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EY 総研インサイト Vol.6 June 2016 EY Institute 特集 ポスト2020 レポート アルバイト学生への就職支援から始まる 人材マネジメント革命:㈱エー・ピーカンパニーの事例 サクセッションプラン(後継者計画)に関する一考察

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EY総研インサイトVol.6June 2016

EY Institute

特集ポスト2020

レポートアルバイト学生への就職支援から始まる人材マネジメント革命:㈱エー・ピーカンパニーの事例

サクセッションプラン(後継者計画)に関する一考察

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CONTENTS EY総研インサイトVol.6 June 2016

03 はじめに 所長 柴内 哲雄

04 Ⅰ章 ポスト2020年の日本企業とビジネスモデル未来社会・産業研究部 シニアエコノミスト 鈴木 将之

08 Ⅱ章 資本市場 環境変化とポスト2020に向けて未来経営研究部 上席主任研究員 深澤 寛晴

16 Ⅲ章 スポーツを通じた感動立国への投資企画・業務管理部 副部長 笹渕 拓郎未来社会・産業研究部 主席研究員 小川 高志

22 Ⅳ章 ポスト2020に向けた人工知能との協働未来社会・産業研究部 副主任研究員 矢後 憲一

特集 ポスト2020

30 アルバイト学生への就職支援から始まる人材マネジメント革命:㈱エー・ピーカンパニーの事例未来社会・産業研究部 副主任研究員 金城 奈々恵

36 サクセッションプラン(後継者計画)に関する一考察未来経営研究部 主席研究員 藤島 裕三

レポート

44 会社概要、バックナンバー

EY総研インサイト Vol.6 June 2016

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02 EY Institute

特集ポスト2020

Ⅰ ポスト2020年の日本企業とビジネスモデル 04

Ⅱ 資本市場 環境変化とポスト2020に向けて 08

Ⅲ スポーツを通じた感動立国への投資 16

Ⅳ ポスト2020に向けた人工知能との協働 22

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デジタルエコノミー社会に向けたパラダイムの創造

 「1.57ショック」といっても知る人は少ないかもしれない。これは、バブル経済崩壊の一年前、1990年に発表された合計特殊出生率が、丙

ひのえ

午うま

という特殊事情を除くそれまでの最低記録(1.58)を下回り、史上最低の水準になってしまったことへの衝撃の大きさを表して言われたものである。

 当然のことながら経済力は人口との関わりが強く、GDP国内総生産は労働力人口、労働時間、労働生産性によりおおむね算出され、経済成長率は労働力人口の増加率、労働生産性の上昇率によって決まってくる。そのため、労働力人口の減少はGDP、経済成長率にマイナスの影響を及ぼすことになる。「1.57ショック」は戦後の経済発展を支えてきたパラダイムの一つ、人口“増加”が“減少”に反転することを示唆しているだけに「ショック」という表現がでたのかと思われる。

 この発表以降、少子化対策として有識者会議等多くの議論を踏まえ、「少子化社会対策基本法」に始まる法改正、施策も打たれてきたわけであるが、それから25年たって、先日発表(2016年5月)された合計特殊出生率は1.46(2015年実績)であった。これでも前年比+0.04と上向いてはいる。

 このような流れから、さまざまな施策は打たれているものの日本の総人口は、2010年の1億2,800万人から、2020年1億2,400万人、2060年8,670万人へと減少していくことが推計されている。また、労働力人口の近似として生産年齢人口をみると、2010年の8,103万人(63.2%)から2020年7,341万人(59.2%)、2060年4,418万人(50.9%)へと減少する。逆に、65歳以上の高齢者は、2010年の2,925万人(22.8%)から2060年には3,464万人(39.9%)になることが推計されている。一方、国内での人口減少は叫ばれているものの、世界に目を向けると、人口は確実に増加しており、2010年の約69億人から2060年には100億人超へと増加することが予測されている。

 このように日本の労働力人口が減少し、高齢者が増加する中、日本経済はどのようになっていくのであろうか。

 解決していくヒントは、増加する高齢者市場、加速化する第4次産業革命へのシフト、新たな価値創造と生産性の拡大など、新しい成長パラダイムの創出を狙う中にある。

 本特集では、マクロ経済、資本市場、成長市場の視点から、Ⅰ章では人口減少の進む中で日本経済が成長トレンドを取るためにはどのような観点があるのか、Ⅱ章ではグローバル化の進む中で資本市場が担うべき役割はなにか、Ⅲ章では新たな国内市場の開発の観点でスポーツ成長産業化について、Ⅳ章では第4次産業革命の要でもあり、生活の場での活用も期待されている人工知能について記述している。

 日本経済の持続的成長のためにも、第4次産業革命に向け加速化するグローバル・デジタルエコノミー社会にふさわしいパラダイムの創造と転換が必要で、そのためにも創造的破壊、オープンイノベーションの実践が求められる時代になってきているのではないだろうか。

EY総合研究所 所長 柴内 哲雄

EY総研インサイト Vol.6 June 2016

はじめに

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EY Institute

 ポスト2020年に、日本企業・経済は成長できるのだろうか。このままの状態ならば、世界経済における日本企業・経済の地盤沈下は免れないだろう。その一方で、成長に向けて手を打つ時間があることも事実だ。 今後の大きな問題は、日本経済が需給両面から縮小均衡に至る可能性があることだ。例えば、2030年の人口は、2016年から約960万人(▲8%)減ると推計されている(国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計人口(平成24年1月推計)』中位推計)。75歳以上が576万人増える一方で、15~ 64歳のいわゆる生産年齢人口は825万人も減る。その一方で、世界人口は堅調に増えてゆき、世界の中で日本の人口割合は1.7%から1.4%に低下する<図1>。人口減少は、労働力供給に下押し圧力をかけることを通じて、潜在成長率を押し下げるとともに、消費需要が抑えられることで経済成長率も鈍化しかねない。こうしたこともあって、日本のGDPが世界に占める割合は7%から4%へと大幅に縮小する恐れがある<図2>。 しかし、ポスト2020年に向けて、日本経済が成長トレンドに戻るための手を打つ時間があることも事実だ。その成長シナリオを実現させるためには、①社会の変化に対応して、②技術進歩をうまく取り入れ、③新たな価値を提案していくことが、必要条件だろう。しかも、人口減少や高齢化は、何も日本だけの問題ではない。欧州やアジアも遅かれ速かれ、同じ問題に直面するからだ。そのとき、日本企業の経験・ノウハウは、海外でのビジネス展開に役立つに違いない。

地盤沈下か成長か

図1 人口構成比の変化(単位%)

出典:United Nations "World Population Prospect: The 2015 Revision"よりEY総合研究所作成

4.4 1.7

4.5

18.7

17.8

52.8

4.2 1.4

4.0

16.7

18.0

55.8

2015年

2030年

日本米国ユーロ圏中国インドその他

特集ポスト2020

Ⅰ章ポスト2020年の日本企業とビジネスモデル

EY総合研究所

シニアエコノミスト鈴木 将之

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EY総研インサイト Vol.6 June 2016

Feature

社会の変化:メインターゲットは高齢者

 それでは、ポスト2020年の成長を考える上で、どのような成長モデルが考えられるのだろうか。そこで、①社会の変化については高齢化、②技術進歩については現在進行中の第4次産業革命を踏まえた上で、③新たな価値の提案についてはビジネスモデルの変化の視点から、今後の日本企業・経済の成長について検討してみる。

図2 GDPの変化

出典:Johansson et al.(2012)のFigure10よりEY総合研究所作成

(注)2005年購買力平価(PPP)に基づく換算

図3 高齢者消費の構成比の変化

出典:総務省『家計調査』、内閣府『国民経済計算』よりEY総合研究所作成

 現在26%超となっている65歳以上人口比率は、2030年には30%を上回る見通しだ(国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計人口(平成24年1月推計)』)。また、日本人の平均年齢は現在の約46歳から50歳(同『人口統計資料集』)に達する。人生50年どころではないし、天命を知る頃の50歳であってもまだ「若い」といわれる可能性がある。 こうした中で、企業のメインターゲットは当然、高齢者にシフトする。人口ボリュームに加えて、高齢者といっても健康で消費意欲が高い人も増えるからだ。これからの高齢者はスマートフォンやPCを使いこなし、流行に敏感であるなど、消費者像が一変する。その影響力は大きく、ポスト2020年には、医療や介

ユーロ圏 中国 米国

日本インド

その他

ユーロ圏

中国

米国

日本

インド

その他

0

20

40

60

80

100

2014年 2030年

高齢者世帯 その他世帯(%)

護まで含めた消費総額のうち、高齢者世帯の割合は約52%と過半を超えると試算されるほどだ<図3>。 ただし、高齢者といっても、ひとくくりにできないことも事実だ。それまでの人生の集大成という意味もあって、高齢者ほど「多様性」という言葉がふさわしい。 例えば、健康状態は人によって大きく異なる。もちろん、年齢を重ねるにつれて、医療や介護が必要になる人は増える。その一方で、健康であり、健康食品などヘルスケア消費を増やしたり、旅行や娯楽等の消費を増やしたりする人もいる。それぞれの状況に応じた消費行動になるため、消費の選択肢も広がる。 また、それらの消費の原資となる年金についても、分布は幅広い。例えば、厚生年金(基礎年金を含む)の平均月額は14.5万円でも、その受給額の分布は8~11万円、17~20万円が多いなど、バラツキが大きい。また、国民年金の平均月額は5.4万円であり、最も多い層は6~7万円であるものの、それより少ない年金額の人も多い(厚生労働省『平成26年度厚生年金保険・国民年金事業の概況』)。このように、平均からのイメージと、実際の姿が大きく異なっている。

2016年から2030年にかけて予測されている人口減少の規模。高齢化や人口減少という大きな変化の中で、日本経済が成り立つ仕組み=社会デザインが欠かせない。

約960万人

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2011年 2030年

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EY Institute

技術進歩:第4次産業革命のインパクト

 また、多額の金融資産を持つ人もいれば、そうでない人もいる。例えば、60歳代の金融資産保有額では、1,000万円以下が全体の51.3%の一方で、2,000万円以上が26.8%を占める(金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査』)。退職金や親からの相続などによって、この年齢層では、金融資産が増えやすい一方で、高齢者世帯のうち76万世帯(2014年度、被保護世帯161万世帯のうち47.5%、厚生労働省『被保護者調査』)が生活保護を受けているなど、多様な姿がうかがえる。 このため、消費需要を掘り起こしていくためには、きめ細かいアプローチが必要になる。それを実現できる可能性は、後述する第4次産業革命などの技術進歩にある。

図4 第4次産業革命による生産者・消費者の関係変化

出典:EY総合研究所作成

  IoT( Internet of Things)やAI(人工知能、Artificial Intelligence)などを中心とした第4次産業革命は、日本経済の課題を軽減し、企業の生産プロセスや産業構造を一変させる可能性がある。さらに、前述のように、メインターゲットとなる高齢者の潜在需要を掘り起こすことによって、需要が下支えされる効果も期待される。 まず、ポスト2020年の生産プロセスを想像してみよう<図4>。例えば、あらゆるところに設置されたセンサーが、移動などの位置情報や消耗状態などの物理的な情報をデジタルデータとして収集し、それらの情報を共有することで、モノとモノを情報で結んでいる。それらをAIが解析することで、ヒトの意思決定をサポートしてくれる。汎

はん

用よう

的なAIの実現はポスト

2020年には難しいとみられるものの、特定の業務や分析などの能力は現在よりもはるかに向上している。その結果、高齢者の生活に潜む新たな需要が掘り起こされる可能性がある。それは、生活の質の向上にもつながることから、経済全体でみれば需要の底上げにも貢献する。 例えば、ポスト2020年には、自動運転を搭載した超小型モビリティなどのカーシェアリングや自動運転バスなどの普及もあり、生活の足が確保され、買い物難民の問題は緩和する。その際、目的地や行動範囲、時間帯などさまざまな情報が収集・分析され、新たな製品やサービスが提案されることで、潜在需要が掘り起こされる可能性がある。 また、ポスト2020年には、各家庭に生活支援ロボットの導入が進んでいるだろう。子育て支援ロボットの利用に肯定的な意見は3割と抵抗感がある一方で、介護分野については6割超が肯定的である(総務省『社会課題解決のための新たなICTサービス・技術への人々の意識に関する調査研究』)。人手不足もあって、介護サービスの供給力が大きな問題となる中で、ロボットなどの活用が広がる余地は大きい。もちろん、IoTやAIを介して、医療や介護、ヘルスケアとの連携が進む。ウェアラブル機器や非接触型の機器などによって健康情報が収集され、それがAIによって解析され、各人に適したおすすめの食事や運動などのプランが示されたり、場合によっては医療機関の受診などが勧められたりする。その情報は医師や介護士などにも共有されており、消費者(患者)への働きかけも行われるなど、双方向での健康維持が促進されるだろう。このように、潜在需要が掘り起こされることで、生活の質を向上でき、結果として日本企業・経済も成長すると考えられる。

ロボット

IoT

AI生産者企業

消費者家計

ポスト2020年の日本企業とビジネスモデル

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EY総研インサイト Vol.6 June 2016

Feature

新たな価値の提案:ポスト2020年のビジネスモデル

 高齢化などの社会構造の大きな変化の中で、第4次産業革命という大きな技術変化が起こりつつあるという好機を活かして、新たな価値を提案していくことが、日本企業・経済の成長には欠かせない。 特に、ポスト2020年には、ビジネスモデルが現在とは大きく変わっているだろう<図5>。IoTによって、生産プロセスに携わる企業のネットワークが強化され、企業や系列、地域の壁がなくなる。また、現在の3Dプリンターの発展形である次世代型のAM(付加製造、Additive Manufacturing)は、樹脂からセラミックや金属まで複数の素材を同時に扱え、かつ複数のパーツが組み合わさった製品や完成品を一気に生産できる方向で、研究開発が進んでいる。この技術によって、消費地での生産が可能になり、生産者と消費者の壁もなくなり、生産消費者(prosumer)化が進むとみられる。 サービスについては、AIによるマッチング機能や需要予測によって、生産性の向上が期待できる。これまでサービスの特性による問題であった生産者と消費者の時間と場所の調整がより円滑になり、待機時間などのロスが減ったり、繁忙期と閑散期の業務量をならしたりできるからだ。

