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研究レポート No.198 May 2004 日本における MOT 教育の実態と課題 主席研究員 安部 忠彦 富士通総研(FRI)経済研 究所

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研究レポート

No.198 May 2004

日本における MOT 教育の実態と課題

主席研究員 安部 忠彦

富士通総研(FRI)経済研究所

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日本におけるMOT教育の実態と課題

主席研究員 安部 忠彦

【要旨】 ① 近年、日本でMOT教育の必要性が強く認識されるようになった。このため国において

もMOT教育への支援が急増している。これに対応して大学においてMOT講座の設置

が増加している。 ② 今回筆者らが行った企業のMOT教育の実態に関するアンケート調査によると、現状M

OT教育は若手技術者よりはマネージャーを対象とし、選抜よりは広範囲の社員にチャ

ンスを与え、社外機関の活用よりは社内での実践を重視し、起業や社外資源活用能力よ

り社内の身近な技術経営課題の解決能力の育成を重視して行う方向が示されている。M

BA的能力はあまり重視されない。 ③ このような企業側の実態は、大学など社外MOT教育機関への期待がそれほど高くない

ことを示し、国のMOT教育支援を、大学向け支援から企業向け支援中心に変更を求め

るものである。しかし企業単独でできないMOT教育もあり、大学を含めた国全体とし

てのMOT教育システムの構築が必要である。 ④ MBA型とは違う実践重視のMOT型経営者育成システムは、新たな日本型経営者育成

システムを生み出す可能性を秘めている。それを成功させることは、日本の競争力強化

にとって非常に重要である。

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【目次】

はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 Ⅰ.必要性が高まる MOT 教育 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 1.MOT 教育とはなにか ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 2.日本で MOT 教育の必要性が高まる理由 ・・・・・・・・・・・・・・・ 4 3.日本企業における従来の技術者教育 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6 4.アメリカのMOT教育 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7 5.増加する政府の MOT 教育支援 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 6.日本の大学・大学院のMOT教育 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10

Ⅱ.アンケート調査から見た MOT 教育の実態 ・・・・・・・・・・・・・・ 11 1.研究者・技術者に対する教育や人材育成の方法 ・・・・・・・・・・・・ 11 2.技術系人材の処遇 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12 3.MOT教育の必要性と実施状況 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13 4.MOT人材の教育方針 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14 5.MOTに関する諸能力の重要度 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15 6.MOTに関する能力・教育機会が与えられるべき人材 ・・・・・・・・・ 16 7.MOT能力の習得の場 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18 8.社内で教育・育成するに当たっての問題点 ・・・・・・・・・・・・・・ 21 9.社外のMOT人材育成機関への期待度 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 21 10.MOT人材育成機関を終了した人材への期待 ・・・・・・・・・・・・ 22

Ⅲ.日本におけるMOT教育の問題点と今後の対応 ・・・・・・・・・・・・・ 25 1.MOTのコンセンサスを得る ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 25 2.主役は企業、ターゲットは経営者 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 25 3.国全体としてのMOT教育システムの構築 ・・・・・・・・・・・・・・ 25 4.今後の大学等MOTコースのあり方 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 26 5.増加する企業のMOTコースの意義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 26

おわりに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 27 参考文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 28

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はじめに 日本は、その使用する研究開発費が世界第 2 位とインプットが大きい1)。その結果として

特許登録件数では世界第 1 位2)、さらに製造業においては、日本の総務省3)や米国の商務

省の資料4)によれば、研究開発費がアメリカ企業に比べより売上高に結びついているなど、

高いアウトプットを示している。 しかし問題は、日本で最も多額の研究開発費を使用している電気機械産業を中心に、研

究開発費が企業収益に結びつきにくい傾向が増していることである5)。すなわち企業の研究

開発の最終目標である利益などアウトカムに繋がりにくいことが問題である。対 GDP 研究

開発費は日本が世界で最も高いが6)、それは研究開発費を多く出していると言って喜ぶべき

指標というよりも、対付加価値でみた効率があまり良くないと自戒すべき指標なのである。 なぜ日本企業が研究開発費を収益に結び付けられなくなっているのかに関しては、既に

筆者が報告したレポート7)でも明らかなように、市場変化や技術変化が激しく、競争がグ

ローバルになり、知的財産の管理や社外資源の活用が必須になった時代において、単に社

内で技術力そのものを強化するのでなく、技術を経済的価値に結び付けるやり方に慣れて

いない最高経営責任者(CEO:Chief Executive Officer) や最高技術担当経営者(CTO:

Chief Technology Officer)が多いことに起因する。すなわち、これまでは技術者に対す

る技術経営(MOT:Management of Technology)教育が不備だったため、そうした知識

や実践能力が身につかないままに経営を任され、手探りで経営を行っていたケースが多い

と考えられる。 従って、今後日本企業が研究開発力を付加価値や収益など経済価値に結びつける経営を

行うためには、MOT 教育を CEO 育成のキャリアパスの一環に組み込み、強化する必要が

あると考えられる。 本研究は、ようやく日本でもその重要性が認識され、動き出したMOT教育の実態と課

題、およびその成功に向けた方向性について論じたものである。 本報告書の構成は以下のようになっている。第Ⅰ章においては、近年の日本のMOT教

育をめぐるマクロ的な動きや、米国のMOT教育を概観する。第Ⅱ章では、筆者が委員とし

て参加・分析した(財)社会経済生産性本部のアンケート調査をもとに、企業のMOT教育の

ミクロ的実態について示す。第Ⅲ章では、第Ⅰ章、Ⅱ章の結果を受けて、日本におけるM

OT教育の今後の方向性について論じる。

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Ⅰ.必要性が高まる MOT 教育 1.MOT 教育とはなにか

①多様な概念が存在 現在、MOT教育については多様な概念が存在する。例えば、「技術と経営の両方がわか

る人材の育成教育((財)社会経済生産性本部)」8)、「技術がかかわる企業経営の創造的、

かつ戦略的なイノベーションのマネジメント教育(技術経営教育センター代表 山之内昭

夫氏)」9)、「技術を事業の核とする企業や組織における、次世代の成長エンジンとなる連続

的なイノベーションによる事業創出を目指した経営(能力を獲得するための教育)(科学技

術白書)」10)のような非常に抽象的なものから、元日本テキサス・インスツルメンツ社長

(現一橋大学大学院客員教授)の生駒俊明氏の11)、①技術者が経営の手法を学ぶ、②技術

系ではないマネージャーが経営上に必要な技術を理解する、③企業の競争力を高めるため

の研究開発戦略及び技術の利用法を学ぶ、④新規の技術によって新たなビジネスを創出す

る手法を学ぶなど、より要素分解的なものまで見られる。 このような多様な概念が見られるのは、MOTが極めて広い内容を包含すること、また、

必ずしも学問体系として整っていないこと、さらにMOT教育は歴史的にアメリカで形を

整えてきているが、アメリカにおいても時代時代において、中心となるMOT教育の中心

テーマが変化してきたため、歴史的にもMOTに関する概念が変遷しているなどの理由が

ある。例えばMIT(マサチューセッツ工科大学)における教育の中心テーマの推移を、

MITのMOTプログラムの教授である David A.Weber 氏の資料から見ると 12)、最初は研

究所における研究開発自身の管理、マネジメントが中心テーマであったが、次に、生まれ

た技術成果を研究所から事業部に、また大学から産業界に、さらに自国内から海外へ移す

技術移転の方法が注目されだした。さらに技術をいかに企業の経営戦略と結びつけるかに

注目が集まり、現在では企業における事業構成を転換させる上で重要な社内ベンチャリン

グ、起業家の育成などが中心テーマとなっているなど大きく変化している(図表Ⅰ―1)。

しかしMOTに関して多様な意見が見られるのは、その実態や本質の究明がまだ弱いこと

も大きい理由と考えられる。

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図表Ⅰ―1 MOTの主要テーマの変遷(MITのケース)

