を集約するのではなく、意味のある議論を起こすような意

見を抽出することが必要であり、また「荒らし」のような内容を排除することも必要とな

るため、将来的には人工知能を活用した仕組みが期待されるだろう。

ただし、現時点では人工知能の適用可能性についてまだ明確な回答はない。また、人工

知能が国民の意見を調整しながら意見統一していくとなると、技術的可能性以外にもその

妥当性についても議論が出てくるだろう。さらに、一般国民が今日明日からソースコード

を管理するバージョン管理システムを使えるわけでもなく、法律の制定や改正について意

見を述べることができるわけでもない。もう少し現実的な解を探る必要がある。

まずは、政策担当者、議員、学者だけではなく、実務や技術に携わる民間の専門家など

を巻き込み、個別の法令を対象に徐々に試行を重ねながら、運用を含めた法制度の仕組み

を構築していくことが必要だと考える。少なくとも、当初案から最終決定版までの修正経

過については、バージョン管理システムの修正履歴機能などを使って修正部分を明確にし

て情報公開し、議論の内容を明らかにすることが国民に対する責務であろう。

実際の問題として、2015 年 9 月に個人情報保護法が改正され、個人情報を匿名加工情報

として扱うことでビッグデータ活用への道が開けた。その匿名加工の方法については「個人

情報保護委員会規則で定める基準に従う」こととなっているが、具体的な加工方法について

は「認定個人情報保護団体等の事業者団体・事業者による、事業の実態を踏まえた自主的な

ルールに委ねる」となっている11。つまり、技術進歩の速度に法制度が追い付くことが困難

11 柴田(2015)

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であり、どこまで加工すれば「匿名化した」といえるのか法律で規定することができないと

認め、民間の団体や事業者でその都度議論しながら匿名化について規定し、運用してほしい

ということに他ならない。ビッグデータの運用においては、まさに消費者を含めたオープン

な議論のなかで、ルールを作っていく必要に迫られている。

バージョン管理システムを活用した修正の提案や議論は大きな可能性を秘めているが、

現状はプログラマ用のために概念が難しくて機能が多過ぎ、一般国民がたやすく使えるも

のではない。しかし今後、一般の人が協働で文書を作成する時に使うなど、バージョン管理

システムの GUI や機能が一般向けに進化していくならば、実現可能性は十分出てくるだろ

う。米国連邦政府 OMB が「Edit Guidance で直接条文を編集し、プルリクエストで変更内

容を提案」するよう指示したように、誰でも簡単に扱えるような工夫もチャレンジすべきで

ある。誰でも立法に参加できるという将来を見据えながら、立法の世界においても IT の利

活用について探求していかなくてはならない。

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【参考サイト】

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法令データ提供システム http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxsearch.cgi

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研究レポート一覧

No.428 立法過程のオープン化に関する研究 -Open Legislationの提案-

榎並 利博 (2016年2月)

No.427 ソーシャル・イノベーションの仕組みづくりと企業の 役割への模索-先行文献・資料のレビューを中心に-

趙 瑋琳李 妍焱

(2016年1月)

No.426 製造業の将来 -何が語られているのか?-

西尾 好司 (2015年6月)

No.425 ハードウエアとソフトウエアが融合する世界の展望 -新たな産業革命に関する考察-

湯川 抗 (2015年5月)

No.424 これからのシニア女性の社会的つながり -地域との関わり方に関する一考察-

倉重佳代子 (2015年3月)

No.423 Debt and Growth Crises in Ageing Societies: Japan and Italy Martin Schulz (2015年4月)

No.422 グローバル市場開拓におけるインクルーシブビジネスの活用-ICT企業のインクルーシブビジネスモデルの構築-

生田 孝史大屋 智浩加藤 望

(2015年4月)

No.421 大都市における空き家問題 -木密、賃貸住宅、分譲マンションを中心として-

米山 秀隆 (2015年4月)

No.420 中国のネットビジネス革新と課題 金 堅敏 (2015年3月)

No.419 立法爆発とオープンガバメントに関する研究 -法令文書における「オープンコーディング」の提案-

榎並 利博 (2015年3月)

No.418 太平洋クロマグロ漁獲制限と漁業の持続可能性 -壱岐市のケース-

濱崎 博加藤 望生田 孝史

(2014年11月)

No.417 アジア地域経済統合における2つの潮流と台湾参加の可能性

金 堅敏 (2014年6月)

No.416 空き家対策の最新事例と残された課題 米山 秀隆 (2014年5月)

No.415 中国の大気汚染に関する考察 -これまでの取り組みを中心に-

趙 瑋琳 (2014年5月)

No.414 創造性モデルに関する研究試論 榎並 利博 (2014年4月)

No.413 地域エネルギー事業としてのバイオガス利用に向けて 加藤 望 (2014年2月)

No.412 中国のアジア経済統合戦略:FTA、RCEP、TPP 金 堅敏(2013年11月)

No.411 我が国におけるベンチャー企業のM&A増加に向けた提言-のれん代非償却化の重大なインパクト-

湯川 抗木村 直人

(2013年11月)

No.410 中国における産業クラスターの発展に関する考察 趙 瑋琳(2013年10月)

No.409 木質バイオマスエネルギー利用の現状と課題 -FITを中心とした日独比較分析-

梶山 恵司(2013年10月)

No.408 3.11後のデマンド・レスポンスの研究 ~日本は電力の需給ひっ迫をいかにして克服したか?~

高橋 洋 (2013年7月)

No.407 ビジョンの変遷に見るICTの将来像 Innovation and

Technology Insight Team(2013年6月)

No.406 インドの消費者・小売業の特徴と日本企業の可能性 長島 直樹 (2013年4月)

No.405 日本における再生可能エネルギーの可能性と課題 -エネルギー技術モデル(JMRT)を用いた定量的評価-

濱崎 博 (2013年4月)

No.404 System Analysis of Japanese Renewable Energy Hiroshi Hamasaki

Amit Kanudia(2013年4月)

http://www.fujitsu.com/jp/group/fri/report/research/

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