図5 ポスト2020年のビジネスモデル

出典:EY総合研究所作成

<参考文献>

Johansson, Å., Y. Guillemette, F. Murtin, D. Turner, G. Nicoletti, C. de la Maisonneuve, P. Bagnoli, G. Bousquet and F. Spinelli, (2012), Looking to 2060: Long-term global growth prospects, OECD Economic Policy Papers No.3鈴木将之(2015)「高齢者発の日本企業の成長シナリオ―超高齢社会のデザイン―」『EY総研インサイト』Vol.5, pp.22-27.鈴木将之(2016)『2060年の日本産業論』東洋経済新報社

 このとき、企業が重視すべき役割は、これまでのような生産活動ではなく、パーツや製品のデザインや規格といったデジタル情報や知財の提供や、消費者ニーズを先回りした商品、サービスの企画、提供である。こうした中で、生産プロセス(川上・川下)と収益性の関係を示したスマイルカーブを想定すると、収益性が見込める川上と川下に集中するようになり、特に、研究開発や企画、デザインなどに注力できるようになる。また、IoTや次世代型生産技術であるAMによって、生産プロセスの変化から多品種・少量生産を実現できるため、よりきめ細かい消費者ニーズをすくい上げられることも、その後押しになる。このようなビジネスモデルに転じることによって、ポスト2020年のメインターゲットになる多様な高齢者の需要を捉え、潜在需要を掘り起こせるようになるだろう。 それと同時に、国内で磨いたビジネスモデルは、高齢化や人口減少など日本同様の問題に直面する海外にも展開できるはずだ。簡単ではないものの、こうした取り組みを続けていくことによって、国内外の消費需要の獲得を通じて、日本企業・経済は成長トレンドに戻ることができるだろう。

消費者

企業

AI・ロボット

3Dプリンター(AM、付加製造)

ニーズ

デザイン・規格

サービス

製品

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EY Institute

 まず、経済活動における資本市場の位置付けから見てみよう<図1>。 経済活動において最も重要なのは事業を通じた付加価値の創出だ。付加価値は顧客によって評価され、対価が支払われることで利益となる。利益は一部が配当あるいは自己株式取得により株主に還元され、残りは企業に内部留保され事業に再投資される。また株主が機関投資家の場合には、株主還元された資金についても資本市場と企業を経由して事業に再投資される※1のが通常だ。 経済活動はこのような一連のサイクルで動いているが、ここには二つの機能が含まれている。まず企業・事業に投資する機能だが、ここでは個別の企業・事業に対して資金の配分が行われるため、本稿では資金配分(機能)と呼ぶ。次に付加価値を創出する機能だが、ここでは配分された資金を利用することから、本稿では資金利用(機能)と呼ぶ。資本市場は資金配分のうち、企業の枠を超える部分を担うものとして位置付けられる。また、企業は主に付加価値を創出する主体として資金利用と同時に、内部での資金配分を担っている。また、M&Aにより企業の枠を超えた資金配分を担うケースもある(<図1>では省略)。

はじめに特集ポスト2020

Ⅱ章資本市場環境変化とポスト2020に向けて

 資本市場は資本(資金)を通じて投資家と企業をつなぐ場であり、活発な経済活動に不可欠な存在だが、従前の日本において注目される機会は少なかった。しかし、近年はさまざまな環境変化を経て存在感が増しており、2020年の先、すなわちポスト2020の経済や企業を考える上で軽視し難い存在になっている。本稿では、資本市場を経済や企業と一体と見なし、ポスト2020について考察する。 なお、資本市場とは企業が資金(資本)を調達する場であり、主に株式・社債市場を指す(銀行借入を含めて金融・資本市場という表現をすることもある)が、本稿では近年特に重要性が高まっている株式市場を想定する。

EY総合研究所

上席主任研究員深澤 寛晴

資本市場の役割

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EY総研インサイト Vol.6 June 2016

Feature

日本版スチュワードシップ・コードを受け入れている機関投資家の数(2016.5.27)。日本株式に投資する機関投資家の大半が、投資先企業と建設的な「目的を持った対話」を行う姿勢を見せている。企業と機関投資家(資本市場)が密接な関係を取り戻すことが期待されている。

207

 経済が一連のサイクルとして活発に機能するためには資金配分および資金利用の両方が効果的に機能することが求められるが、日本企業は資金利用を重視する一方で、資金配分に対する意識は強いとは言い難いようだ※2。高度経済成長期は欧米に対するキャッチアップという方向性が明確であり、資金配分については公的セクターが担う部分が大きかった※3と考えられる。そのため、企業が自ら内部における資金配分を考える、あるいは資本市場の信頼を高めることで有利な資金配分を受けるといった取り組みを講じる必要性が乏しく、むしろ資金利用に専念することで経済活動のサイクルが機能していた。しかし、キャッチアップが一巡した1980年代以降は資金配分における公的セクターの役割は大きく後退している。特に今日では事業環境の大きな変化に見舞われ、資金利用や企業内部の資金配分だけでは対応し切れないケースが増えている。企業の枠を超えた資金配分を担う資本市場の重要性がさらに高まっていると言えよう。

 冒頭で述べた通り、近年は資本市場を取り巻く環境に変化が起こっている。ここでは、以下3点について見てみよう。いずれも今日において、さらにはポスト2020に向けて資本市場の影響力を強めるものだ。

資本市場を巡る環境変化

1. 株主構成の変化

 1980年代後半、日本企業の株式の約6割※4は金融機関(都銀・地銀等、生損保)あるいは事業会社(事業法人等)が保有していた。大半は持合いを含む安定株主で、日本的経営の強みの一つとされたこともあった。しかし、1990年代以降、その比率は大きく低下し、直近(2014年度末)ではその比率は30%と半減している。それに代わって保有を増やしているのが外国人(外国法人等)で、1980年代後半の5%前後から直近の32%まで増加している。外国人の大半は機関投資家と考えられるため、日本企業の株主構成の主役は安定株主から機関投資家に移ったと言える。

図1 経済活動における資本市場

出典:EY総合研究所作成

株主還元 内部留保

資金配分(機能)資本市場

(株式市場が担う) 資金利用(機能)

企業B 事業Y:付加価値創出

株主

事業X:付加価値創出企業A 利益 顧客:

• 付加価値を評価• 対価の支払い

� � �� � �利益

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EY Institute

 近年では、機関投資家が株主総会において議決権を行使するのは珍しくなくなっている※5。ここで問われるのはコーポレートガバナンスの状況だ。従前は社外取締役の設置状況や社外監査役の独立性といった形式的な要素に限定されていたが、2015年2月以降は議決権 行 使 助 言 の 世 界 最 大 手ISS(Institutional Shareholder Services Inc.)が、自己資本利益率(ROE)が5%を下回る場合に株主総会における経営トップの選任議案に反対推奨を行う方針を採用するなど、注目される範囲は広がっている。 近年、日本企業において社外取締役の設置は着実に広がっており<図2-1>、コーポレートガバナンスの強化が進んでいるのは明らかだが、取締役選任議案に対する主要機関投資家の平均賛成率はほぼ横ばい<図2-2>だ。企業における取り組みが進むのとほぼ同じペースで、機関投資家の要求水準が上がっていると言える。近年、日本企業のコーポレートガバナンス強化の取り組みは急速に進んではいるものの、依然として機関投資家に対する説得力において欧米企業との差は大きい。ポスト2020に向けて議決権行使を通じた機関投資家のスタンスは厳格化する傾向が続くと考えるべきだろう。

 コーポレートガバナンス・コード(後述)の影響もあり、今後も政策保有を通じた安定株主は減少を続けることが予想される。ポスト2020に向け、日本企業の株主構成において、機関投資家の比率は高まる傾向が続くと考えるべきだろう。

2. 議決権行使の変化

3. 政策の変化

 安倍政権は2013年に日本再興戦略を公表した後、2回の改訂版を公表している。一貫しているのは①資本市場を活用して、②攻めの経営を促し、③新陳代謝を進め、④国際競争力を強化する、というロジックであり、これに基づいたさまざまな施策が実施されている。主なものを列挙すると以下の通りだ。

• 日本版スチュワードシップ・コードの導入(機関投資家に対し、投資先企業との建設的な「目的を持った対話」を促す)

• 会社法の改正(監査等委員会設置会社制度の新設など)

• コーポレートガバナンス・コードの導入(政策保有株式に関する開示、独立社外取締役2名以上など)

• 公的年金の運用見直し(年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が国内株式の比率を大幅に引き上げ、外資系運用機関を積極的に採用など)

• スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議(「2つのコード」の普及・定着状況のフォローアップ)

 上記のほかにも、JPX日経400指数の導入、企業と投資家の対話促進、役員報酬に関する税制上の扱いの明確化、統合的な情報開示、株主総会の開催プロセスの見直しなど、多くの施策が行われている。 日本再興戦略では目安となる指標としてROEが掲げられているが、日本企業のROEの向上は足踏み状態なのが実際だ<図3>。2014年8月に公表された伊藤レ

51.4% 55.4%62.3%

74.3%

94.3%

0%

20%

40%

60%

80%

100%

2011 2012 2013 2014 2015

74.9% 75.4% 76.5% 75.4% 76.6%

0%

20%

40%

60%

80%

100%

2011 2012 2013 2014 2015

図2-1 社外取締役を設置する東証一部上場企業の割合

出典:東京証券取引所よりEY総合研究所作成

図2-2 主要な国内機関投資家の取締役選任議案に対する 平均賛成率

出典:各社資料よりEY総合研究所作成対象:株式投資信託の資産額上位20社

資本市場 環境変化とポスト2020に向けて

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EY総研インサイト Vol.6 June 2016

Feature

ポート※6は8%という水準を示しているが、過去10年間※7において東証一部上場企業の過半数がその水準に達したことは一度もない。安倍政権誕生以降は上昇傾向にあったが、金融危機前のピークである7.7%に達する前に伸び悩み、直近(2015年度)は再び低下に転じている。 特に2つのコードは定期的な見直しが予定されており、2020年までに最低でも1回は見直しが行われると考えられる。それまでにROE向上が本格化しない場合には、コーポレートガバナンスや機関投資家との対話について現状より踏み込んだ内容への見直しが行われる可能性がある。

7.7%7.0%

3.0%4.0%

5.6% 5.5%6.3%

7.5% 7.5% 7.3%

0%

1%

2%

3%

4%

5%

6%

7%

8%

FY06 FY07 FY08 FY09 FY10 FY11 FY12 FY13 FY14 FY15

図3 ROE(中位値)の推移

出典:QUICKよりEY総合研究所作成対象:東証一部上場企業のうち、電力会社、債務超過となった企業、決算

期を変更した企業、必要なデータを取得できない企業を除く1630社。

(注)例えば、FY15は2015年4月~2016年3月に終わる決算期としている。なお、中位値の他に、平均値や合算値を用いることも考えられるが、平均値では極端な数値(財務健全性が脆弱で自己資本が少ない企業が異常に高いROEとなるなど)、合算値では大企業(特に金融機関)の影響を受けやすいことを考慮した。

ポスト2020に向けて

 近年、積極的な株主還元や社外取締役の設置・増員によるコーポレートガバナンス強化といった取り組みを行う例は顕著に増えている※8。いずれも資本市場の要求に沿った行動であり、前節で述べた環境変化の影響が日本企業に影響を与え始めているのは明らかだろう。資金配分を担う資本市場の影響力が強まることで、資金利用に偏りがちな日本企業の資金配分に対する意識が高まり始めていると言える。意識の変化が定着し、取り組みが具体的な成果に結び付くのはポスト2020と考えられるが、そこに向けて期待される取り組みをまとめたのが<表1>だ。上述の通り、すでに進められているものもあるが、ポスト2020にかけてさらなる進展が見込まれる。

 なお、(2)について、機関投資家のショートターミズム(短期志向)化を懸念する声も聞かれるが、【補論1】で示す通り、少なくとも過去10年程度の期間において保有期間の短期化は進んでいないし、その前と比べた短期化についても疑念の余地が小さくない。むしろ、対話を妨げる要因があるとすれば資金配分と資金利用の違いではないだろうか。機関投資家を中心とする資本市場が担う機能が資金配分である以上、企業が対話において資金利用をフォーカスする姿勢に固執する限り、機関投資家と「建設的な対話」を行うのは困難だ。両機能に密接な関係があるのは間違いないが、対話においては資金配分を中心に据えることが求められよう。すでに2つのコードを受けて対話が活発化しており、当面は試行錯誤が続くと考えられるが、2020年までには一定の進展が期待される。

(1) 企業内部で資金配分に対する意識が高まり、資本市場に対するメッセージにもそれが反映される

(2)(1)のメッセージを受けた機関投資家と企業が、資金配分を中心に活発な対話を行う

(3)(1)(2)の結果、資金配分の見直しが進み、M&Aなどを通じた事業再編が活発化する

(4) 経営者による(1)~(3)の活動を支える仕組みとして、コーポレートガバナンスが強化される

表1 ポスト2020に向けて期待される取り組み

11

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値について持続的な競争優位性をもたらすような差別化は難しく、価格競争が激化して価格交渉力は低下する。付加価値は顧客から過小評価され適正な対価が支払われないため、企業が十分な利益を得るのは困難になる。逆に事業Yでは適度な競争環境の下、付加価値が顧客から適正な評価を受け、それに見合った利益を得ることができる。【補論2】に示す通り、日本企業の多くが長期にわたって事業Xの状態に陥り、それが国際競争力の低下につながっている可能性は否定し難い。資金配分が効果的に機能すれば事業Y※9に多くの資金が配分される分、事業Xに配分される資金が減少して再編等の新陳代謝を促しているはずだ。日本において新陳代謝の遅れが長期化しているとすれば、その原因は資金配分が効果的に機能していないことにあると考えるのが合理的だろう。ポスト2020においては、資金配分に対する意識の高まりから事業Xから事業Yへの資金の再配分により新陳代謝が進み、国際競争力の強化につながることが期待される。