技術的な

イノベーション

技術戦略

戦略的な

インパクトの

大きさ

R&D管理

1960s 2000s1980s 1970s 1990s

技術移転

企業内

起業

資料:David A .Weber 氏資料/出典:三菱総合研究所『最先端の技術経営〔MOT〕に

関する日米基礎調査』(平成15年3月)より作成 ②MOT教育を定義づける上での視点 このような多様な内容を含むMOT教育を定義づける上での視点としては、第一に、M

OT教育を受けるべき対象(受講生)からの視点がある。すなわち非社会人学生なのか、社会

人でも技術者なのか技術的バックグラウンドを持たない人材なのかである。第二に、MO

T教育で教育されるべき内容がMBAで教えるような経営一般なのか、特に技術を経営資

源として経営するやり方なのか、技術そのものなのかがある。技術が対象の場合、すでに

確立した資産としての技術なのか、まさに今生み出されようとしている技術創出の過程の

マネジメントなのかという視点もある。第三に、MOT教育はどのような階層をゴールに

しているのか、マネージャークラスなのか、経営層クラスなのか、経営層ならCTOなの

かCEOなのかといった視点である。 このようにMOT教育を識別する上で多様な視点があり、それに対応して現在多様なM

OT教育が混在している。そのことが、MOT教育とはどのような内容を指しているのか

に関して議論を混乱させていることも事実であるが、本研究ではとりあえず、広い概念を

持つものであるとして、MOT教育を広く扱うこととする。 ③MBA教育とMOT教育 しばしば議論になるのはMBA教育とMOT教育とは同じなのか異なるのか、異なると

すればどこがどう異なるかという点である。この件に関しては、表層的な違いと日本の製

造業にとって本質的な違いとがある。

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表層的な違いとしては、MOT教育の内容の中に、MBA教育で教える内容であるマー

ケティングやアカウンティングなど経営一般内容が包含されているが、MOT教育ではそ

れらがすべてではなく、技術を競争力の糧にする製造業を題材に、技術を重要な経営資源

としてマネジメントするための多様な教科内容が加味されたものがMOT教育といえる。 またMBA教育の場合には、学生が自身の負担で学ぶことが多いのに対し、MOT教育

の場合は会社負担で派遣された学生が相対的に多いこと、このため卒業後はMBAの学生

は入学前とは異なる職場、新たな職場に就職することが多いが、MOTの場合は元の職場

に戻ることがこれも相対的に多いこと、学生の年齢も一般にMBAよりもMOTのほうが

やや高齢であること、学生のバックグラウンド面でもMOTは当然ながら技術的なバック

グラウンドを持つ学生が多いことなど、いくつかの違いが指摘されている 13)。 ④日本のトップ経営者層育成におけるMOT教育の位置づけ より本質的な違いとしては、MOT教育は分析的というよりは実践を重視し、実践の中

で、特に製造業が競争力を高めるための方向を見出すという点に特徴がある。したがって、

単に座学で分析的に知識を吸収するだけでは済まず、その教育内容は実践の中で問題とさ

れるテーマであり、学んだことが即実践を通して評価されるべきものとみなされている。

MOTの資格を取ったというだけでは企業では評価されず、現場の実践で生かされること

が必要になる。したがって、例えば大学である期限を限って学ぶべきことというよりは、

企業などの組織において、座学教育とそれに引き続く実践とその評価とをセットにして、

キャリアパスの中の一環として実施され、最終的にはトップ経営者を育成する手段と考え

られる。 これまで日本では、MBA型のトップ経営者育成手法にはなじんでこなかった。その理

由は、日本の企業がそれほど理論や座学的な知識、資格というものを重視しなかったこと

である。日本企業が重視するのは実践での有用性である。したがってMOT教育は、日本

企業に適したトップ経営者育成法になる可能性を秘めている。そのような視点で、日本に

おけるMOT教育を位置づける必要がある。

2.日本で MOT 教育の必要性が高まる理由 近年日本でもMOT教育の必要性が高まってきている。その理由や背景は以下のもので

ある。 ①日本の研究開発効率性の低下 理由の一つは、すでに記したように、日本企業において研究開発のインプットやアウト

プット的な指標は高いものの、それに応じた付加価値や営業利益といった研究開発投資の

アウトカム指標が非常に劣っていることがある。研究開発の投資効率の低下が大きく、そ

の解決の手段として、MOT教育への期待が高まっている。これは単に企業だけでなく、

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国全体としても同じ状況にある。 ②乖離しだした技術的価値と経済的価値 ではなぜ日本の製造業は、ありあまる技術を企業収益に結び付けにくくなったのか。そ

れは、技術的な価値は一所懸命追求するが、それを経済的な価値に持ってゆく技術と経営

とをつなぐトータルな視点が、経営者にも技術者にも欠けていたことにある。 これまでは、経済価値の高い作るべき製品やサービスが比較的明快だったので、研究開

発部門も明確なターゲットを目指して努力すればよかった。すなわち経済的価値と技術者

が目指した技術的価値とは一致しやすかった。しかし時代は変化した。ユーザーニーズの

急変化と多様化、顕在化しにくいニーズの増加、技術自身の変化が速く多様化している。

こうした状況では、例えば花王のように、クレーム処理対応を核としてユーザーニーズを

即製品企画に取り入れたり、シャープのシステム液晶のように技術的に他社より先行した

り、ソニーのペット型ロボット「アイボ」のように、潜在化したニーズの顕在化に努めた

りと、製品と技術のタイプに応じて対応を変える必要がでてきた14)。けっして先に解答や

ターゲットありきの技術開発ではなくなった。市場調査を重視したり、または逆に技術者

の思いを先行させたりと多様な方法を戦略的に駆使して技術開発を行ない、多様なニーズ

に製品やサービスを合わせないと経済的価値が得られなくなっている。 また市場競争がグローバルになり、技術の標準化などでの仲間作りが不可欠になってき

た。1社単独で独占することは困難になってきている。しかしみなと同じ市場に参入でき

たとしても、全社が勝つことはありえず、仲間を作り市場に入る活動と、その後で他社に

対し差別化し参入障壁を高め、拡大した市場を寡占化する活動を戦略的に行う必要がある。 さらに従来当然とみなされてきたビジネスモデルを、戦略的に転換させることが求めら