ポスト2020の資本市場

 ポスト2020の資本市場では、企業における資金配分の意識が定着し、前節(1)~(4)の取り組みが成果に結び付くことが期待される。その成果について、日本再興戦略の①資本市場を活用して、②攻めの経営を促し、③新陳代謝を進め、④国際競争力を強化する、というロジックに沿って考えてみよう。②の「攻めの経営」を「資金配分の見直しを積極的に進める経営」と解釈すれば、ポスト2020を迎える段階で①および②までが実現しているはずだ。とすると、ポスト2020において期待される成果とは③④に他ならない。 ②資金配分(攻めの経営)と③新陳代謝・④国際競争力の関係について、新陳代謝が遅れている事業Xと進んでいる事業Yの例で考えてみよう<図4>。事業Xでは新陳代謝の遅れから多くの企業が参入して過当競争を繰り広げるため、資金利用により創出する付加価

図4 新陳代謝の遅れた事業Xと新陳代謝の進んだ事業Y(イメージ)

出典:EY総合研究所作成

事業X:新陳代謝の遅れ=過当競争

=持続的な差別化は困難

付加価値創出

付加価値創出

付加価値創出

付加価値創出

企業A

企業B

企業C

企業D

付加価値に見合わない利益水準

事業Y:新陳代謝の進展=適度な競争環境

付加価値創出

付加価値創出

企業A

企業B

付加価値に見合った利益水準

顧客:• 付加価値を過小評価• 対価は適正以下

顧客:• 付加価値を適切に評価• 適正な対価

現状(ポスト2020以前):資金配分が効果的に機能せず、事業Xへの配分続く=新陳代謝の遅れが長期化

ポスト2020:事業Xから事業Yへの資金の再配分が進む=新陳代謝を促す

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資本市場 環境変化とポスト2020に向けて

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Feature

(1)~(4) <表1>参照

(5)(3)が新陳代謝を促し、過当競争状態が緩和・解消する

(6) 企業が創出する付加価値が適正に評価されるようになる

(7) 価格交渉力が高まり、付加価値に見合った利益を得られるようになる。これに伴い、国際競争力が強化される

(8) 資金が効率的に利益に結び付くようになり、ROEが向上。株価が上昇して資本市場が活発化し、さらなる(1)~(4)を促す

(9) <図1>が一連のサイクルとして効果的に機能するようになり、経済活動が活発化する

(10)<図1>のサイクルの中で資金が増殖。企業・事業の成長を促す

表2 ポスト2020の資本市場(企業・経済との関係を含む)

 近年の政策対応の中でコーポレートガバナンスに注目が集まりがちだが、このような視点で考えるとコーポレートガバナンスの強化は取り組むべき課題の一つにすぎないことが分かる。コーポレートガバナンス・コードへの対応の中で資金配分の重要性に気付き、意識に変化が生じた企業もあるようだ。本稿では2020年にかけて資金配分に対する意識が高まり、ポスト2020においてその成果が発現するという時間軸を想定したが、少子高齢化が進行する日本において残された時間は長くない。ポスト2020を待たずして、<表2>の状態が実現することを願わずにはいられない。

まとめ

 機関投資家の短期志向化について、根拠として指摘されるのが1990年代に比べた2000年代以降の保有年数の短期化だ<図5>。しかし、1980年代は1990年代に比べて保有期間が短かったという事実は見逃されがちなようだ。1990年代は企業会計・年金財政ともに時価会計導入前だったため、バブル崩壊により株価が大きく下落する中、事業会社や金融機関だけでなく年金資金を運用する機関投資家でも、株価が取得価格を下回る銘柄については売買を躊

ちゅう

躇ちょ

する傾向があった。このような背景を踏まえると、当時は多くの保有株式が含み損に陥り「塩漬け」にされた結果として保有期間が長期化していた、つまり1990年代の長い保有年数が特殊な状態だったのであって、2000年代初の短期化はそれがあるべき水準に戻る過程だった、と考える方が自然ではないだろうか。 保有年数が約1.5年だった1980年代後半に比べると、2003年以降は約0.8年と約半分に短縮しているのは事実だ。しかし、本文中で指摘した通り1980年代後

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

4.5

5.0

1986

1987

1988

1989

1990

1991

1992

1993

1994

1995

1996

1997

1998

1999

2000

2001

2002

2003

2004

2005

2006

2007

2008

2009

2010

2011

2012

2013

2014

2015

図5 東証一部上場株式会社の平均保有年数 (平均時価総額÷売買代金、暦年)

出典:東京証券取引所よりEY総合研究所作成

半は安定株主が多く、外国人に代表される機関投資家はごく一部にすぎなかった。株主構成の変化を考慮すると、この比較をもって機関投資家の短期志向化を示すとは言い切れない。2003年以降、持合い解消が進む中で保有年数は安定していることから、機関投資家の保有年数の短期化が進んでいる証拠はないと考えるべきだろう。

補論1 機関投資家の短期志向化について

13

 これらをまとめると、<表2>の通りだ。

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 ここではその可能性を示す二つの指標に注目する。一つ目は企業の設立年だ。新陳代謝の進んだ資本市場では設立年の新しい企業が多く、設立年が古く歴史の長い企業は競争を勝ち抜いた少数の大企業に絞り込まれていると考えられる。例えば、欧米で人工知能(AI)、ビッグデータ、IoT(Internet of Things)といった新たなトレンドを主導しているのは競争を勝ち抜いた一握りの巨大企業と数多くの新興企業だ。このような構図は効果的な資金配分による新陳代謝が進んだ結果と解することができよう。日本経済のキャッチアップが一巡した1980年代半ばを基準に、欧米と比較したのが<図6-1、6-2>だ。日本では新しい企業の割合が低く<図6-1>、歴史が長いにも関わらず規模(売上)の小さい企業が多い<図6-2>。中には小粒ながら元気な老舗企業もあると考えられるものの、全体として新陳代

謝が遅れている感は否めない。上述のような新たなトレンドを日本企業が発信し、主導していく展開を増やすためにも、新陳代謝が必要なのではないだろうか。 二つ目は輸出価格(デフレーター)※10の動向だ。過去15年間の推移を見ると<図7>、円高期に円建ての輸出価格が下落し、円安期に上昇するのは自然な動きと言えるが、注目すべきは長期的には為替変動から徐々に乖かい

離り

し下落している点だ。累計で見ると為替は19.6%の円安となっているにも関わらず、輸出価格は5.7%下落している。円高期には為替変動分を価格転嫁できず、円安期には現地通貨建での価格につき値下げ要求を受け入れざるを得ない状況と解釈できる。日本企業の価格交渉力が長期にわたって低下しているのは明らかだろう※11。輸出企業の多くが、<図4>の事業Xの状態に陥り、国際競争力が低下している可能性は否定し難い。

補論2 本当に新陳代謝が遅れているのか?

図6-1 上場企業のうち、1986年以降に設立された企業の 割合

出典:QUICK/FACTSETよりEY総合研究所作成対象:各国の主要取引所に上場する国内企業のうち、データを取得可能な企業(金融除く)

20.2%

56.8%66.9%

51.7% 52.9%

0%

20%

40%

60%

80%

日本 米国 英国 ドイツ フランス

2,969

8,653

3,322

10,523

6,491

02,0004,0006,0008,000

10,00012,000

日本 米国 英国 ドイツ フランス

図7 輸出価格(デフレーター)と為替レートの推移(2000年=100)

出典:OECDおよびBISよりEY総合研究所作成(注)為替は名目実効為替レート

94.3

81.4

80

90

100

110

12080

90

100

110

120

円安

円高

輸出価格 実効為替レート(右軸)

図6-2 上場企業のうち、1985年以前に設立された企業の 平均売上高(億円)

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資本市場 環境変化とポスト2020に向けて

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※1 流通市場を通じた株式投資は株主間の資金のやり取りにすぎないため、企業・事業への配分にはつながらないとの見方もある。しかし、資金を効率的に活用する企業は株式市場から有利な条件で資金を得ることができる一方で、そうでない企業は株主から株主還元の要求を受ける。後者の場合には被買収リスクという事態も想定される。このようなメカニズムを通じて、資本市場が資金配分を行ったのと同じ結果になると考えられる。

※2 「シリーズ:企業価値向上のためのコーポレートガバナンス 取締役会が担うべき監督機能とは?~ 欧米企業のベスト・プラクティスを踏まえて」<図5>参照。 http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/future-business-management/2016-03-10-02.html

※3 代表例が財政投融資。銀行など民間セクターを通じた資金配分についても、政策的な意向が強く反映されていたとされ、ここではこのような間接的な影響力を含めて「公的セクターが担う部分が大きかった」としている。

※4 本節の株主構成の数値については、東京証券取引所「2014年度株式分布状況調査の調査結果について」に基づく。

※5 直近の状況については「シリーズ:企業価値向上のためのコーポレートガバナンス 2016年1-3月株主総会におけるCGコード対応と議決権行使結果 ~6月の株主総会シーズンに向けた分析および示唆~」を参照。 http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/future-business-management/2016-05-12.html

※6 正式には「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト「最終報告書」。

※7 過去10年に注目しているのは、その直前の2000年代前半は代行返上や退職給付会計の会計基準変更時差異の償却などにより純利益が本業と関係の乏しい要因で大きく変動し、ROEが実態を表しにくい状態になっていたため。

※8 社外取締役の設置・増員についての詳細は「シリーズ:成長戦略としてのコーポレートガバナンス 社外取締役の設置状況:人数と属性」を参照。 http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/future-business-management/2016-02-04.html

※9 正確には「事業Yのように新陳代謝の進んだ事業」。この後の事業Xについても同様。

※10 輸出価格については、輸入価格との比をとった交易条件で議論されることが多い。経済全体の視点から輸入価格を投入物の価格、輸出価格を産出物の価格とみる見方だが、本稿では各企業の視点で理解しやすい輸出価格を基に議論を進める。

※11 国内において物価が下落する(いわゆるデフレ)原因については金融政策の対応の遅れも指摘されるが、外国に輸出する際の価格に日本の金融政策が為替以外の面で影響しているとは考えにくい。また、OECD加盟国では日本のように自国通貨安の中で輸出価格が低下しているのは韓国だけだが、輸出価格の下落率は0.6%に過ぎない(為替は5.4%下落)。

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Pickup Information コーポレートガバナンス関連ナレッジのご紹介

 EY総合研究所 未来経営研究部では、「シリーズ:企業価値向上のためのコーポレートガバナンス」として関連する情報を継続的に発信しています。 それらの中から、注目のテーマを扱った記事や新たに事例調査・分析を行ったレポートを中心に、冊子「コーポレートガバナンス 企業価値向上のためのポストCGコード対応」として編纂しました。 本冊子のコンテンツは以下の通りです。

Ⅰ ポストCGコード時代に求められる企業の対応(総論)

Ⅱ 取締役会が担うべき監督機能とは?~欧米企業のベスト・プラクティスを踏まえて

Ⅲ 取締役会評価の「前提と実践」に関する実務面の検討

Ⅳ 政策保有株式の検証に関する実務

「コーポレートガバナンス 企業価値向上のためのポストCGコード対応」http://eyi.eyjapan/knowledge/future-business-management/2016-04-14.html

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はじめに

成長戦略において「スポーツ」が目指すべきもの

特集ポスト2020

Ⅲ章スポーツを通じた感動立国への投資

EY総合研究所

企画・業務管理部 副部長笹渕 拓郎

主席研究員小川 高志

 政府は2013年より成長戦略(日本再興戦略)を打ち出しているが、本年4月および5月の産業競争力会議の議論を経て発表された日本再興戦略2016ではGDP600兆円に向けた「官民戦略プロジェクト10」として“スポーツの成長産業化”が取り上げられた※1。 一つの産業としての自立・収益化の側面とともに、「スポーツ」本体とその周辺領域を巻き込んだ多くの産業が連携・複合した領域として、2025年までにどのように発展させるのかが、GDP600兆円に向けての柱と位置付けている。また、産業化を進める中で、コモディティ化への道に陥ることなく、日本が永続的に成長・発展を遂げるための鍵になる「感動体験」(顧客経験価値)を生み出す一つのモデルとして認知されたことの表れであると言える。本稿では、その目指すべき姿と課題について考えることとする。

 成長戦略における“スポーツの成長産業化”(2012年に5.5兆円→2025年に15兆円)は、産業競争力会議等の議論において二つの柱となる考え方も記され、後述の具体的な施策のベースとなっている。

① ポスト2020年を見据えた、スポーツで収益を上げ、その収益をスポーツへ再投資する自律的好循環モデルの形成

② 新たなスポーツ市場の創出

 2020年の五輪開幕までは、スポーツを取り巻く環境の整備、関連投資が続いていくことは間違いないが、問題はその後である。スポーツに真の産業化が必要とされるのは、ポスト2020にある。スポーツ産業が自立し発展していくためにも、スポーツの収益化(スポーツで稼ぐ)の仕組み作りとともに、市場の拡大・創出が重要である。そこでは、「スポーツそのものの価値(value of sport)」だけでなく、「スポーツを通じて生み出される価値(value through sport)」を他分野・周辺産業との融合や連携も組み入れつつ生み出していく必要がある<図1>※2。

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EY総研インサイト Vol.6 June 2016

Feature

図1 スポーツの価値をとりまくステークホルダーの輪

出典:EY総合研究所作成

10年後の日本のスポーツ産業市場規模の試算額。成長戦略の柱の一つである “スポーツの成長産業化”を推進することで、2012年5.5兆円であった市場規模を2025年には約3倍にあたる15.2兆円(GDP比2.5%)を目指す。

15.2兆円

スポーツ産業市場の拡大を目指して

1. スポーツ産業市場拡大は世界的な潮流

 2012年時点における日本のスポーツ産業市場規模は5.5兆円で、GDPの1%をわずかに上回る程度だが、欧米ではGDPの2~3%の規模になっている。例えば、米国では2013年で2.8%(4,850億ドル)※3、英国では2012年に2.6%(英国ではGDPではなくGVA)※4との試算がある。 また、アジア諸国におけるスポーツ関連の産業化は、欧米に比べて遅れてはいるものの、昨今のアジア地域の経済発展、夏季・冬季五輪の開催や健康への関心の高まりなども受け、発展・拡大に向かい始めている。例えば中国では、2020年までにスポーツ産業市場規模をGDPの1割にあたる3兆元(約49兆3,000億円)超へと拡大し、住民可処分所得の2.5%以上をスポーツ関連消費にあてると発表している(中国国家体育総局)※5。韓国でもスポーツ産業市場規模を2013年基準でGDPの2.6%(37兆ウォン)と試算し、2018年までの中長期計画においても57兆ウォンまで拡大を計画している※3。