れることもある。例えば市場規模は大きいが参入企業数も多かった半導体のDRAM市場

は、現在では多額の設備投資と研究開発投資を続けライバル企業を蹴落とした寡占企業の

世界になっているなど、同じ製品のビジネスモデルでも時期により大きく変化している15)。 ③技術と経営とが分かる人材の必要性の増加

このように、技術を単に技術者に任せ、自己満足的に自社のみで技術開発を先行させる

だけでは経済的利益には結びつきにくくなっている。技術を経済的価値に結びつけるには、

グローバルな視野において社会的変化の動向、市場ニーズの動向把握の上に立って商品企

画ができ、同時に社内外におけるソフトウエア・ハードウエア技術の動向を把握し、それら

を集めてプロジェクトを立ち上げ遂行できる、いわゆる「重量級のマネージャー(東京大

学 藤本隆宏氏)」や「テクノプロデューサー(北陸先端科学技術大学院大学 亀岡秋男氏)」、

「アーキテクト型リーダー(松下電器産業)」と言った名称で呼ばれる、技術と経営・マネ

ジメント力のある中核人材が必要とされている。

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④社会への説明責任の増加 会社の株価が、その企業が有する技術力の評価で左右されるようなケースも増加してい

る。このため技術系トップ自身による機関投資家へのプレゼンテーションも大事になって

きた。財務的説明のみでは説得力が弱く、自社の技術的優位性を経済的価値に絡ませて十

分に説明できる人材も必要になってきた。 3.日本企業における従来の技術者教育 日本の製造業においては、技術を経済的価値に結びつける経営面での弱さが認識されて

はいた〔例えば(社)科学技術と経済の会が 2000 年1月に実施したアンケート調査結果〕。こ

のため、そのような課題を解決できる人材の育成が期待されていたわけであるが、実際に

は日本企業の技術者教育はどのようになっていたであろうか。 従来日本企業においても、技術者の専門技術分野の強化を目的とした教育はそれなりに

充実していた。例えば企業のMOT人材教育に関し、早稲田大学が2000年から200

1年にかけて大手製造業28社に対して行ったヒアリング調査(『企業との密接な連携を前

提とした実践的MOT人材育成システムの実証研究』、平成13年3月)によれば、多くの

企業においては専門技術習得のための機会は社内で制度化されて、社内教育として、また

海外や国内の大学院への留学制度として整っていることが多い。 しかし、特に研究開発分野の人材に対する技術経営教育というものが制度化されている

ケースは少なく、管理者昇格時に最小限のマネジメント教育がなされる程度という例が多

かった。したがって多くの場合、マネジメント力がないままに管理者や経営者の地位につ

いてしまい、非常に苦労したというヒアリング回答が見られた。当然独力で努力して勉強

はするもののやはり限界があり、専門家にいちいち相談するケースが多く、すばやい経営

判断が困難であるというものであった。 また企業における若手技術者にも、技術的な年齢的限界に近づくと、マネジメント教育

を十分に受けていないために、マネジメント力のない、古い技術の専門家と見られること

を危惧すると言う意見がある。 このような実態から、技術を企業利益に結びつけるマネジメント力・経営力を持つこと

を可能にするMOT人材の育成を、若いうちから組織的に行う必要性が高くなってきた。

そのターゲットは最終的にはCEOでありCTOであるが、その登竜門として参謀育成、

スタッフ育成を目指してすぐにでも開始すべきと考えられる。

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4.アメリカの MOT 教育 ここで、日本に先行してMOT教育が始まったアメリカにおけるMOT教育の歴史と実

態について概観したい。 ①アメリカにおけるMOT教育の歴史 MOTの概念はアメリカで発展したものであるが、その出発点は、アポロ計画から出て

きたと言われる16)。アポロ計画では、目的達成のために技術を総動員し、機器・システム

の信頼性や品質の向上、プロジェクトチームの編成など、あらゆる面に当時の持てる技術・

ノウハウをつぎ込んでイノベーションを果たしたとされる。このように、ある目的を達成す

るために、技術をどうマネジメントすれば良いかを考えるのが MOT の基本であり、企業や

国の競争力向上という目的に向って、技術をどう活用すればいいのかその実践的な方法を

考えることから始まったとされる。 MOT教育という面で見ると、例えばMITにおいては1952年にスローンスクール

が設立され、経営学の中で Master of Science が教育され出した。1960年にNASAか

らMITのMOTリサーチに予算が割り当てられ、アポロ関連の技術マネジメントが研究

されている。1962年にMITスローンスクールの研究分野で、Management of Science and Technology が始まっている。 これ以降、アメリカの大学において徐々に多様なMOT関連の講座数が増加していった

が、特に1975年以降その数は急増した。それは、この時期、アメリカ製造業が日本製

造業との競争に次第に敗れ始めるが、その理由が、日本の経営者には技術系出身者が多く、

技術をうまく活用した経営を行なっているのではないかと考えられたことがある。当時ア

メリカの経営トップ候補者であるMBA卒業生は、約3割程度しか製造業に就職しない。

したがってMBAコースはファイナンスが中心で、技術戦略を中核にはできにくい。この

ため製造業のトップを育成できるMBAが必要だと認識され出した。その結果MBAとは

別にMOTを開始したとされる(例えば延岡健太郎(平成15年3月)「経営戦略における

MOTの役割」『平成14年度産業技術調査(最先端の技術経営(MOT)に関する日米基

礎調査』、三菱総合研究所)。 こうして1981年にはMITのスローンスクールでエドワード・ロバーツ教授がリー

ダーとなってMOTプログラムを始めた。これが大学院生向けプログラムとして現行の形

のMOTがはじめて導入されたものとされる。エンジニアリングスクールとマネジメント

スクールが共同で行う、学位を授与できるプログラムであった。これが、MOTという用

語が一般化し始めた契機となったとされる。その後もアメリカ大学のMOT関連講座数は

増加している(図表Ⅰ―1)。

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図表Ⅰ―2 米国大学のMOTの歴史

最新データは芝浦工

1990年代に入ると、MOTのテーマとしてはベンチャー関連のテーマが急増した. 背

日本との違い 学や大学院におけるMOT関連の講座数でみると、アメリカにおいては

、以下のようなものが

、アメリカの大学や大学院のMOTコースは、既存の著名なMBAコースとの併

米国大学/大学院のMOT講座数推移

0

20

40

60

80

100

120

140

160

180

1940 1945 1950 1955 1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000

設立年度

プログラム数

Engineering Management 34Management of Technology 20Master of Engineering Management 13Technology management 7Industrial management 7System Engineering 4

・・

資料:Kocaoglu,1994、出所:亀岡秋男氏講演会資料に加筆。現在米国で1.2万人/年輩出

講座数

主要講座名と数

250250

247(1999)

業大学HP資料

景には新技術をベースにした起業が急に増加し繁栄してきたことがあり、新ビジネスと

企業革新の牽引役としてのイノベーションが強調されたことがある。 ②

このように、大

MOT教育が非常な勢いで増加していることが分かる。しかし、これがそのまま今後の日

本におけるMOT教育の増加に繋がるのか、特に大学が行うMOT教育の盛隆に繋がるの

かについては、日米の違いに基づいた冷静な分析が必要である。 日本とアメリカの大学におけるMOTの位置付けの違いとしては

ある。 第一に

が多く、MBAとの類推でMOTの内容が理解されやすく、世界から優秀な人材を吸引

できている。日本ではまだMOTとはどういうものかに関する認識は広まってはおらず、

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説明することが難しい状況にある。 第二に、アメリカの大学や大学院のMOT教官には、実践的で専門性が高い教官が多く、

ばアメリカの大学教官は、企業のCT

とした人材の流動性が

識が強く、社員も積極

では、TLOなどMOT出身者にふさわしい職場も多い。

って、日本の、特に大学でMOT講座を活性化させるためには、アメリカの事情とは 異

5.増加する政府のMOT教育支援 う認識が徐々に広がり、国においてもMOT支援

、2002年度以降、起業家育成プログラム導入促進事業が開始されている。内

テーションを検討し、MOT人

数存在する企業派遣学生が持ち込む企業の実務的な課題をコンサルティングできる能力

を持つ教官が多いと言われる。日本の大学の場合は、民間企業を経験し、かつコンサルテ

ィングの経験のある教官の数は極めて少ない。 第三に、産業界との協力体制が整っている。例え

の団体であるIRI(Industrial Research Institute)と協力して、MOTの理論化を推

進しているなど、実践と理論化の間での交流環境が整っている。 第四に、アメリカでは、ベンチャー企業の急増とベンチャーを核

られる。同時に社内の技術者の流動性を支援する企業姿勢もある。例えばMOTに関す

る冠講座の設置と教官の企業からの派遣が盛んで、そこに自社技術系社員を派遣し、次の

キャリアアップのステップに活用させているケースも見られる。 第五に、アメリカではキャリアアップは社員の自己責任という認

にMOT講座に参加している。また学生のキャリアアップの目的と大学の教育目的とが

合致している。しかし日本ではプロジェクトマネジャークラスのポストは、経験を積んだ

ミドル層でないと難しいと言う状況があり、大学の育成目標と学生のキャリアアップ要求

とが一致しない。 第六に、アメリカ

なる上記の懸案を一つ一つ解決していく必要がある。

今後の日本にとってMOTが重要とい

動きがみられる。近年における政府のMOT教育支援状況について、以下に概観する。 2002年に、経済産業省の産業構造審議会産学連携小委員会において、「産学連携仲介

、大学発ベンチャー経営者を育成する技術経営教育の普及」が言及された。また同じく

2002年に、MOT教育推進の組織「技術経営コンソーシャム」が日本経団連の協力の

もと設立された。コンソーシャムは企業会員67会員、教育会員45会員から構成されて

いる。 さらに

は、第一に、教育機関を対象とした提案公募形式により、大学、大学院、民間教育機関

などが、技術経営教育に必要な技術経営プログラム(カリキュラム、教材、ケースなど)

を、産業界と連携をとりつつ、開発・実証・評価を行うものである。実際に、2002年度

から延べ73機関にプログラム開発が委託されている。 第二に、産業界が求める技術経営のスキル・アクレディ

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材育成の指針を示すとともに、産業界のニーズを恒常的に反映できる人材育成の仕組みの 整備を図ることである。これはMOT人材に関する産業界のニーズと教育機関のプログラ ムを共通の言語(スキル要件)で結びつけることが目的である。すなわち、産業界が必要

とするMOT人材を業種・形態別に調査・分析し、技術経営上のキーアクティビティを整理

し、それを実施するために必要な知識・能力をスキル要件として定義し、それらのスキルを

習得するために必要な教育プログラムの要件を示すものである。 第三に、開発したプログラムの相互利用を実現し、各種情報交流を促進する「MOT知

ては、ま

.日本の大学・大学院のMOT教育 意識の高まり、国のMOT教育支援強化に対応

修士コースが多い。キャリアとしては学部学

識プラットフォーム」を開発し、当該システムの実証・評価を行うものである。 このように次第に形が整い始めた日本のMOT教育支援であるが、問題点とし

産業界のニーズを教材作成と同時並行的に探りながら実施しているため、教材作成時点

では明確な産業界のニーズが把握されていないままに動いていることがある。従って、自

分たちでニーズをイメージしながら教材を作っている状態になっている。そのため産業界

が望む明確な競争力強化育成のポリシーが共通認識になっていない面がある。 6

近年の企業におけるMOT教育の必要性

して、日本の大学においても様々なMOTプログラムが大学や大学院を中心に設置されだ

した。例えば、経済産業省大学連携推進課がまとめた『技術経営のすすめ-産学連携によ

る新たな人材育成に向けて-』(2003年10月)によれば、学位授与型のMOTプログ

ラムは24機関、ショートプログラム型は民間企業や財団法人を含めて12機関、さらに

単一講座型は11組織に上っている。 これらのコースの多くは1年ないし2年の

生を主対象としているが、社会人も対象としている。社会人の場合には、2年以上や3年

以上の社会経験を求めたり望ましいとしている。将来像としては、アントレプルヌール(起業家、技術ベンチャー経営者)や技術開発マネージャー、技術移転アソシェイツなどである。 中には、芝浦工業大学院大学の工学マネジメント研究科など、MOT教育に特化した専

門職大学院(修士)も見られる。同校がめざす修了後のターゲットは企業経営企画部門の事務

職・技術職、研究開発部門の技術職、行政官、金融機関の投融資審査部門職、各種コンサ

ルテイング会社職員、起業家志望者などである。期間は2年制で、授業時間は平日夜間、

土曜日と社会人学生に配慮したものとなっている。入学金は28万円、授業料は2年間で

340万円である。科目はマネジメントを中心とする科目と技術分野ごとの最先端情報を

教える科目がミックスされている。

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Ⅱ.アンケート調査から見た MOT 教育の実態

現在日本において、MOT教育の必要性の認識が企業で高まり、これに応じる形で国の

術経営人材(MO

東証一部上場製造

も多く、次いで化学・ゴム

OT人材育成機関

1.研究者・技術者に対する教育や人材育成の方法 育(ここではMOT教育に限定して

用する

での学習を奨励し昇進に反映させるか、社内教育や研修を重視し外部での教

支援が開始され、同時に大学や大学院においても教材整備とともにMOT講座設立の動き

が活発化してきた。しかし前章でみたように、必ずしも企業側のニーズを詳細に探り分析

した上での動きではない。MOT教育システムを日本全体で効果あるものにするためには、

まず企業のMOT教育の実態を正確に把握する必要があるだろう。 本章では、日本の企業における技術者への教育研修の実態、中でも技

人材)に対する教育の実態を明らかにする目的で、筆者が委員として参加している(財)社会経済生産性本部が実施したアンケート調査結果をもとに分析する。 このアンケート調査は、(財)社会生産性本部が、2003年11月に、

のべ1,267社の研究・開発及び人事・人事開発部門のマネージャークラスを対象に郵

送形式で実施したものである。有効回答者数は142であるが、同一企業から複数回答が

あったため、有効回答企業数としては119社となっている。 回答企業像は、産業別では電気・電子・情報機器が33社と最

27社、建設・関連資材が17社、輸送用機器が14社、金属・金属製品が13社、機械

が9社、食品が7社などとなっている。従業員数で見ると、1,000人以上5,000

人未満が39社、次いで1万人以上が32社、500人以上1,000人未満が29社、

100人以上500人未満が22社と大企業が多いが、回答企業には中堅企業も見られる。

従業員に占める技術系人材の比率では、21%から40%までが49社と最も多く、平均

的には技術系人材が約半数というのが回答企業のイメージである。 なお、本アンケート調査では、大学や大学院MOTコースなど社外M

どに対する企業外のMOT教育についても質問している。しかし大学や大学院などにお

いて社会人を対象としたMOT教育が始まって時間も短く、かつ数も多くはない。従って、

まだ社会人対象の大学など社外MOT人材育成機関におけるMOT教育に対しては、回答

企業においても共通的な認識が形成されているとはみなしにくい。したがって回答には回

答者の想定が混じっていることを前提に解釈すべき段階と思われる。

現在の日本企業の研究者や技術者に対する一般的な教

ない)の特徴はどのようなものかについて調査した結果は、以下の通りである。 第一に、教育の場であるが、社内研修機関が整いそれを活用するか、OJTを活

、社外人材育成機関を活用するかに関しては、OJT活用が相対的に多くなっている(図

表Ⅱ―1)。 また、外部

研修は特に評価しないかという選択では、社内教育研修重視が多くなっている。現状日

11

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本企業は、自前主義が強いことを裏付けている(図表Ⅱ―2)。