 先にも述べた通り、成長戦略においては“スポーツの成長産業化”として、スポーツ産業市場規模を現在(2012年基準)の5.5兆円から、2020年までに約2倍の10.9兆円、2025年までに約3倍の15.2兆円を目指すことが示されている<表1、図2>。この試算については、スポーツ庁の依頼によりEY総合研究所で実施したものである。 スポーツ産業市場規模拡大のためには、スポーツ市場を構成するスタジアム・アリーナ投資、スポーツ観戦、スポーツ用品、周辺産業等に対する需要をそれぞれ拡大させることが必要であり、以下、消費、投資、外需等GDP需要項目別に、需要拡大の考え方とそれに必要な政策を列挙する。

① 家計消費

 スポーツ観戦について、家計調査における2人以上世帯の年間支出をみると、直近3年間の平均値は年間667円となっている。一方、都道府県庁所在地のうち上位20%では、スタジアム等の施設整備もされていることから、1,416円の支出と、平均値の2.12倍になっている。スタジアム・アリーナ等の整備などがより普及し、地域スポーツ観戦の底上げが図られれば、家計消費も2倍超の水準になると見込まれる。このほか、大学スポーツについても、米国では4大プロスポーツに対して3割程度の市場があり、わが国でも、日本版NCAA(National Collegiate Athletic Association、全米大学体育協会)の創設などにより、プロスポーツに対して3割程度の大学スポーツ市場を誕生させる潜在力があるといえる。 また、スポーツ実施率の面では、現在約4割の水準にとどまっているが、生活習慣病等の健康長寿対策としての運動奨励、障害者・女性のスポーツ奨励等によって、2025年に65%まで引き上げることができ

2. スポーツ市場規模の拡大の考え方

支える人

する人 見る人スポーツの価値

スポーツを通じて生み出される価値

スポーツそのものの価値

Value of Sport Value through Sport

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EY Institute

2012年 2020年 2025年 主な増要因スタジアム・アリーナの建設・改修 スタジアム改革 2.1 3.0 3.8 スタジアムを核とした街づくり

コンテンツホルダーの経営力強化、新ビジネス創出

アマチュア改革 - 0.1 0.3 大学スポーツなど

プロ改革 0.3 0.7 1.1 興行収益拡大(観戦者数増加、ホスピタリティプログラム、協賛等)

他産業との融合等による新市場創設 IoT改革 - 0.5 1.1 施設、サービスのIT化進展とIoT導入

スポーツ用品等改革 1.7 2.9 3.9 スポーツ実施率向上策、健康経営促進など

周辺産業改革 1.4 3.7 4.9 スポーツツーリズムなど

合計 5.5 10.9 15.2

0

2

4

6

8

10

12

14

16

2012年 2020年 2025年

スタジアム改革

アマチュア改革

プロ改革

IoT改革

スポーツ用品等改革

周辺産業改革

5.5兆円

10.9兆円

15.2兆円

+9.7兆円

図2 日本のスポーツ産業市場規模の推計

れば、人口減少を考慮してもスポーツ実施人口は1.3倍を超えることとなる。スポーツ実施率の引き上げについては、医療費抑制の観点からも積極的な対策が必要である※6。

② 法人消費等

 法人消費については、GDP統計上、日当・宿泊、交際費、福利厚生費で構成されるが、このうち交際費については、欧米先進事例に学んで、「コーポレートスポーツホスピタリティ市場」の開発整備が必要である。特に、法人・個人富裕層向けのプレミアムプロ

グラムを開発することによって、既存のスポーツ観戦需要の3割以上にも及ぶ「コーポレートスポーツホスピタリティ市場」が誕生することとなる※7。 また、企業における健康経営志向の高まりや従業員エンゲージメントへのスポーツの活用の観点から、福利厚生費のうちスポーツへの支出が大幅に増える可能性がある。 さらに、スポーツの持つ感動のもたらすマーケティング効果について注目する企業が増加しており、とりわけ第2のグローバル化を目指す企業で、スポーツスポンサーシップ等を積極的に活用する動きがより高まって来ることが予想される。

スポーツを通じた感動立国への投資

表1 日本のスポーツ産業市場規模の試算表(内訳、兆円)

出典:EY総合研究所作成。スポーツ未来開拓会議(2016年5月)にて発表。

出典:EY総合研究所作成。スポーツ未来開拓会議(2016年5月)にて発表。

スタジアム改革

アマチュア改革

プロ改革

IoT改革

スポーツ用品等改革

周辺産業改革

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EY総研インサイト Vol.6 June 2016

Feature

③ ハード投資

 ハード投資のうち、スタジアム・アリーナについては、スポーツ観戦人口の増加への対応に加え、コーポレートスポーツホスピタリティプログラムの導入に見合った投資が必要となる。さらに、スポーツ観戦に伴う顧客経験価値を高めるための飲食・物販・宿泊等付帯施設の整備が必要となる(ハード投資と感動消費の合計は年間1.7兆円になる見込み)。こうしたスポーツを核とした街づくりは、人口減少下での地域活性化につながることから、政府もインフラ投資を促進するための対策を実施することが必要である。 このほか、フィットネスクラブ等のスポーツ施設についても、スポーツ実施人口の増加に伴い、投資を拡大することとなるであろう。

④ ソフト投資

 ソフト投資のうち、IT関係投資については、現在の全産業平均IT投資割合(約4%)に向けて上昇するほか、IoT等投資のスポーツへの展開・導入により、2025年にはスポーツ市場の8%程度まで上昇する可能性がある。

⑤ 外需

 政府は、今年3月以降、訪日外国人旅行客の目標を2020年には4,000万人、2030年には6,000万人へと引き上げる案も提示している※8。今後、モノからコトへと観光の目的がシフトすることに伴い、スポーツ観戦やスキー、ゴルフ等スポーツ実施といったスポーツツーリズムの比率は1割以上に達するとみられ、インバウンド・スポーツツーリズムが大幅に拡大していくであろう。また、日本のスポーツへの関心の高まりを活用し、欧米における放映権ビジネスの海外展開を参考としたい。また、インターネット配信等も活用しつつ、日本発スポーツコンテンツのアウトバウンド展開を日本市場の1/2以上に成長させるための取り組みも必要である。

 以上のような形で、消費、投資、外需における需要増加について、官民挙げて積極的な取り組みがされれば、スポーツ産業市場規模は2025年までには現在の約3倍の15兆円に達するものと見込まれる。

スポーツ成長産業化の課題

 上述のスポーツ産業市場規模を目標値に到達させ、成長産業にするための具体的な課題について、需要項目別ではなく次はスポーツ側の視点から考えてみよう。成長戦略プロジェクトに係る検討課題として「官民戦略プロジェクト10」それぞれに今後の方向性と具体的な施策が記されており、この施策は裏を返せば成長産業化に向けた課題であるとも言える。スポーツにおいては以下の3点が具体的な施策として提示されている。

• スタジアム・アリーナ改革(コストセンターからプロフィットセンターへ)

• スポーツコンテンツホルダーの経営力強化、新ビジネス創出の促進

• スポーツ分野の産業競争力強化

1. スタジアム・アリーナ改革 (コストセンターからプロフィットセンターへ)

 スポーツ庁等にて2016年2月より一般傍聴含め公開開催しているスポーツ未来開拓会議※9では、「スポーツ産業を活性化させるため、有識者による議論を通じて、2020年以降も展望した我が国スポーツビジネスにおける戦略的な取組を進めるための政策方針の策定」を目的として上記3点も含めて検討がされてきているが、スタジアム・アリーナ改革はその中でも成長産業化の本丸との意見が多い。 それは、スポーツ産業におけるコストセンターの象徴であるとともに、収益(プロフィット)化の機会を活かしていないということにほかならない。そこでプロフィットセンターとしての海外での成功事例を紹介したい。

【ステイプルズ・センター(米国、ロサンゼルス)】 1999年に開場した多機能アリーナであり、NBAのロサンゼルス・レイカーズとロサンゼルス・クリッパーズ、WNBAのロサンゼルス・スパークス、NHLのロサンゼルス・キングスなど複数のプロチームの本拠地として稼働を増やしている。また、コンサート等も多く、年間約250のイベントが行われ、400万人以上が訪れている。建設費(3億7,500万ドル)の約3割を命名権(ネーミング・ライト)の売却で調達した成功例とも言わ

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れている。前述のプロチームの本拠地利用やコンサートだけでなく、2004年以降はグラミー賞の恒久的授賞式会場になり、民主党全国大会の開催(2000年)、ボクシングの世界戦や世界フィギュアスケート選手権の開催(2009年)など多種多様なイベントが行われ、メディア露出も高いことから、命名権も含めた広告媒体としてのスポンサーシップ契約も大きな収益源となっている。また、飲食やコーポレートスポーツホスピタリティも安定した収益を上げている。

2. スポーツコンテンツホルダーの経営力強化、 新ビジネス創出の促進

 スポーツ観戦に伴う顧客経験価値を高めるための飲食・物販・宿泊等付帯施設の整備など収益源の多様化、興業活性も含めた利用用途の多様化という戦略が日本のスポーツ産業を成長させるためには必要になる。

 本稿冒頭にもあるが「スポーツそのものの価値(value of sport)」だけでなく、「スポーツを通じて生み出される価値(value through sport)」を高め、産業競争力を強化していくには、他分野・周辺産業との融合や連携が重要であり、「スポーツ」×「○○」の○○をどれだけ増やし、拡大させていくことができるかに懸かっている。 先のスポーツ産業市場規模試算の外需の項でも述べたが、スポーツツーリズムは「スポーツ」×「観光」の代表例であるといえる。観光庁の訪日外国人に対する調査では、スポーツの実施・観戦に関する設問は「今回したこと」では必ずしも高くないが、「次回したいこと」では大きな伸びを見せている<表2>。 これはモノからコトへの観光目的のシフトとともに、日本に実際に来て、見て・触れて・感じる中で新たなニーズになっていることを表しているのではなかろうか。日本は四季が豊かで、山と海の資源にも恵まれており、それらの自然・文化面での多くの特徴を、顧客経験価値を高めることに活用するのは非常に有効である。

3. スポーツ分野の産業競争力強化

イナンスの視点では記述されている順番も重要であると言われることがある。これは、企業の流動資産・固定資産などの資産(モノ、カネ)から企業価値を生み出す差を創り出すのは、何よりも「ヒト」であるという考えに基づくものだが、“コンテンツホルダーの経営力強化、新事業創出等を推進する”というスポーツ分野の価値を生み出すためにも「人材」が重要という点は分野を問わず同じということである。 スポーツ競技者が引退後等にスポーツ団体やリーグ運営組織の経営や運営管理を行うケースがまだまだスポーツ分野では多いが、企業等における経営ノウハウに加え、スポーツ特有の課題やビジネス環境にも精通した「スポーツ経営人材」を育成することは、2025年までの10年をきったスケジュールの中でも優先して取り組むべき課題であるといえる。またそれは同時に各団体や組織が個別で推進するのではなく、進んでいる人材育成実績を持つところを中心に、スポーツ分野全体で共通した人材基盤を共有していくことで底上げをしつつ、人材の流動化も確保できるであろう。

 スポーツ分野の経営力強化は、さらに「コンテンツホルダー」と「スポーツ経営人材」に分解されている。先のスタジアム・アリーナがスポーツの持つ産業力・収益力を拡大させる器である以上、スポーツそれ自体の内容(=コンテンツ)を高め、その魅力をきちんと活かさなくてはならない。また、それを活かすことができる人材(=経営人材)の育成・確保が重要である。 大学スポーツ市場の展開や放映権ビジネス等の拡大など、コンテンツ面を活かす取り組みは先にも挙げた通りだが、それらを活かしきるかどうかはヒトにかかっているのである。経営の三要素として「ヒト、モノ、カネ」という表現がよくされるが、コーポレートファ

スポーツを通じた感動立国への投資

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EY総研インサイト Vol.6 June 2016

Feature

 スポーツの魅力は、スポーツ単体として産業化を目指すだけでなく、この「スポーツ」×「○○」となる先の多様性と可能性にあるともいえる。以前から近い位置にある健康や教育だけでなく、IT、農業、観光、ファッション、芸術…などに拡大、融合させていくことで、「官民戦略プロジェクト10」のその他の領域にも波及していく効果にも期待したい。

回答項目 今回(%) 次回(%)日本食を食べること 92.5 56.1日本の酒を飲むこと 38.8 21.8旅館に宿泊 37.3 26.0温泉入浴 32.7 44.9自然・景勝地観光 54.4 41.0繁華街の街歩き 58.6 28.4ショッピング 73.3 44.5美術館・博物館 16.3 17.1テーマパーク 16.9 19.7ゴルフ 1.0 5.2スキー・スノーボード 3.0 16.6スポーツ観戦 2.4 10.5自然体験・農漁村体験 7.1 15.9四季の体感 11.0 30.1映画・アニメの地訪問 4.1 10.0舞台鑑賞 4.2 12.6日本の歴史・伝統文化体験 23.3 27.7日本の現代文化体験 13.8 14.9治療・健診 1.2 3.1

表2 訪日外国人が今回したこと、次回したいこと

出典:観光庁(2015)『訪日外国人の消費動向 平成26年年次報告書』よりEY総合研究所作成

 成長戦略における一つの柱としてスポーツの成長産業化が掲げられ、スポーツ産業市場規模を約3倍の15兆円にすることは、市場規模が自然と拡大して到達するものではなく、各種政策や施策を打ち出し、官民挙げて推進することでようやく達成できる意欲的な目標である。しかし、勘違いしたくないのは、スポーツ産業市場規模を15兆円に到達させることが最終目的ではないことである。その数字を目指す中で、スポーツ産業が自立循環可能な収益化(スポーツで稼ぐ)の基盤を築くこと、自らの投資に振り向けること、産業自ら成長していけるようになること、さらにはその先にあるスポーツの価値の拡大と活用によって、よりよいスポーツ環境、社会を構築・維持し、スポーツを通じた感動にあふれた国にすることが、われわれの目指すべき方向であろう。

まとめ

※1 産業競争力会議(4/19)および産業競争力会議(5/19)配布資料「名目GDP600兆円に向けた成長戦略(「日本再興戦略2016」の概要)【案】」http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/skkkaigi/kaisai.html「日本再興戦略2016」(日本経済再生本部(内閣)、2016年6月2日閣議決定) http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/