図表Ⅱー1 研究者・技術者に対する教育状況

05

101520253035404550

全く当

ては

まらず

余り当

ては

まらず

どち

らともい

えず

やや

当て

はま

非常

に当

ては

まる

OJT活用

社外教育機関活用

社内研修機関が整い,活用

回答企業数 (社)

資料:(財)社会経済生産性本部アンケート調査2003より作成

図表Ⅱー2 技術者教育の場と評価

0

10

20

30

40

50

60

全く当

ては

まらず

余り当

ては

まらず

どち

らともい

えず

やや

当て

はま

非常

に当

ては

まる

外部での学習を奨励、昇進に反映も

社内教育・研修重視、外部は特に評価せず

回答企業数 (社)

資料:(財)社会経済生産性本部アンケート調査2003より作成

2.技術系人材の処遇

事務系人材と比べ処遇面でどのように差があると認識されてい

日本企業の技術系人材は

のか。選択肢として、最終ポストは事務系に比べ低い、経営陣到達割合は事務系に比べ

低い、定年退職後の再就職先は事務系より限定的、生涯賃金が事務系より低い、の4つを

12

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提示した。その結果、経営陣到達割合が事務系に比べ低い点に関して、やや当てはまると

いう回答が他の3つの選択肢に比べ多かった。 日本における MOT 教育は、「技術系人材が経営者になる割合が低く、その理由は技術系

材に対して経営に関する教育が少ないため素養がないことであり、そのためには経営的

基礎教育を強化すべきである」という考えがもとになって生まれてきた側面もあり、その

推測を裏付ける結果となっている(図表Ⅱ―3)。

図表Ⅱー3 技術系の処遇

0

10

20

30

40

50

60

全く当

ては

まらず

余り当

ては

まらず

どち

らともい

えず

やや

当て

はま

非常

に当

ては

まる

最終ポストは事務系に比べ低い

経営陣到達割合は事務系に比べ低い

定年退職後の再就職先は事務系より限定的

生涯賃金が事務系より低い

回答企業数 (社)

資料:(財)社会経済生産性本部アンケート調査2003より作成

3.MOT教育の必要性と実施状況

の必要性についてみた。MOT人材の育成を意図

%、

ここでは特にMOT人材に向けた教育

した教育の必要性に関しては、すでに現在必要不可欠が35.2%、きわめて近い将来に

必要が55.6%と、その必要性は現実のものとして認識されている(図表Ⅱ―4)。 MOT人材の育成を意図した教育制度については、存在するが内容は不十分が34.5

存在し成果も出ているが4.9%となっている。存在する企業の割合は全体の約4割に達

しているが、不十分、成果がまだでていない状況のようである。また教育制度の有無とは

別に、職場レベルで個別にMOT人材育成に対応する仕組みについては、行っているが内

容は不十分が52.1%、行っており成果も出ているが5.6%となっている。(図表Ⅱ―

5)。

13

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図表Ⅱー4 技術経営人材育成教育の必要性

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

将来も不必要 将来必要・現在不要 近未来に必要 既に必要不可欠

回答者数〔人)

資料:(財)社会経済生産性本部アンケート調査2003より作成

図表Ⅱー5 技術経営人材の育成意図した教育

01020304050607080

未実

施・計

画な

未実

施・検

討中

実施

・不十

実施

・.効果

有り

技術経営人材の育成を意図した教育制度

教育制度の有無とは別に職場レベルで個別に対応している

回答者数〔人)

資料:(財)社会経済生産性本部アンケート調査2003より作成

4.MOT人材の教育方針 MOT人材の教育方針に関して、若い社員には広く教育の機会を与え徐々に絞り込んで

ゆくか、選抜した少人数に教育を行いかつ実践の場を与えるかという選択肢では、比較的

前者を選択する企業が多い。この設問では、年齢的にいつまでに、という期限が示されて

いないので、明確なことはいえないが、現状では、積極的に選抜方式をとる企業はそれほ

ど多くはない(図表Ⅱ―6)。

14

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図表Ⅱー6 技術経営人材の教育方針(選抜の有無)

01020304050607080

全く当

ては

まらず

余り当

ては

まらず

どち

らともい

えず

やや

当て

はま

非常

に当

ては

まる

若手社員には広く場を与える

少数社員を選抜し教育

回答者数(人)

資料:(財)社会経済生産性本部

アンケート調査2003より作成

5.MOTに関する諸能力の重要度 MOTに関してどのような能力が必要になるかについて、16の項目に関して、必要、

やや必要、どちらともいえない、やや不要、不要の中から選択する質問を行った。 回答結果からみて、多くの選択肢ではそれほど必要性に関して大きな差は見られなかっ

た。しかし、「起業家としての能力」を必要とする回答が他の選択肢と比べ極端に少なく、

また「事業化推進能力」「知的財産を積極的に活用する能力」「新規技術を用いたビジネス

モデルを策定する能力」「MBAとしての基礎的能力」「外部の技術資源を活用する能力」

は比較的必要性が低かった(図表Ⅱ―7)。 この解釈としては、現時点での日本企業の課題は、自社内の技術と経営戦略とを一体化

するため、どうやって社内内部の各機能とのコミュニケーションを高め協力・融合し、実際

のプロジェクトをうまく進めるかにあり、社外との協力や、ベンチャーを用いて自社の事

業構成や製品構成を大きく変えるまでにはまだいたっていないと判断される。さらに、M

BAで学ぶような理論的な知識はあまり重要視されていないとも見られる。いずれにして

も日本のMOT教育は、MBA一体型で、ベンチャリングが現在の重要課題となっている

アメリカ型MOTとは大きく異なっている点が注目される。

15

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図表Ⅱー7 技術経営に必要な能力

0

20

40

60

80

100

120

経営

戦略

と技

術戦

略を統

合能

コミュニ

ケーショ

ンや交

渉能

複数

プロシ

゙ェクト

・テーマ

調整

管理

能力

プロシ

゙ェクト

や組

織の

統率

能力

事業

計画

立案

能力

戦略

を明

確に

説明

する

能力

技術

融合

し技

術・事

業戦

略策

定能

メンバ

ーのモチ

ベーショ

ン高揚

能力

個別

プロシ

゙ェクト

管理

能力

コア技

術構

築能

事業

化推

進能

知的

財産

を戦

略的

に活

用す

る能

新規

技術

でビジネスモ

デル策

定能

MBAとして

の基

礎的

能力

外部

の技

術資

源を活

用能

起業

家として

の能

回答者数(人)

資料:(財)社会経済生産性本部アンケート調査2003より作成

必要

やや必要

どちらともいえない

6.MOTに関する能力・教育機会が与えられるべき人材

前項5において取り上げたMOTに関するそれぞれの能力は、社内のどのような階層の

人材にとってより重要かを調べたものが図表Ⅱ―8~11までの図である。図表Ⅱ―8~

11の図は、図表Ⅱ―7における MOT に関してより必要な項目を左から並べ、それぞれの

項目が各人材ごとに「必要」とされた回答数を同一図中に示したものである(図表Ⅱ―7

で「必要」とされた項目のパターン図をそれぞれの図に挿入してある) これらの4枚の図表における、「必要」とされた項目のパターンとそれぞれの階層の人材

における各 MOT として必要な項目の必要度のパターンとを比べると、「マネージャー」の

パターンがMOTとして最も必要性の高い項目のパターンと近似し、マネージャークラス

が MOT 教育のより必要な階層と言うことが分かる(図表Ⅱ―9)。他の「一部の経営者」、

「技術専門職」「若手の選抜者」は、パターンが合わず、それほどMOT教育の対象者とは

みなされていないと解釈できる。 「一部経営者」の場合は、経営戦略・経営目標と技術戦略・知財戦略とを統合する能力

が突出的に多く求められ、また外部の技術資源を活用する能力がやや求められている他は、

それほど求められているMOT能力はない。「技術専門職」の場合は、コア技術を構築する

16

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能力に関して突出的に重視されている他は、ほとんど対象とされていない。技術専門職は、

MOT教育は必要ではなく、技術的価値の創出に全力を出すことが求められている。「若手

の選抜者」に必要な能力としては、MOT に必要性が少ない項目のほうがより求められてい

る。特に起業家としての能力と、MBAとしての基礎的能力である。現在ではなく次世代

において必要となるMOT能力での期待が高いと解釈できる。 すなわち、現時点で日本企業が持つMOT教育のイメージは、マネージャークラスが最

も身につけておくべき能力と一致してイメージされていることがわかる。

0

20

40

60

80

100

120回答者数(人)

技術経営で必要な能力

一部の経営者

資料:(財)社会経済生産性本部アンケート調査2003より作成

図表Ⅱー8 技術経営に関する教育機会が与えられるべき人材階層

図表Ⅱー9 技術経営に関する教育機会が与えられるべき人材階層

0

20

40

60

80

100

120

経営戦略と技術戦略を統合能力

コミュニケーションや

交渉能力

複数プロジェクト・テーマ調

整管理能力

プロジェクトや組織の統率能力

事業計画立案能力

戦略を明確に説明する能力

技術融合し技術・事業戦略策定能力

メンバーの

モチベーション高揚能力

個別プロジェクト管理能力

コア技術構築能力

事業化推進能力

知的財産を戦略的に活用する能力

新規技術でビジネスモデル策定能力

MBAとしての基礎的能力

外部の技術資源を活用能力

起業家としての能力

回答者数〔人〕

技術経営で必要な能力

マネージャー

資料:(財)社会経済生産性本部アンケート調査2003より作成

17

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0

20

40

60

80

100

120回答者数(人) 資料:(財)社会経済生産性本部アンケート調査2003より作成

技術経営で必要な能力

若手の選抜者

図表Ⅱー10 技術経営に関する教育機会が与えられるべき人材階層

0

20

40

60

80

100

120

経営

戦略

と技

術戦

略を統

合能

コミュニ

ケーション

や交

渉能

複数

プロシ

゙ェクト

・テーマ

調整

管理

能力

プロシ

゙ェクトや

組織

の統

率能

事業

計画

立案

能力

戦略

を明

確に

説明

する

能力

技術

融合

し技

術・事

業戦

略策

定能

メンバ

ーのモチヘ

゙ーショ

ン高揚

能力

個別

プロシ

゙ェクト

管理

能力

コア技

術構

築能

事業

化推

進能

知的

財産

を戦

略的

に活

用す

る能

新規

技術

でビジネス

モデル策

定能

MBAと

して

の基

礎的

能力

外部

の技

術資

源を活

用能

起業

家として

の能

回答者数

技術経営で必要な能力

技術専門職

資料:(社)社会経済生産性本部アンケート調査2003より作成

図表Ⅱー11 技術経営に関する教育機会が与えられるべき人材階層

7.MOT能力の習得の場 前項6と同じように、項目5で取り上げられたMOTに関して必要な能力のそれぞれの

選択肢に関して、その能力を獲得すべき教育の場を選択してもらい、同様のパターンの類

似性から、よりMOT教育の場として重要な場を検討した。 図表Ⅱ―12~15に示したように、パターンの類似性と回答数の多さから、より重要

なMOT教育の場としては、「業務の実践の場」が重要視されていることがわかる。ここで

実践とは、自己が責任者として行いながら、自習自得することであり、指導される立場だ

けのOJTとは区別される。

18

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図表Ⅱー12 技術経営で必要な能力と習得の場の関係

0

20

40

60

80

100

120回答者数(人) 資料:(財)社会経済生産性本部アンケート調査2003よりI作成

技術経営で必要な能力

MOTコースで獲得

図表Ⅱー13 技術経営で必要な能力と習得の場の関係

0

20

40

60

80

100

120

経営

戦略

と技

術戦

略を統

合能

コミュニ

ケーショ

ンや交

渉能

複数

プロシ

゙ェクト・

テーマ調

整管

理能

事業

計画

立案

能力

プロシ

゙ェクトや

組織

の統

率能

戦略

を明

確に

説明

する

能力

技術

融合

し技

術・事

業戦

略策

定能

メンバ

ーのモチヘ

゙ーション

高揚

能力

個別

プロシ

゙ェクト管

理能

コア技

術構

築能

知的

財産

を戦

略的

に活

用す

る能

事業

化推

進能

新規

技術

でビジ

ネスモテ

゙ル策

定能

MBAと

して

の基

礎的

能力

外部

の技

術資

源を活

用能

起業

家として

の能

回答者数〔人) 資料:(財)社会経済生産性本部アンケート調査2003より作成

技術経営で必要な能力

業務の実践の場で獲得

19

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0

20

40

60

80

100

120回答者数〔人)

技術経営で必要な能力

企業内研修で習得

資料:(財)社会経済生産性本部アンケート調査2003より作成

図表Ⅱー14 技術経営で必要な能力と習得の場との関係

図表Ⅱー15 技術経営で必要な能力と習得の場との関係

0

20

40

60

80

100

120

経営

戦略

と技術

戦略

を統

合能

コミュニ

ケーションや

交渉

能力

複数

プロシ

゙ェクト

・テーマ調

整管

理能

事業

計画

立案

能力

プロシ

゙ェクトや

組織

の統

率能

戦略

を明

確に

説明

する

能力

技術

融合

し技

術・事

業戦

略策

定能

メンバー

のモチベー

ション高

揚能

個別

プロシ

゙ェクト管

理能

コア技

術構

築能

知的

財産

を戦

略的

に活

用す

る能

事業

化推

進能

新規

技術

でビジネスモデル

策定

能力

MBAとし

ての

基礎

的能

外部

の技

術資

源を活

用能

起業

家として

の能

回答者数〔人)