※2 EY総研インサイトVol.5 January 2016 特集「スポーツの潜在力を経営に活かす」 http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/insight/2016-01-vol05-summary-01.html

※3「2020年を契機とした国内スポーツ産業の発展可能性および企業によるスポーツ支援」(日本政策投資銀行、2015年5月) http://www.dbj.jp/pdf/investigate/etc/pdf/book1505_01.pdf

※4“UK Sport Satellite Account, 2011 and 2012”, Department for Culture, Media and Sports(UK), 2015 https://www.gov.uk/government/statistics/2011-2012-sport-satellite-account-for-the-uk

※5 中国国家体育総局が2016年5月5日に第13次5カ年計画(2016~20年)期間のスポーツ発展計画を発表 http://www.gov.cn/xinwen/2016-05/05/content_5070514.htm

※6 EY総研インサイトVol.5 January 2016 特集「スポーツの潜在力を経営に活かす」“Ⅰ章 スポーツを通じて健康経営、健康社会の実現を”よりhttp://eyi.eyjapan.jp/knowledge/insight/2016-01-vol05-feature-02.html

※7 スポーツホスピタリティについては「メガイベントにおけるスポーツホスピタリティのすすめ」(EY総合研究所、株式会社ジェイティービー、株式会社JTB総合研究所)を参照 http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/future-society-and-industry/2015-09-17.html

※8「明日の日本を支える観光ビジョン」(平成28年3月30日明日の日本を支える観光ビジョン構想会議決定) http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kanko_vision/

※9 スポーツ未来開拓会議は平成28年1月28日に第1回を開催し、以降月1~2回程度の頻度で開催。5月20日開催の第6回にて中間とりまとめ案を発表 http://www.mext.go.jp/sports/b_menu/shingi/003_index/index.htm

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EY Institute

はじめに特集ポスト2020

Ⅳ章ポスト2020に向けた人工知能との協働

EY総合研究所

副主任研究員矢後 憲一

 政府は、名目GDP600兆円に向けた成長戦略「日本再興戦略2016」において、「官民戦略プロジェクト10」の一つとして「第4次産業革命」を位置付け、新たな有望成長市場の創出に向けて、付加価値創出30兆円(2020年)を目標に掲げた。 「第4次産業革命」は、IoT(Internet of Things)、ビッグデータ、人工知能(AI: Artificial Intelligence)、ロボット等の技術革新により、加速、具現化されるが、その中でも、人工知能は社会のさまざまな場面での利用が期待されている。 本章では、「ポスト2020に向けた人工知能との協働」をテーマに、まず各産業に展開する人工知能ビジネスの現状を概観し、企業経営の視点から人工知能の適用領域と期待される効果について検討する。 最後に、人工知能が拓く未来「ポスト2020」に向けて、人工知能ビジネスの方向性について整理を行う。そして、これからの課題とされるリアル空間データ(実社会を反映した活動データ。詳細は、後節「人工知能が拓く未来」参照)の構築に向けた展開について、製造、モビリティ、医療の各産業分野に着目し、新たなビジネス展開における課題について論じる。

産業分野における人工知能の展開

 近年、ディープラーニング(深層学習)技術の進展により、第3次ブームとして人工知能が脚光を浴びており、さまざまな領域での実用化も進んでいる。 わが国における各企業の研究開発や実用化の動向を産業別に整理したものが、<表1>である。 人工知能が適用されている身近なものとして、スマートフォンの音声認識や対話形式のアプリケーション、そして電子商取引(EC)サイトにおいて、ユーザの属性情報(商品の購入や閲覧情報など)をもとにしたレコメンド機能などがある。 そして各産業分野で共通するものを整理すると、自動車、通信、金融・保険業等では、コールセンターなどの問い合わせ対応や店頭でのコミュニケーションロボットによる顧客対応支援などに用いられている。また、製造、自動車、電気・ガス、エネルギー業等では、IoT

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Feature

日本再興戦略2016における「官民プロジェクト10」の一つで、今回の成長戦略の最大の目玉。IoT、ビッグデータ、AI(人工知能)等の技術革新や融合によりイノベーションが創出され、人工知能の活用が社会やビジネスの多くの場面で期待される。

第4次産業革命

との連携により、運転、制御、管理の自動化・監視、異常検知、故障予知などへの普及が始まっている。 最近では、自然言語処理技術、対話システム、音声認識技術、画像認識技術の進展に加え、ディープラーニングによる画像認識・解析技術の精度の向上から、防犯やマーケティング、そして医療用画像診断支援などへの適用が進んでいる。 今後はウェアラブル、ロボットやドローン、家庭向け音声認識端末等のあらゆる機器、デバイスとの組み合わせにより、さらなる広がりが期待される。

経営強化に期待される人工知能

 前節では、人工知能の産業分野における展開をみてきたが、ここでは企業経営の視点からみた人工知能の適用領域と期待される効果について検討する。 産業分野別にみた人工知能の展開事例<表1>を経営部門別に整理したものを<表2>に示した。以下において、主な効果例のうち、業務の最適化や効率化による影響が大きいと考えられる部門を中心に取り上げる。

産業分野 概要製造 製造工程の自動化や瞬時の異常検知、故障予知

モビリティ(自動車)自動運転車、自動走行システムコールセンターやホームページの問い合わせ対応

通信サービスのオペレーション業務の問い合わせ対応サイバー攻撃検知ネットワークの自動運用

電機

サイバー攻撃検知画像認識技術による防犯、マーケティング音声データ利活用ソリューション:コールセンター、営業店舗顧客洞察分析スマートデバイスに対応した音声処理技術企業の業務改革支援

電子・情報システム

リスティング広告運用プラットホーム機械学習IT運用分析ソフトウェアWebサイト内のユーザ行動を解析ソーシャルメディア画像分析翻訳エンジン

小売・卸売

コールセンターにおける応対店舗における接客防犯、不審行動の検出電子商取引(EC)サイトのレコメンド機能(機械学習)接客:ファッションデータキュレーション(データの収集、統合、活用、可視化など)

金融・保険

接客、応対問い合わせ内容の分析システムAI対話ソリューション(スマートフォンアプリケーション)現金の集配金作業支援ロボット資産運用ロボアドバイザーPFM(資産管理)/家計簿アプリケーション電子決済等買収情報の照合

不動産 不動産価格推定エンジン建機 建設機械の運転、制御、管理の自動化化学 触媒開発

医薬品新薬開発臨床試験解析医薬品安全性監視

産業分野 概要

建設構造物の画像診断電力需要予測ソリューション

運輸・物流運転、制御、管理の自動化ロボット台車需要変動や現場の改善活動

教育英語用音声認識エンジン学習システムにAI支援を搭載タブレット教材

医療

総合診療を支援画像診断支援人型ロボットによる診療案内や検査説明超電導MRI装置向け故障予兆診断サービスバイタルデータ解析

介護・福祉サイボーグ型ロボットコミュニケーションロボットとのふれあいによる介護予防、認知症予防

行政

商店街等:防犯、不審行動の検出インターネット上の「犯罪の予兆」を発見特許行政事務の高度化・効率化実証的研究事業ホームページの閲覧案内

サービス(人材) 派遣ビジネスにおける人材と仕事の照合防犯・セキュリティ 店舗、商店街等:防犯サービス提供

農水産自動運転トラクターLED植物工場用栽培環境最適化システム

電機・ガス、エネルギー

HEMS(Home Energy Management System)/ 需要応答工場故障予兆監視工場やビルの電力制御空調機の省電力制御省エネ診断サービス

ビジネス関連従業員満足度の向上をめざす共同実証実験特許調査・分析システムデジタルマーケティング等の自然言語処理エンジン

コンシューマー関連スマートフォン音声認識コミュニケーションロボットお掃除ロボット

旅行・レジャーロボット接客AIコンシェルジュによる旅行予約

エンターテインメント ゲーム、将棋、囲碁/VR(Virtual Reality)

表1 産業分野別にみた人工知能の研究開発・実用化の取り組み

出典:EY総合研究所作成

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 経営部門では、経営資源に関するデータをリアルタイムに可視化できるようになり、データに基づく迅速な意思決定の支援を実現する。 研究開発部門では、解析、分析工程に人工知能技術を組み入れ、解析速度、解析精度向上による研究開発投資コスト削減や過去の知識、独自ノウハウの蓄積から人工知能が最適解の導出を行う。 生産部門では、生産工程において、AIロボット、IoT等による自動化や、熟練者の知識、技術ノウハウ等を読み取り、データベース化することで、業務の効率化や安全管理、品質向上につなげていく。 また、マーケティング部門では、顧客ニーズに応じた、より個別化したパーソナルAI等による深層理解と高付加価値サービスの提供が期待される。具体的には、電子商取引(EC)サイトの閲覧履歴情報や商品の購買履歴、ポイントの利用状況、ソーシャルメディア情報による商品に関する評価の書き込み、店舗への来店履歴情報等、消費者の一連の行動プロセス分析やビッグ

データの購買履歴データの解析などから、一歩踏み込んだ人工知能を利用した実社会の活動データを加えていくことである。例えば、店舗における画像解析分析による顧客属性の分析を付加することで、より精度の高い、高付加価値サービスをもたらすマーケティングが可能になる。 情報システム部門においては、新システムへの更改に向けたテストの自動化が挙げられる。企業では更改テストに係る工数・コストは大きな負担となっており、いかにコストを下げるかが課題とされている。更改テストは、どうしても熟練テスト要員が行わなければならなかった部分が人工知能に置き換わることにより、大幅なコスト削減・開発期間の短縮が可能となろう。 以上のように、人工知能は企業における広範な業務をカバーし、支援的な役割として、業務のスピード化、効率化やコスト削減につながる可能性を秘めていることから、今後の企業経営における資源配分、体制面に大きく影響することになるであろう。

部門 主な適用領域 期待される効果

経営 意思決定支援 • 経営情報、財務経理、人事、営業、販売等の情報(人・物・情報・金)のリアルタイム解析による意思決定の迅速化、経営資源の最適化

研究開発 解析、分析技術 • 解析、分析技術の精度向上による研究開発投資コスト削減• 研究開発知識、ノウハウの蓄積から最適解の導出

生産 生産工程 • 生産ラインの自動化(ロボット)• 熟練者の知識、ノウハウの情報共有により、業務の効率化。安全管理・品質管理対策の向上

営業 顧客対応 • 店頭におけるAIロボットによる人員配置の最適化• 営業知識、ノウハウの平準化• 業務管理、顧客管理システムの最適化

マーケティング プロモーション顧客分析

• 画像認識等による顧客分析、プロモーションの最適化• 顧客ニーズに応じた、より個別化したパーソナルAI等による高付加価値サービスの提供

販売・流通 顧客支援 • 商品、サービスの履歴追跡の確立• 顧客支援、コールセンターの人員配置の最適化

人材育成 研修 • 社内研修の効率化• 社内知識の共有• 個別学習支援による効率的な学習

情報システム 運用管理セキュリティ対策

• 遠隔監視による運用管理の効率化• 情報システム更改時のテストの自動化• セキュリティ対策における運用管理の効率化

その他 コミュニケーション会議文書・マニュアル法務、知財、各種監査対応業務支援

• 社内コミュニケーションの活性化(ウェアラブルによる測定。コミュニケーションロボット)• 会議内容を音声認識で文書、マニュアル作成。業務の効率化• 法務、知財業務や各種監査対応業務の支援による業務の効率化• 就業・勤怠管理業務の効率化

表2 人工知能の適用領域と期待される効果

出典:EY総合研究所作成

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ポスト2020年に向けた人工知能との協働

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Feature

人工知能が拓く未来-「ポスト2020」に向けて-

 今後の人工知能ビジネスの展開を考える上で、その効果を発揮するためには、データの量とその質が重要となる。 それは、言い換えるとより現実的な情報、リアル空間データ(実社会を反映した活動データ。例えばセンサー等で取得された工場の稼働データや個人の生体情報等)とサイバー空間データ(インターネット上の情報やデータ、ソーシャルメディアの情報など)のデータを掛け合わせた、より高付加価値を創出していくことである。

1. 人工知能ビジネスの方向性

 そのためには、それらのデータをどのように収集し、蓄積や解析を行うかということが現在課題とされており、まず、こうした仕組みを整備していく必要がある。 主な産業分野について人工知能関連ビジネスの方向性を示したものが<図1>※1である。 人工知能関連技術については、2020年頃までは引き続きディープラーニングを中心に、各要素技術が相互に影響し合いながら強化され、さらに各産業分野と相互作用をしながらの展開が予測される。 そして2020年以降は、そうした各要素技術の展開を背景に、各技術の融合や進化の方向性と、産業間における次世代の汎

はん

用よう

的な技術として展開される二つの方向性が考えられる。

図1 主な人工知能関連ビジネスの方向性(現在2016年~2020年、2020年以降)

出典:EY総合研究所作成  ※ ●印は政策および政策目標

観光

教育

医療

農業

モビリティ

製造

人工知能関連技術

IoTとの連動。AI搭載産業用ロボット、リアルタイム異常検知、故障予知システム等

AI搭載ドローン

IoT等の活用による個別化健康サービス(レセプト・健診・健康データを集約・分析・活用)(2020年まで)

AI画像解析による診断支援等

●スマート工場:先進事例を50件以上創出(2020年まで)

AIによる教育コンテンツ、学習アプリケーション開発

自動運転・公道実証実験

●自動走行地図を実用化(2018年頃まで)

自動運転技術搭載

工場間連携AI搭載産業用ロボット、AI搭載部品運搬ロボット等

AIによる農場化システム支援、農作支援ロボット

サプライチェーン連携●スマート工場:工場間連携

AI観光アプリケーション、多言語音声翻訳アプリケーションAIおもてなしロボット

AIオンデマンドモビリティ普通自動車の自動走行

輸送用トラックの自動走行

●スマート農業(2018年まで) 有人監視無人自動走行

●スマート農業(2020年まで) 遠隔監視無人自動走行

●観光拠点200程度●観光・防災拠点におけるWi-Fi環境●多言語音声翻訳システム開発●IoT活用おもてなしサービス

ディープラーニング(深層学習)

ディープ・リインフォースメント・ラーニング(深層強化学習)