技術経営で必要な能力

OJTで獲得

資料:(財)社会経済生産性本部アンケート調査2003より作成 「MOTコースで」という回答は、MOTに関してあまり必要とされない、MBAとして

の基礎的能力、新規事業でビジネスモデル策定能力、起業家としての能力などにおける習

得の場としてふさわしいとみられており、社外の育成機関は、MOT 教育の場としては余り

重要視されていないことがわかる。 また同時に「企業内研修」もあまりふさわしい場とは見られていない。したがって、本

質的に実践的な習得が困難な社外機関や、実践との有機的な組み合わせがない場合の「企

業内研修」は余り重要視されないことがわかる。このようにみると、近年日本で増加し始

めた大学等のMOT専門職教育の成立条件は厳しいものがあることが示唆される。

20

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8.社内で教育・育成するに当たっての問題点 前項7で示されたように、日本企業は現時点では、企業内で、実践的なMOT教育を行う

ことを重視している。その場合の問題点としては、どのようなものがあるのか。 回答では、指導できる人材が不足していることが多く指摘されている。次いで、自社に

おける「技術経営」の問題点を明確に指摘できないことが上げられている(図表Ⅱ―16)。

図表Ⅱー16 技術経営人材を社内育成する場合の問題点

0

10

20

30

40

50

60

70

80

指導

できる

人材

不足

自社

技術

経営

の問

題点

指摘

できず

管理

職層

の技

術経

営の

理解

不足

育成

され

る側

の技

術経

営認

知度

低い

経営

トップ

の技

術経

営の

理解

不足

教育

や業

務現

場で

技術

課題

が優

非常に問題

やや問題

回答者数(人)

資料:(財)社会経済生産性本部

アンケート調査2003より作成

9.社外のMOT人材育成機関への期待度 社外のMOT人材育成機関に対する期待内容としては、「選別された経営幹部候補生への

技術経営教育のアウトソーシング機関として」が最も多い。ついで「新技術分野や新技術

戦略・手法に関する情報収集の場として」、さらに「産学連携や事業開発などに活用できる

人脈つくりの場として」が他の項目と比べ比較的多くの期待を集めている(図表Ⅱ―17)。すなわち社内ではできない、一部選抜者教育でのアウトソーシング、新規情報の収集、人

脈つくりの場といった役割である。こうした分野での社内教育機関との棲み分けが期待さ

れている。

21

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図表Ⅱー17 社外技術経営人材教育機関への期待度

0

10

20

30

40

50

60

70

80

技術

経営

教育

アウトソ

ーシンク

゙機関

として

新技

術、新

技術

戦略

・手法

情報

収集

の場

産学

連携

、事業

開発

活用

の人

脈つ

くりの

現在

の経

営者

クラスへ

の教

育機

関として

若手

全般

に技

術経

営の

基礎

を教

える

希望

者に

対す

る技

術経

営教

育アウ

トソーシ

ング機

マネージ

ャーな

どの

昇格

者の

研修

機関

として

中途

採用

者の

能力

を測

る目

安として

配置

転換

目的

社員

再教

育の

アウトソ

ーシングの

非常に期待

やや期待

回答者数(人 )

資料:(財)社会経済生産性本部アンケート調査2003より作成

10.MOT人材育成機関を終了した人材への期待 大学など社外の MOT 人材育成機関を終了した人材に対し、どの程度企業は期待している

のだろうか。「非常に期待」しているとされる項目をみると、第一には「技術戦略の策定」

が上げられている。次いで「研究企画・技術企画」「次世代新技術の研究・技術開発」「新規

事業の事業化推進」「CTO またはその候補者」がほぼ同じ割合となっている(図表Ⅱ―18)。 もともと図表Ⅱ―12に示されたように、社外 MOT コースに対する期待はそれほど大き

くなかったので、今解決すべき課題よりも、やや将来に向っての課題解決への期待が示さ

れている。

22

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図表Ⅱー18 技術経営人材育成機関を終了した人材への期待度

0

10

20

30

40

50

60

70

80

技術

戦略

の策

研究

企画

、技術

企画

次世

代新

技術

の研

究・技

術開

新規

事業

の事

業化

推進

CTO

また

はそ

の候

補者

技術

経営

人材

の社

内教

育精

開発

部門

の上

級管

理者

研究

部門

の上

級管

理者

CEO

また

はそ

の候

補者

事業

部・カ

ンパ

ニー

の上

級管

理者

戦略

商品

のプ

ロダ

クトマ

ネジ

ャー

マー

ケテ

イング

起業

(社内

、社外

ベン

チャー

立ち上

げ)

非常に期待

やや期待

回答者数(人)

資料:(財)社会経済生産性本部アンケート調査2003より作成

以上、今回のアンケート結果から判断すれば、現在の日本の製造業における技術者教育・

MOT教育の実態としては、 ①技術系人材の経営陣到達割合は事務系人材より低く、経営的能力を養う技術系人材教

育がより必要とされている。このためもあり、MOT教育の必要性は将来のものではなく

すでに現実のものであり、約4割の企業は何らかの形でMOT教育を実施している。しか

し現状の内容では不十分と認識している。 ②教育の場は自社内のOJTや実践が中心で、外部の教育研修実績は昇進では評価され

ないなど自前主義的な色彩が濃い。 ③MOT教育の対象者は選抜された少数の人材ではなく、できるだけ広い範囲の人材に

機会を与える方向である。 ④MOT人材に求められる能力に関しては、今回のアンケートで提示された各項目間で

あまり差がないが、「起業家としての能力」を必要とする回答が他の項目と比べ極端に少な

く、また「事業化推進能力」「知的財産を積極的に活用する能力」「新規技術を用いたビジ

ネスモデルを策定する能力」「MBAとしての基礎的能力」「外部の技術資源を活用する能

力」が比較的必要性が低かった。これは現時点でMOTとしての認識が、社内のプロジェ

クトマネジメント遂行能力を持った人材育成と比較的限定的に認識されているためと考え

られる。

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⑤このため、MOT教育の対象階層としてはマネージャークラスが想定されているし、

MOT教育の場としても企業内の実践教育が中心で、社外のMOTコースなどは重視され

ていない。 ⑥社外のMOT教育機関への期待としては、社内では適切な教官が不足しているためで

きない選抜者向けの教育、社内では分からない新規情報収集や人脈作りが、またMOT教

育を受けた人材への期待としては、「技術戦略の策定」、「研究企画・技術企画」、「次世代新

技術の研究・技術開発」「新規事業の事業化推進」「CTO またはその候補者」と言う項目が高

い。

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Ⅲ.日本における MOT 教育の問題点と今後の対応 日本におけるMOT教育の必要性の高まりとそれに対する国や大学の対応、および現状

における企業の技術者教育、特にMOT教育の実態について概観した。この状況を一言で

言えば、「MOT教育に対する漠然とした期待の膨張と、コンセンサス・グランドデザイン

の不足」といえる。しかし、今後MOTの重要性は益々増していくことが考えられ、それ

を日本企業に適したやり方で成功させ、日本企業が持つ技術的な力を経済価値に結びつけ

る必要がある。以下では、問題点とその対応について検討する。 1.MOTのコンセンサスを得る 既に述べたように、MOTは多様な要素を含むため、多様なコンセプトで語られること