強化学習

画像認識 音声認識 自然言語処理

●電子教科書(2020年) 教員支援システム、AI、教師ロボット等●初等中等教育:プログラミング教育必修化(2020年~)

●医療等ID制度(2020年~)AIとバイタルデータによるパーソナルヘルスケアサービス等

AI診察支援、AI搭載手術ロボット、診察受付・巡回ロボット等

●高速道路での自動走行 車線変更等(2020年)

脳科学 次世代人工知能各要素技術が相互に影響し合いながら強化され、さらに各産業分野と相互作用しながら展開

産業間における共通技術として次世代の汎用的な技術が展開

各要素技術の融合や進化

訪日外国人旅行者数4,000万人、消費額8兆円目標(2020年)

(2020年まで)

東京オリンピック・パラリンピック(2020年)

2020年2016年 ポスト2020

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EY Institute

【課題】制度的: 自動運転技術に対応した国際条約(ジュ

ネーブ条約)や国内における道路交通法等の制度的な見直し。

技術的: 今後、自動運転車が公道等を走行する上で、実社会のあらゆる事象をとらえた対応が可能かということ。つまり、想定外の事象への対応である。

2. 各産業分野におけるリアル空間データの構築に向けて

 先にリアル空間データをいかに収集して、サイバー空間データとの掛け合わせを行っていくかということについて触れたが、ここではリアル空間データを収集する仕組みに向けた取り組みとして、製造、モビリティ、医療の分野について、現状と2020年以降の方向性、そして制度的・技術的課題を整理する。

 現在、製造業において産業用ロボットにディープラーニング技術を活用し、産業用ロボットの高度化や異常検知、故障予測を行う技術が開発されている。これは、機械から収集されたデータを即時に処理することにより、機械同士が協調し、高度化するものとされている。 また、今後人工知能とIoTとの連動が予測される領域と考えるが、政府においては、センサー等で収集したデータを工場間、工場と本社間、企業間など、組織の枠を超えて活用する「スマート工場」の先進事例を2020年までに50件以上創出し、国際標準を提案することを掲げている。 2020年以降においては、製造現場の自動化が進み、高度化が加速すると考えられ、工場間連携AI搭載産業用ロボットや部品運搬ロボット等が次第に浸透する。

製造分野

モビリティ分野

 現在、自動運転の実証実験が行われており、当面の目標として2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けた高速道路等での自動走行の技術開発が進められている。そして、自動走行技術を支える3次元デジタル地図の実用化に向けた整備についても各自動車メーカーと各地図会社が連携して、一体となった取り組みが推進されている。 2020年以降においては、まず輸送用トラックの追随走行や隊列走行などによる自動走行が先行すると考えられ、運転手不足の解消や燃料費削減が期待される。また、普通自動車の自動走行が本格化し、「AIオンデマンド・モビリティ」(本論ではAIによる配車サービス、乗用車の共同利用等を指す)による展開が予想される。 また、人工知能関連産業における同分野のオンデマンド・モビリティ市場、自動運転トラック輸送などの市場は、今後最も大きく成長する分野の一つとみており、4兆6,075億円(2020年)から30兆4,897億円(2030年)で約6.6倍の成長率(2020年比)と予測をしている(EY総合研究所『人工知能が経営にもたらす 「創造」と「破壊」』(2015年9月)<図1 人工知能関連産業の市場規模>参照)。

【課題】制度的: 企業間、異業種連携によるデータの所有の

問題。データ流通および利用におけるフレームワーク(企業の生産、稼働状況等の共有化)。

技術的: システムの標準化。制御システムのセキュリティ。

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ポスト2020年に向けた人工知能との協働

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EY総研インサイト Vol.6 June 2016

Feature

 現在、医師の診断支援としてAI画像解析による診断支援が取り組まれており、政府においては、IoT等の活用による個別化健康サービスとして、レセプト(診療報酬明細書)、健康診断等のデータを集約・分析し、活用することを2020年までの目標として掲げている。 2020年以降は、すでに企業においてもウェアラブルにより収集した生体情報をヘルスケアサービスとして取り組まれているが、さらに進んでレセプトデータや健康診断データ等との連携とAIの利活用により、個別化された総合的なパーソナルヘルスケアサービスとして、例えば日常生活における病気の兆候の通知や病院からの対処助言サービス等の提供が予想される。また、AI搭載手術ロボットや人材不足を補完する診察受付・巡回監視ロボット等のロボットによる取り組みも考えられる。

 先のモビリティ分野において、「AIオンデマンド・モビリティ」による展開について述べたが、交通困難地域や高齢者など、移動が困難な方のための新たな交通手段としての利便性が期待され、新たなビジネスとして、配車サービスや乗用車の共同利用が注目されている。 一方で既存の産業やビジネスで成り立っている交通サービスが存在しており、そうした利害関係者との利害調整が不可欠であり、イノベーションのジレンマがある。 国内外の制度の見直しにおいては、新たなビジネスによる革新との調和をもった制度の再構築が必要である。 また、技術的な進展の一方で、技術的な安全性の実証、そして生活様式の在り方にも関わる社会的な受容性が問われており、そうした側面において社会的なコンセンサスを形成していくことも重要である。 今後のビジネス展開において、注視しなければならないのは、外部環境として海外の大手IT企業による顧客の囲い込みと外部の開発力やアイデアを活用し、新たな価値を創出するオープンイノベーション化の動向である。海外の大手IT企業は人工知能技術を有するベンチャー企業等の買収や提携、研究者の囲い込みなどによる人工知能関連技術の集積、強化を図っている。 最近では、AIクラウド、API(Appl icat ion Programming Interface;アプリケーション開発者がコンピュータプログラム機能を利用できる連携の仕組み)の提供などが目立ち、今後の展開において、プラットホームを巡る競争がビジネスを左右するものと思われる。

 以上、人工知能ビジネスの現状、そして人工知能が拓く未来「ポスト2020」に向けて、人工知能ビジネスの方向性について述べてきたが、革新的な取り組みを創出する仕組みづくり、そして新たなビジネスと課題について、人工知能が「超頼もしい右腕」として協働し、中長期的な視点から社会的課題解決に向けて展開されることが期待される。

3. 新たなビジネスに向けた課題

 また、各産業分野に共通する課題として、以下の技術、法制度面の課題が挙げられる。

①技術面の課題

医療分野

【課題】制度的:(医療ID制度は2020年からの本格運用と

されているが)医療情報に係る機微な情報、プライバシーの問題と匿名化情報の扱い。保険者が健康づくりのために生体情報を提供し、それに取り組むインセンティブ。AIを活用する診断支援システムに関する医薬品医療機器法の審査制度。

技術的: 医療情報のシステム連携やデータの互換性。データの集約化。利活用。

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• 制御の可能性:ディープラーニング技術により、コンピュータが自ら学習できるようになった半面、学習ルールが不明なため、その制御が課題

• プライバシーおよびシステムセキュリティの問題

• 倫理や法、社会的影響(ELSI:Ethical, Legal and Social Issues)

• AI創作物や知財制度の問題• 社会的な受容性

②法制度面の課題

※1 政府が掲げる政策目標や企業などの動向等を参考に作成。参照 内閣官房産業競争力会議「名目GDP600 兆円に向けた成長戦略(「日本再興戦略2016」の概要)【案】」

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http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/future-society-and-industry/2016-04-06.html

http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/future-society-and-industry/2015-09-15.html

レポートのご紹介

29EY総研インサイト Vol.6 June 2016

シリーズ:経営者のための経済・市場環境定点観測 vol.6 転換点を迎えた金融政策(2016.04.06)未来社会・産業研究部 シニアエコノミスト 鈴木 将之

 企業経営、そして株主にとって重要な将来収益は、常に経済環境の変化にさらされています。「シリーズ:経営者のための経済・市場環境定点観測」では、企業の経営陣、経営戦略企画、実務者などの立場から、経済環境の変化を捉え、経営戦略につながる情報提供を目的に、経済・資本市場の定点観測を行います。 今回の定点観測では、トピックスとして、2016年初からの金融市場が混乱したことを踏まえて、日欧の金融緩和の転換点と、消費税率を巡る議論とそのリスクを取り上げました。財政政策への期待が高まっている中で、今後、金融政策の役割・追加策とともに、財政健全化とのバランスが注目されています。

人工知能が経営にもたらす「創造」と「破壊」 ~市場規模は2030年に86兆9,600億円に拡大~(2015.09.15)未来社会・産業研究部

 「人工知能(AI: Artificial Intelligence)」という言葉は1950年代から存在し、工学研究者だけでなく映画やSF小説などの多くのメディアを通じて、そのイメージだけは流布されてきている。そのメディアで「人工知能」がどのように取り扱われているかによって、親近感を抱かせたり恐怖感をもたらしたりするなど、さまざまな反応を引き起こしてきた。 その「人工知能」が、近年にわかに注目されるようになってきている。しかも、かつての「現実の場面での使い勝手は今一つ」といったイメージを次々と塗り替え、ビジネスの現場でも活用される事例が増えてきている。 しかし「人工知能」とは実は明確な定義は無く、利用されているテクノロジーもさまざまなものが混在している。「人工知能」研究者は何度かの「冬の時代」があったため、あえて「人工知能」ではなく別の用語を使っていた事などがあり、その事が混乱に拍車をかけている面もある。 さらには「人工知能」が人間の能力を超えて暴走する、といった脅威論が喧伝されたり、それには至らなくてもさまざまな事業や雇用に破壊的な影響をもたらすのではないか、といった危惧も囁ささやかれている。 本レポートは、これらの「人工知能」にまつわる混乱した情報を整理し、現実に人工知能には何が可能なのか・不可能なのか、また企業経営にどのようなインパクトを与えるのかについて、考察を行ったものである。

 「シリーズ:経営者のための経済・市場環境定点観測」は、EY総合研究所のエコノミストが経済環境をウオッチしながら定期発信をしています。 次号vol.7は、2016年6月末に公開予定です。 詳しくは、http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/をご覧ください。

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EY Institute

 経済産業省の「おもてなし経営企業選」へ選出され、アルバイトへの権限委譲による優れた接客で知られる「塚田農場」を運営する株式会社エー・ピーカンパニー。同社の取り組みを事例に、今後のサービス業における人材確保を始めとする人材マネジメントのあり方について考えてみたい。

レポート

アルバイト学生への

就職支援から始まる

人材マネジメント革命:㈱エー・ピーカンパニーの事例

EY総合研究所

副主任研究員金城 奈々恵

はじめに

 サービス業の人材不足が深刻であるといわれて久しい。<図1>のように、2014年の産業別の離職率をみると、「宿泊業、飲食サービス業」31.4%、「生活関連サービス業、娯楽業」22.9%の順で高くなっており、上位は全てサービス業となっている。最も比率の高い宿泊業、飲食サービス業については、製造業と比較すると約3倍の高さとなっている。 少子化、人口減少にともない、サービス業においては人材不足・人材確保はより深刻さが増すと考えられるが、特に上位2業種に代表される接客サービスにおいては、より大きな課題といえる。本論は、その人材確保の打開に向けたヒントとなる事例を紹介する。

31.4

22.9 22.3

15.7 15.6 15.5

10.6

0.0

5.0

10.0

15.0

20.0

25.0

30.0

35.0

(%)

(%)図1 2014年 産業別離職率(上位5業種および製造業)

出典:厚生労働省『平成26年雇用動向調査』よりEY総合研究所作成(注)日本標準産業分類に基づく16大産業が対象。一次産業は対象外。

30

生活関連サービス業、娯楽業

宿泊業、飲食サービス業

その他サービス業

医療、福祉

教育、学習支援業

製造業

全産業平均

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EY総研インサイト Vol.6 June 2016

Report

宿泊業、飲食サービス業の離職率は2014年に31.4%となり、調査対象16産業の中で最も高い水準となった。推移をみると2009年の32.1%をピークに、2012年までは27%まで低下したが、2013年に30.4%に再び上昇し、高水準が続いている。

31.4%

アルバイトのシフト率向上を目的に開始された「ツカラボ」

 株式会社エー・ピーカンパニーは、「塚田農場」「四十八漁場」を始めとする15ブランドの飲食チェーンを中心に事業展開する企業である。同社へのインタビュー(2016年5月実施)を基に、「ツカラボ」の取り組みを整理する。 「ツカラボ」は、エー・ピーカンパニーの運営する飲食店でアルバイトに従事する学生を対象とした、内定率100%の就職支援「塚田農場キャリアラボ」を中心とする取り組みである。 ツカラボは、月一回の就職支援セミナー、個別キャリアカウンセリング、特別ゲスト講演、合同企業説明会・インターンシップ説明会など、アルバイト学生を対象にさまざまな就職支援を行う「塚田農場キャリアラボ」として2012年から開始された。昨年度より「おもてなし

ラボ」「体験ラボ」という新たなプロジェクトが加わり、活動を発展させている<図2>。2015年度のキャリアラボへの参加者実績は約250名で、月一回の就職支援セミナーには毎回100名前後が参加している。 この取り組みのきっかけは、同社副社長の大久保氏が塚田農場の店長だった時代にさかのぼる。同氏は、アルバイト学生が大学3-4年生になると、就職活動を理由にシフト率が極端に下がるという問題に直面した。彼らの就職活動の状況を詳しく探ると、学生たちが企業と対等に、かつ効率的に就職活動が行えていない実態が分かった。そこで、就職活動をするアルバイト学生への個別相談に乗り始めたところ、他の店舗でも相談ニーズがあることが分かり、全社の取り組みとして「ツカラボ」へと発展させた。

図2 「ツカラボ」構成プロジェクト

出典:インタビューを基にEY総合研究所作成

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おもてなしラボ他社と共同で開催する他社のおもてなし事例などを学ぶセミナーやワークショップ

体験ラボ全アルバイト学生を対象とした、養鶏、漁業、農業、酒蔵での職 業 体 験ができるフィールドワーク

キャリアラボアルバイトの大学生3-4年生を対象とした就職支援

• 月一回のセミナー• キャリアカウンセリング• 合同企業説明会• ドリーム営業

ツ カ ラ ボ

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EY Institute

 月一回開催のセミナーは初回が肝心であると、担当する人材開発本部副部長の平野氏は話す。一回目では、100%内定を獲得するためのロジックを伝授する。マスコミの報道などによって就職活動は「つらいもの」という先入観を持つ学生が多い。その先入観を取り除き、自分の幸せに直結する就職活動を行うよう考え方を変えることがねらいとなる。それは、自分の価値観を言葉で表現する「価値観の言語化」と呼ばれることから始められる。 セミナーでは「米国のゴールドラッシュ時代に、最も大きな利益を得たのは誰か」など、参加者に質問形式でテーマを与え、ディスカッションを通して考え、自ら答えを導くことを重視する。セミナーを視察すると、活発に意見を出し合い、生き生きと参加している様子がうかがわれた。