が多く、なかなかコンセンサスが得られない。しかし明確なのは、MOTは技術を経済価

値に結びつけることで、企業や国の競争力を強化することが目的であるということである。

このようなコンセンサスに収斂させてゆくことが、今後日本においてMOTをより効果的

に推進する前提となる。 2.主役は企業、ターゲットは経営者 MOTでは、個々の理論やツール以上に実践が重要である。理論やツールをベースにし

て、技術者に実践のチャンスを与え、評価して、また新たな理論化やツール変更へと繋ぐ

一連の活動が不可欠で、その場は企業が主体となる。企業が自社責任でその任を果たすこ

とが基本である。国の支援も、企業が主役であると言う軸を中心になされるべきである。 また企業において主役になるのが、最終的には技術を理解する経営者である。その育成

過程においては、既に述べた市場のニーズと社内外の技術動向を知り、自ら付加価値が高

い商品としての企画を練り、社内外の技術資源をまとめてプロジェクトを率いることがで

きる中核的人材の育成が付随する。 そのような人材を、従来のように、自然発生的に選ばれるのを待っていたら経営トップ

になるのに60才近くになってしまう。それではエネルギッシュな若い世界の経営者と競

争することはできないであろう。従って入社10年程度で選抜し、MOT教育とその結果

でさらに選抜し、貴重なポスト、すなわち実践の機会を与え、その成果でさらに選抜し、最

後は世界の一流のエグゼクテイブMBAコースで各国の経営トップと交流するなどで、5

0歳当たりまでにはトップ経営者になれるようなキャリアパスの中に、MOTコースを入

れるべきである。 3.国全体としてのMOT教育システムの構築 このようなMOTコースを、1企業だけで揃えることは幾つかの点で困難である。第一

に自社内に教官が不足している。第二に理論化やツール化に関しては、大学等がより適切な

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面がある。第三に自社内の課題は、社内の人間だけでは見つけにくい。第四に他社との他

流試合や人脈形成も必要である。1企業だけでそれを完結しようとすれば、コスト的にも

負担が大きい。 従って、国や産業界全体が協力して、日本全体、さらに世界全体のMOT教育に資するよ

うなケースの提供や理論化を行ったりする必要がある。アメリカのIRIなどに見習った、

産業界、学会の協力は重要になる。 4.今後の大学等MOTコースのあり方

日本におけるMOT教育に対しては、現状大学等を中核として国の支援がなされている。

確かにアメリカにおいては大学等がMOT教育の中核になっている。しかし既に述べたよ

うにアメリカと日本では状況がかなり違っている。大学等のMOTコースが、企業や国のさ

し迫った競争力強化にどのように繋がるのか見えにくい。また優秀な社員の貴重な時間を

通学に奪われることに関して、企業(上司)のみならず、競争社会に置かれている本人にも危

惧がある。 実際、学生として企業からの派遣社員を期待したけれども、予想よりもはるかに派遣社

員が少なかったとする大学等が見られる。数少ない自費社員学生の大学等間での奪い合い

が見られ、大学等のMOTコースが増加するにつれて、1大学等当たりの志望者数が減少

しそうである。社員学生をあきらめ、設立時は想定していなかった学部学生を対象に広げる

大学等もみられる。 今後、日本においても、自分のキャリアアップを自分の責任と考える社会人は増加するで

あろう。しかし受け入れ側の企業には、資格だけで採用する姿勢は少なく、卒業生の就職先

が今後増えるかどうか予断を許さない。 結局、日本全体のMOT教育システムの中では、大学等はカスタム化された個別企業にお

けるMOTコースの支援、産業界との協力による理論化、ツール化、および学生相手の基礎

的なMOT教育、アジアなど海外の社員学生を対象に限定される可能性がある。 5.増加する企業のMOTコースの意義 一方企業内に設置されるMOTコースは、今回の企業アンケート調査でみられたように、

企業がMOT教育を、社内で、実践と一体的に、経営者育成のキャリアパスの一環として活

用する意図が強いため、今後も増加するとみられる。 これは、欧米やアジア企業が、経営者育成をMBA教育システムの活用によって育成しよ

うとするのと異なる、日本独自のやり方とみることができる。従来日本企業は、非技術中心、

理論中心、資格重視のMBA型経営者育成法を拒否していた。その結果、欧米企業やアジア

企業と比べ有効な経営者育成手段を持たず、経営面で劣勢に置かれていた。しかしMOT

という、独自の経営者育成法で効果を上げれば、経営面での劣勢を挽回できるチャンスが期

待できる。その意味でも、日本におけるMOT型経営者育成は、重要な意味を持っている。

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おわりに 日本においては、現在MOT教育は一種のバブルに近い盛隆を呈し、国の支援金額の大き

さと大学等におけるMOTコースの増加は目を見張るものがある。しかし冷静に企業側の

実態を調査すると、そのような動きに惑わされず、企業の競争力獲得に必要な方策として、

大手企業を中心に自社内で、理論化と実践とを一体化させたMOT教育活動が始動し始め

ている。 従来日本企業は経営者育成方法としてのMBA型システムを重視してこなかった。それ

は日本企業が、机上の理論よりは現場の実践、資格よりは成果、若さよりは経験を重視する

姿勢が強いためと考えられ、他の欧米諸国のみならず、アジア各国企業との際立った違いに

なっている。しかし、従来とは違う競争環境に立たされた日本企業にとって、そのような姿

勢が、今日まで長く続いた経営不在型不況の原因となっているのは確かであろう。 このような状況を打破する目的で生まれたMOT型経営者育成システムは、従来の日本

型とMBA型の中間に位置し、短期間に、理論と実践の一体化をベースとして、資格だけ

でない成果も評価して経営者を育成するシステムである。 日本企業が日本企業らしいやり方で、無理なく新たな経営者育成システムを成功させる

ことが、今後の成長の鍵を握ると考えられる。

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【参考文献】

1)文部科学省『平成 15 年版科学技術白書』(2003) 2)特許庁ホームページより 3)総務省『科学技術研究調査報告書』各年版 4)米国商務省『Quarterly Financial Report』各四季版 5)安部忠彦「なぜ企業の研究開発投資が利益に結びつきにくいのか」『富士通総研 研究

レポート』No.178、2003 年 10 月 6)文部科学省『科学技術白書』各年版 7)同上 安部忠彦「なぜ企業の研究開発投資が利益に結びつきにくいのか」『富士通総研

研究レポート』No.178、2003 年 10 月 8)(財)社会経済生産性本部のパンフレットより 9)例えば 2003 年 11 月 8 日開催の研究・技術系各学会 18 回年次学術大会 「MOT教

育の質的検討」分科会での議論など 10)文部科学省『平成 15 年版科学技術白書』(2003) 11)生駒俊明「企業価値を最大化するための技術経営」『一橋ビジネスレビュー』2004

年 春季号 12)David A .Weber 氏資料。出典は三菱総合研究所『最先端の技術経営〔MOT〕に関

する日米基礎調査』(平成 15 年3月) 13)例えば 2003 年 11 月 8 日開催の研究・技術系各学会 18 回年次学術大会 「MOT

教育の質的検討」分科会での議論など 14)(社)日本機械工業連合会『戦略的技術マネジメントに関する調査研究』平成 15 年 3

月 15)生駒俊明「企業価値を最大化するための技術経営」『一橋ビジネスレビュー』2004

年 春季号 16)水野博之「MOTとは」『日本経済新聞』2003 年 9 月 19 日