各自の価値観に合わせた就職支援「キャリアラボ」

写真1 キャリアラボ セミナーの様子

出典:㈱エー・ピーカンパニー提供

 常時利用可能な「キャリアセンター」と称する個別キャリアカウンセリングは、外部のプロのカウンセラーに業務委託し、実施している。学生は同社を通さずにカウンセラーと直接連絡をとり、都合に合わせてエントリーシートや面談対策の相談ができる。

学生と企業の架け橋「ドリーム営業」

 前年度から始まった「ドリーム営業」では、キャリアラボでの成果を試す場として、学生側から企業側へプレゼンする機会が設けられている。事前に学生のプロフィール情報を参加企業側に伝え、企業がプレゼンを聞きたい学生を指名し、当日学生は準備した資料を基にプレゼンを行うというものである。一般的な合同企業説明会では、学生側が企業のブースを回るが、このイベントは企業側が学生の席を回るという「逆」のスタイルで実施される。<写真2>のように、手書きで紙芝居風のプレゼンをする人、タブレットでプレゼンする人など、全員が個性を活かしたプレゼンを行う。 塚田農場での経験をアピールするべく、アルバイト時の制服でプレゼンに臨む学生も多い。学生の熱意は強く、参加者の中には企業からプレゼンの指名を得られず泣き出す人もいたという。

写真2 「ドリーム営業」の様子

 ドリーム営業は3回に分けて開催され、プレゼンを聞く側の企業は、合計35社ほどの参加があった。参加企業は、大手からベンチャーまでさまざまである。参加企業からは、「面談した学生のうち4割は、一次選考免除で正式な選考を受けてほしい」という声や、「塚田農場に対する愛情や情熱が伝わってきた」などの声が聞かれたとのことである。

32

アルバイト学生への就職支援から始まる人材マネジメント革命:㈱エー・ピーカンパニーの事例

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EY総研インサイト Vol.6 June 2016

Report

キャリアラボの成果

 前述したように、キャリアラボの成果は5回以上セミナーに参加した学生については、内定率100%になるという。また、アルバイト継続勤務率も当初より1.8倍に上昇した。ドリーム営業については、具体的な成果が現れるのはこれからだが、すでに内定を得た学生もいるという。

働くことの意味を学ぶ「おもてなしラボ」「体験ラボ」

 昨年度よりツカラボの一環として「おもてなしラボ」「体験ラボ」が開始された。「おもてなしラボ」は、学年を問わず全アルバイト学生を対象とした優れたおもてなしを学ぶ場であり、サービス産業において「おもてなし人材」を輩出することに貢献したいとの想いから始まっている。一般の飲食店の顧客リピート率は平均20%と言われているのに対し、塚田農場は平均60%のリピート率となっており、業界全体に効果を波及させたいとの考えがある。このラボにより、サービス業の醍醐味や素晴らしさを伝えていくことで、優れた「おもてなし人材」を育成し、サービス産業で即戦力として活躍する人材を輩出することが大きなねらいとなっている。 昨年度は、さまざまな企業と共同で、各企業のおもてなし事例の紹介やワークショップを行っている。 また、「塚田農場体験ラボ(体験ラボ)」は就職活動を控えたアルバイト学生を対象に、養鶏、漁業、農業、酒蔵での生産者体験ができるプログラムである。塚田農場、四十八漁場を支える第一次産業の生産者における職業体験によって、就職活動前から自分の価値観や仕事観、社会での役割を学ぶ場としている。

 現在のキャリアラボの参加率は、対象アルバイトの1/3~ 1/4にとどまっており、参加率を向上させることを課題としてあげる。2016年度は社内の体制を強化しつつ、キャリアラボの開催地を東京だけではなく大阪と名古屋へと拡大する。 同じく本年度のキャリアラボでは、自社のアルバイト学生以外の一般の就活生の受け入れを始める。学生の「就職活動」を切り口に、ツカラボに共感し集まる企業が「採用」と「教育」に関するリソースを持ち寄り、若者に学習機会を提供する。そのプラットホームとして、ツカラボを「進化」させていきたいと、平野氏は語る。 ツカラボは、おもてなしによって輝く人を一人でも増やしていくことが最終ゴールと位置付ける。

ツカラボの課題と展望

3333EY総研インサイト Vol.6 June 2016

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EY Institute

Report

考察

 以上ご紹介したツカラボの取り組みについて、三つのポイントを整理する。

① 新しい人材確保方策の可能性

 ツカラボは、正社員・アルバイトを含めた優秀な人材の確保につながる取り組みといえる。直接のねらいは、アルバイトのシフト率の向上ということであるが、このように手厚い就職支援があるとなれば、アルバイトの応募も増えることが考えられる。ツカラボを理由にアルバイトへ応募する学生はまだ多くないというが、認知度が高まれば、応募率も高くなると考えられる。 また、アルバイトから正社員への応募も自然と増加することが期待できる。これだけ真摯にアルバイト学生と向き合い、支援し、働く喜びを学べる会社の姿に共感し、愛社精神が生まれ、入社希望者も増えることが予想できる。アルバイト学生を自社に勧誘することがツカラボの目的ではないため、現在は正社員の応募率へ突出した影響は見られないとのことである。しかし、活動が進むにつれ、ツカラボを通して同社へ優秀な人材が集まることが容易に想像される。

② 社会貢献的意義の大きさ

 前述したように、キャリアラボでは、決して自社への就職を勧誘しているわけではなく、また「おもてなしラボ」では、サービス業の素晴らしさを伝えることが主眼となっており、自社のことだけではなく、サービス業全体の目線で取り組まれている。そのねらいには、就職においては人気業界とはいえない飲食業全体の地位を向上させたいという想いもある。ツカラボのねらいは広い意味で、飲食業を始めとするサービス業全体への貢献という要素が大きいといえる。 学生の就職観や職業観を養うという姿勢は、飲食業だけではなく他の産業にも必要なことである。まだ影響は小さいかもしれないが、この活動全体が社会貢献として捉えることができる。現に、大学関係者から同社のアルバイト以外の学生にもツカラボへ参加させてほしいとの要望が寄せられたことを機に、本年度より参加対象を拡大することが検討されており、社会貢献的な意義はますます大きくなる。

③ 中長期的にみた、新たなビジネスチャンスの創造

 ツカラボ参加者の就職先は、大半が同社以外の企業である。他企業への就職支援を無料で行っている構図は、驚かれる事も多いであろう。しかし、ツカラボで1年弱親身になってつきあった学生と、就職以降もつながることで、さまざまなビジネスチャンスも広がる可能性がある。あるいは参加者が他社で成長して、同社に再就職することも予想される。したがって、中長期的には同社にさまざまなチャンスをもたらし、意図せずともビジネスの種がまかれていると考えることができる。

 エー・ピーカンパニーの事例は、アルバイトのマネジメントにおいて、そして人材確保の意味でも革新的取り組みといえる。多くの企業が、アルバイトにここまでの投資はできないと考えるかもしれない。しかし、エー・ピーカンパニーはアルバイトこそが主役と捉え、積極的に取り組んでいる。短期的なメリットは大きくないかもしれないが、中長期的にはこのアルバイト一人ひとりを大切にする理念経営が結果的に、優秀な人材の確保に結びつくと考える。

 昨今のアルバイト求人広告では、「髪型自由」「ピアスOK」など端的なPRが目立つ。しかし、人生の先輩という目線で、アルバイトをする側の真のニーズを見極め、働くメリットの本質を「見える化」するだけでも、人材不足の状況は変わってくるのではないか。エー・ピーカンパニーの事例は、顧客のニーズだけではなく、従業員となる側のニーズを先読みし、一人ひとりに向き合うことの重要性を示唆している。

以上

34

アルバイト学生への就職支援から始まる人材マネジメント革命:㈱エー・ピーカンパニーの事例

会社名 株式会社エー・ピーカンパニー

設立年 2001年

代表者 代表取締役社長  米山 久

ホームページ http://www.apcompany.jp/

備考米山氏は、第12回EOY (EY アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー) 2012 Japan大賞、アクセラレーティング部門ファイナリスト。

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コンサルティングもしくは

ワークショップ

アンケート集計・分析

事前アンケート(経営者 /従業員)

おもてなし2.0診断プログラム

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おもてなし2.0による経営支援サービスのご紹介~ポストおもてなし経営の実現に向けた診断プログラム~

eyi.eyjapan.jp/services/omotenashi.html

EY総合研究所では、新しい時代の「おもてなし経営」のあり方を「おもてなし2.0」として定義付けし、それを具現化する経営支援ツールとして「おもてなし2.0指標」を開発しました。先進事例分析とテキストマイニングを基に開発した「おもてなし2.0指標」は、右図の構成要素を軸に、22の視点で抽出した指標です。本指標により、本サービスではおもてなしの現状を客観的に把握すること、おもてなしをマネジメントする観点から経営課題を抽出することが可能となります。

モデルプランは「おもてなし診断プログラム」を軸に、まずは経営者や従業員を対象にアンケートを実施し、その内容を診断します。その後コンサルティング、もしくは従業員参加型のワークショップにより、経営課題の解決策を一緒に検討させていただくフェーズに移ります。

家族・友人のように 共に創る

世界に開かれた 暗黙知によらない

主客を超えた関係の下、感動価値が提供できていますか?

顧客、従業員、地域社会と価値を共創できていますか?

言語、文化、宗教など、外国人客に対応できていますか?

おもてなしの方針は明確化され、実行できていますか?

Empathy

Management

Co-Creativity

Opennessおもてなし2.0構成要素

「おもてなしの方針が、従業員になかなか浸透しない。」「従業員や店舗間にバラつきがあり、顧客満足度が向上しない。」

そのようなお悩みはありませんか。

本サービスに関してのお問い合わせ先EY総合研究所株式会社 未来社会・産業研究部 副主任研究員 金城 奈々恵〒 100-6031 東京都千代田区霞が関 3-2-5 霞が関ビルディング 31階 Tel:03 3503 2512 Email:[email protected]  WEB:http://eyi.eyjapan.jp/

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EY Institute

はじめに:CGコードとサクセッションプラン

 近時、社外取締役や役員選任の諮問委員会が関与した経営者交代の事例が相次いだこともあり、サクセッションプラン(後継者計画)に対する注目度が高まっている。これにつきコーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)には以下の記載がある。

レポート

サクセッションプラン(後継者計画)に関する一考察

EY総合研究所

主席研究員藤島 裕三

サクセッションプランの構造

 サクセッションプランを構成する要素としては、「候補者(後継者予備軍)の育成」と「候補者の絞り込み・後継者の指名」による、大きく二つのステップが考えられる。これら二つのステップに対してCGコードが求める機能・役割を確認すると、以下のようなイメージを得ることができる<図1>。 ここで注意が必要なのは、CGコードが上記の各原則において取締役会に求めているのは、最高経営責任者等の後継者を「選任」することではなく、あくまでも「監督」としている点である。もちろん各社特有の考え方や置かれた状況などによっては、一連のプロセスを独立社外取締役が主導することも十分に想定し得るが、少なくとも一般的なケースとしては、現任の最高経営責任者はじめ経営陣の責務と捉えるべきと思料される。 

 上記原則によると、CGコードがサクセッションプランに求めるポイントは二つある。一つは「経営理念や経営戦略を踏まえること」、もう一つは「取締役会が適切に監督すること」である。EY総合研究所はポストCGコード対応の主要テーマとして<表1>を提言※1しているが、この中で前者は「⑥役員のトレーニング」で扱うべき問題、後者は「④報酬・指名に関する諮問委員会」で検討すべき問題として、それぞれ整理することが可能である。 以下、CGコードが求めるサクセッションプランの在り方について若干の考察を試みる。

【補充原則4-1③】取締役会は、会社の目指すところ(経営理念等)や具体的な経営戦略を踏まえ、最高経営責任者等の後継者の計画(プランニング)について適切に監督を行うべきである。

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EY総研インサイト Vol.6 June 2016

Report

東証調査によるCGコード補充原則4-1③(後継者計画の監督)の実施比率(2015年12月末)。ただし開示が要求されていない事項のため、コンプライのレベル感には相当な格差があると見られる。

86.1%

実効性を高める 株主の理解を得る

攻めのガバナンス

(企業価値向上)

資本政策

役員報酬

取締役会の機能の見直し

(社外取締役の活躍促進を含む)

報酬・指名に関する諮問委員会

取締役会の実効性向上のための

分析・評価

役員のトレーニング

政策保有株式に関する検証

株主(特に機関投資家)との対話

守りのガバナンス

(不祥事防止)

外部監査人の評価基準

監査役監査・内部監査体制の検証、再構築

グループガバナンス・リスクマネジメントの構築

CGコードの要請

【補充原則4-1③】最高経営責任者等の後継者計画(プランニング)→会社の経営理念や経営戦略を踏まえた、取締役会による適切な監督

【原則4-14】役員トレーニング→対応が適切か否かの取締役会による確認

サクセッションプラン

候補者(後継者予備軍)の育成(主要なポイント)• 経営理念などの高度な共有• 上場会社役員としての資質• 経営者としての経験(スキル)

監 督

【補充原則4-10①】報酬・指名の諮問委員会→独立社外取締役の適切な関与・助言

候補者の絞り込み・後継者の指名(主要なポイント)• 説得力のある実績の裏付け• 資質と戦略方向性との相性• 経営者としての熱意(パトス)

監 督

表1 ポストCGコード対応のテーマ

出典:EY総合研究所作成

図1 サクセッションプランの構造とCGコードの要求

出典:EY総合研究所作成

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EY Institute

 CGコードは上記原則において、サクセッションプランを意識した特段の記載はしていない。しかしわが国企業の慣行において、「取締役」は大部分が業務執行者であること、執行役員や管理職などから連続した人事体系であること、また社外から経営トップを招

しょう

聘へい

するのがまれであること、などを勘案すると、役員トレーニングにサクセッションプランを意識した内容を盛り込むことは、現実に即した有用な取り組みだと言えよう。 以下、役員トレーニングがサクセッションプランとして適切な内容を備えているかについて、取締役会が確認する際、重要と考えられるポイントを列挙する。

候補者(後継者予備軍)の育成

【原則4-14.取締役・監査役のトレーニング】新任者をはじめとする取締役・監査役は、上場会社の重要な統治機関の一翼を担う者として期待される役割・責務を適切に果たすため、その役割・責務に係る理解を深めるとともに、必要な知識の習得や適切な更新等の研鑽に努めるべきである。このため、上場会社は、個々の取締役・監査役に適合したトレーニングの機会の提供・斡旋やその費用の支援を行うべきであり、取締役会は、こうした対応が適切にとられているか否かを確認すべきである。

経営理念などの高度な共有

 全ての役職員に対して経営理念は共有されなければならないが、こと最高経営責任者等の後継者となれば単に理解・実践するのみならず、経営理念に従って戦略的な方向付けを行うこと、時には理念自体を論じることが求められる。より深いレベルで経営理念が理解され、各自の業務執行に根差したものなることが求められよう。

上場会社役員としての資質

 業務執行取締役や執行役員など現場の責任者レベルでは、担当部門の部分最適に陥りがちなケースも少なくない。グループ全体最適の視点を培うためには、コーポレートファイナンスに代表される、経営分析・管理に関する知見に通じていることが望ましい。

経営者としての経験(スキル)

 いかに多くのレクチャーを受け、ワークショップをこなしても、責任の伴った経営者としての生きた経験に勝るものはない。小さい組織でも経営意思決定が要求される地位、あるいは経営トップの意思決定をサポートする役職など、相応の段階で一通りの経験を積めるよう、人材育成を狙った戦略的なローテーションも検討すべきである。

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サクセッションプラン(後継者計画)に関する一考察

EY Institute

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Report

候補者の絞り込み・後継者の指名

【補充原則4-10①】上場会社が監査役会設置会社または監査等委員会設置会社であって、独立社外取締役が取締役会の過半数に達していない場合には、経営陣幹部・取締役の指名・報酬などに係る取締役会の機能の独立性・客観性と説明責任を強化するため、例えば、取締役会の下に独立社外取締役を主要な構成員とする任意の諮問委員会を設置することなどにより、指名・報酬などの特に重要な事項に関する検討に当たり独立社外取締役の適切な関与・助言を得るべきである。

 CGコードは上記原則において、指名に関する任意の諮問委員会を必ず設置せよと言っている訳ではない。あくまでも委員会は「例えば」の仕組みであって、要求しているのは「独立社外取締役の適切な関与・助言」を得ることである。候補者を絞り込み後継者を指名する際に求められるのは、社内の事情(人事情報など)に必ずしも通じていない独立社外取締役が納得できるような、必要かつ十分な人選の理由および判断材料について、現任の最高経営責任者はじめ経営陣が提供することに尽きる。 以下、候補者を絞り込み、後継者を指名するプロセスにおいて、独立社外取締役が適切に関与・助言する際、重要と考えられる判断材料のポイントを列挙する。

説得力のある実績の裏付け

 当然のことながら最高経営責任者を選ぶ以上、当人が社内外から認められる人材でなければならない。そのためには当該候補者がどのような職務上の課題を与えられ、それをどのように達成したのか、他の候補者と比較して何が優れていたのか、などにつき客観的な論拠(エビデンス)を伴って説明することが不可欠である。

資質と戦略方向性との相性

 自身の担当分野では高パフォーマンスを発揮できても、さまざまな事業および業務を抱合した企業グループを統率するためには、全社戦略の方向性に優れて合致した資質を備えていなければならない。経営理念や外部環境を踏まえ、事業戦略が攻め重視か守り重視か、組織戦略が多角化か再編か、など成長ステージに合致した人選であるべきだろう。

経営者としての熱意(パトス)

 いかに実績および資質で申し分ない人材であっても、最終的に経営トップを任せられるかどうかの判断は、全社を統率するリーダーシップ能力にかかっていよう。リーダーシップの源泉は人それぞれ異なる面もあるが、大きな決定要因に経営者としての熱意(パトス)があることに疑いはない。そのような熱意が伝わるような機会も必要ではないか。

39EY総研インサイト Vol.6 June 2016

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Report

おわりに:サクセッションプランと取締役会の機能

 持続的に企業価値を高めていくため、サクセッションプランは非常に重要な意味を持っている。欧米の先進的な企業においては、早期から後継者予備軍の育成プログラムを開始、候補者を選抜するプロセスを確立している事例が見られる。しかし、わが国企業に同様の手法を持ち込もうとしても、人事政策や慣習の違いから機能しない可能性がある。 そもそも事が「人材」に関わるだけに、細心の注意を払う必要があることは、論をまたない。候補者ラインアップを取締役会で共有することなどでプロセスの透明性を高めることも有効だろうが、まずは役員トレーニングの一環として候補者(後継者予備軍)の育成を進め、指名の任意委員会などによって候補者の絞り込み・後継者の指名に客観性を持たせることで、サクセッションプラン全体の妥当性は相応に担保できるだろう。

※1「シリーズ:企業価値向上のためのコーポレートガバナンス ~ポストCGコード時代に求められる企業の対応(総論)~」参照。http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/future-business-management/2016-03-10-01.html

※2「シリーズ:企業価値向上のためのコーポレートガバナンス 取締役会が担うべき監督機能とは?~ 欧米企業のベスト・プラクティスを踏まえて」参照。 http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/future-business-management/2016-03-10-02.html

※3「シリーズ:企業価値向上のためのコーポレートガバナンス 取締役会評価の「前提と実践」に関する実務面の検討」参照。 http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/future-business-management/2016-04-06.html

40

サクセッションプラン(後継者計画)に関する一考察

 さらに究極的には、業務執行に対して取締役会が適切な監督を行っていること、すなわちPDCAサイクルが確立していれば、企業の戦略的な方向付けを実現するためという視点から、後継者に求められる資質は導出されるだろう。また各業務執行責任者に対する正当な業績評価も可能となることから、後継者候補はおのずと見えてくるものではないのか。 その意味では<表1>で示した「③取締役会の機能の見直し」※2こそが、真に望ましいサクセッションプラン像を構築するための、最も重要な前提と言えるのかもしれない。そして各社に特有の「取締役会の機能」を考察する端緒として、「⑤取締役会の実効性向上のための分析・評価」※3を活用することが望ましいだろう。

以上

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取締役会評価の実効性向上のための分析・評価支援サービスのご紹介

eyi.eyjapan.jp/services/board-evaluation.html

2015年6月よりコーポレートガバナンス(以下CG)・コードの適用がスタートしています。「日本版」CGコードは、わが国の成長戦略の一部をなすものであり、「攻めのガバナンス」の実現を重

視している点が特徴です。これを受けて企業には、健全なリスク

を取る体制を整え、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上

に取り組むことが求められます。

中でも、原則 4-11に盛り込まれた取締役会の実効性向上のための分析・評価(取締役会評価)は、わが国ではなじみの薄い

取り組みですが、CGの強化を図る上で極めて重要な役割を有

本サービスに関してのお問い合わせ先EY総合研究所株式会社 未来経営研究部〒 100-6031 東京都千代田区霞が関 3-2-5 霞が関ビルディング 31階 Tel:03 3503 2512 Email:[email protected]  WEB:http://eyi.eyjapan.jp/

• プロジェクトの流れと本サービスの流れ(要望に応じてご支援します。以下は一例になります)

• ご支援の特徴• CGを含む、資本市場と企業の良好な関係構築について長年の業務経験・知見を有する弊社研究員が対応します。• 弊社独自のチェックシートを通じて CGコードが掲げる理想像との比較で現状を可視化します。これにより、目指す方向性についての議論や課題の抽出をスムーズに行うことができます。

• 会社のニーズに合ったご支援を実施します。例えば、上記チェックシートに基づくアンケートを用いた、簡易的な内容も用意しています。

• ご支援の目的は、取締役会が目指す方向性の実現に向けた課題を抽出することです。なお弊社が会社の取締役会の優劣を評価するものではありません。

プロジェクトの流れ 現状把握 方向性の

確認・共有アンケートの実施

課題対応策作成・報告

CG報告書の提出

会社側タスク チェックシート回答 トップへの報告方向性の確認

アンケートの作成と説明

課題・対応策案作成と報告 /承認

CG報告書の文案作成と提出

弊社からの支援の流れ

チェックシートによる現状分析 アンケートの作成支援 集計、課題・対応

策案の作成支援開示文案のレビュー

勉強会開催 取締役会における議論(助言・情報提供)

します。取締役会の実効性向上のための分析・評価では、優劣に関する点数付けではなく、実効性向上の視点に立っ

た主体的な分析・評価が求められます。取締役会の現状や目指す姿は、企業により異なるからです。

本サービスでは、CGコードの要請と会社の現状を踏まえた上で、目指すべき方向性を定め、そのための課題や求められる取り組みの抽出・実行を行い、会社の取締役会の実効性向上をご支援します。

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Note

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EY Institute

会社概要 2016年 6月 30日現在

案 内 図

有楽町線 桜田門駅4出口

日比谷国際ビル

都営三田線内幸町駅A4出口

都営三田線内幸町駅A4出口

JR新橋駅

銀座線 虎ノ門駅11出口銀座線 虎ノ門駅11出口

南北線溜池山王駅8出口

南北線溜池山王駅8出口

首都高速霞が関料金所首都高速霞が関料金所

丸ノ内線・日比谷線・千代田線霞ヶ関駅 A13出口丸ノ内線・日比谷線・千代田線霞ヶ関駅 A13出口

内堀通り

晴海通り

桜田通り

六本木通り

外堀通り

愛宕下通り

警視庁

皇居外苑

日比谷公園

帝国ホテル

西新橋スクエア

国会議事堂

外務省

財務省国税庁

金融庁特許庁

虎ノ門

病院

ホテル

オークラ

ANAインター

コンチネンタル

ホテル東京

JTビル

N

EY総合研究所(霞が関ビルディング)

有楽町線 桜田門駅4出口

富国生命ビル

虎ノ門ヒルズ

• 銀 座 線 虎ノ門駅• 丸ノ内線 霞ヶ関駅• 日比谷線 霞ヶ関駅• 千代田線 霞ヶ関駅• 有楽町線 桜田門駅• 南 北 線 溜池山王駅• 都営三田線 内幸町駅

徒歩 2分徒歩 9分徒歩 7分徒歩 6分徒歩 9分徒歩 9分徒歩 10分

地下鉄

※霞ヶ関駅からの時間表示は各線の改札口 から起算しています。

自動車首都高速をご利用の場合、3号線「霞が関ランプ」からお越しいただけます。

名称 EY総合研究所株式会社Ernst & Young Institute Co., Ltd.

設立 2013年7月

所在地 〒100-6031東京都千代田区霞が関三丁目2番5号 霞が関ビルディング31階

代表取締役 松浦 康雄所長 柴内 哲雄Tel 03 3503 2512

Web eyi.eyjapan.jpE-mail [email protected]

EY Japan

新日本有限責任監査法人EY税理士法人EYトランザクション・アドバイザリー・サービス株式会社EYアドバイザリー株式会社EY新日本サステナビリティ株式会社EY新日本クリエーション株式会社

EYリアルエステートアドバイザーズ株式会社EY弁護士法人EYソリューションズ株式会社EYビジネスイニシアティブ株式会社EYフィナンシャル・サービス・アドバイザリー株式会社新日本パブリック・アフェアーズ株式会社

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EY総研インサイト Vol.6 June 2016

バックナンバー

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お問い合わせ

EY総研インサイト Vol.6 June 2016発行日:2016年6月30日編集者:(責任者)柴内哲雄    (担当)企画・業務管理部 笹渕拓郎・石塚有紗

EY総合研究所 企画・業務管理部 Tel:03 3503 2512  Fax:03 3503 2513 E-mail:[email protected]

「EY総研インサイト」の掲載内容について、詳細な情報をご希望の場合は、執筆者またはその分野の専門家が対応させていただきます。下記までお問い合わせください。

「EY総研インサイト」のバックナンバーおよびその他の関連レポートについてはWebサイトに掲載しております。eyi.eyjapan.jp/knowledge/

• Vol.5の特集は

「スポーツの潜在力を経営に活かす」

• Vol.3の特集は

「成長戦略としてのコーポレートガバナンス」

• 創刊号の特集は

「2020東京五輪を『新生日本』実現のスプリングボードに」

• Vol.4の特集は

「おもてなし2.0指標による新しい時代へ向けた企業経営」

• Vol.2の特集は

「自動車とIoT(Internet of Things)」

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EYについてEYは、アシュアランス、税務、トランザクションおよびアドバイザリーなどの分野における世界的なリーダーです。私たちの深い洞察と高

品質なサービスは、世界中の資本市場や経済活動に信頼をもたらし

ます。私たちはさまざまなステークホルダーの期待に応えるチーム

を率いるリーダーを生み出していきます。そうすることで、構成員、ク

ライアント、そして地域社会のために、より良い世界の構築に貢献し

ます。

EY | Assurance | Tax | Transactions | Advisory

EY総合研究所株式会社についてEY総合研究所株式会社は、EYグローバルネットワークを通じ、さまざまな業界で実務経験を積んだプロフェッショナルが、多様な視点か

ら先進的なナレッジの発信と経済・産業・ビジネス・パブリックに関す

る調査及び提言をしています。常に変化する社会・ビジネス環境に応

じ、時代の要請するテーマを取り上げ、イノベーションを促す社会の

実現に貢献します。詳しくは、eyi.eyjapan.jpをご覧ください。

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EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバル

ネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メン

バーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グ

ローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは

提供していません。詳しくは、ey.comをご覧ください。

本書は一般的な参考情報の提供のみを目的に作成されており、会計、税務及びその他の専門的なアドバイスを行うものではありません。意見にわたる部分は個人的見解です。EY総合研究所株式会社及び他のEYメンバーファームは、皆様が本書を利用したことにより被ったいかなる損害についても、一切の責任を負いません。具体的なアドバイスが必要な場合は、個別に専門家にご相談ください。